木目
だだっ広い部屋の真ん中に布団を敷いた。
僕はそこに潜り込む。
襖で区切られた空間。
目を開けると天井の木目が僕に話しかける。
「今夜は虫がいやに騒ぐね」
「仕方ないさ、秋だもの」
僕は寝返りを打った。
虫の声が五月蠅い。しかしそれで安眠が妨げられるほど僕は神経質じゃなかった。
僕が中学校に入学する頃、家の前で道路工事が始まった。
ぴかぴかの学生服を着た僕は、工事のおじさんたちを眺めていた。
その年の秋は虫が静かだった。
天井の片隅に佇む木目に僕は話しかける。
「どうして道路なんか造るのかな」
「仕方ないさ、人は増えるものだから」
車の声が五月蠅い。神経質な僕の安眠は度々妨げられた。
駅前にコンビニエンスストアが開店した。
僕はいの一番に入って、握りしめた硬貨でジュースを買った。
駄菓子屋のものと同じ味がした。
「耳を澄ませてご覧、虫が鳴いているよ」
「いいよもう、虫の声なんて聞きたくない」
静寂の中幽かに虫の声。僕はそれを無視した。今日の睡眠の方が大事だった。
台風が来た。
ごうごうと雨戸が軋んでいる。
僕は僅かに心を浮き立たせ、木目と話し込んだ。
「君は台風が好きかい」
「僕は台風が好きだよ。君は」
「僕はどちらでも良い。好きと言える君はきっと幸せなんだろうね」
なんだか木目に馬鹿にされている気がしてきた。
僕は顔を横に向けて、彼の真っ直ぐな瞳から逃げた。
ごうごうごう。風は嘶く。部屋が何度か揺れた。
朝起きると、納屋が潰れていた。
親たちは難しい顔をしていたが、僕には関係がなかった。
しばらくすると、家の建て直しについて親たちが相談しはじめた。
僕は一も二もなく洋風の部屋を希望した。
とうとうベッドで眠れるんだ。その嬉しさを木目に言った。
「そうか、それは良かったね」
ふと気が付いた。
「君はどうなるんだい」
「さあ、どうなるんだろうね」
「他人事じゃないぜ」
「ははは、実にその通り」
木目はさも可笑しそうに笑った。
本当に、楽しそうな、笑顔だ。
何が可笑しいのかと、僕はむくれて瞼を閉じた。
鉄球を付けたクレーン車がのっしのっしとやってきて、木目の笑顔をうち砕いた。
いよいよ家が建った。慣れない臭いに僕はとまどう。
期待に胸を高鳴らせ、自分の部屋に入る。
どきどきしながら、ベッドに寝ころぶ。
天井が近い。新しい天井は真っ白だ。
木目がいつ現れるのか。
僕はそれを楽しみにしている。
(終)
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