腰抜け林檎
蜜柑さん曰く林檎さんは事あるごとに腰を抜かして仕方がないと言う指摘。
林檎さん、きょとんと首を捻る。
もう少し鍛えるべきだと蜜柑さんもっともらしく力説する。
なるほどと林檎さんは神妙に頷いた。
そして、ひゃうぺたん。
林檎さんはその場に尻餅を着いた。
立ち上がり、また、ひゃうぺたん。ひゃうぺたん。
呆気にとられた蜜柑さん、何をしているのかと問う。
すると林檎さんはにっかりと笑い、腰を抜かしても大丈夫なように尻を鍛えていると宣った。
蜜柑さんは、林檎さんに頑張れとだけ言って帰宅。
眼鏡蜜柑
ふとしたことから眼鏡を手に入れた蜜柑さん。
両手に持って、それをじいと見た後、とりあえず掛けてみることにした。
世界が歪む。蜜柑さん、あっちにふらふら、こっちにふらふら。
ついにはころんと転がった。
そばで見ていた林檎さん、なんて楽しそうと羨望のまなざし。
すっくと立ち上がった蜜柑さんは、ポーカーフェイスで林檎さんの視線を受け止めて、眼鏡を渡す。
林檎さん、わあいと喜んで、早速装着。
五秒。
十秒。
何も起こらない。
きょとんとして、首をかしげる林檎さん。
蜜柑さん、林檎さんに近眼疑惑のまなざし。
大人林檎
少女といえども蜜柑さんは多感なお年頃。
たまには将来のことを考えてしまったりもするのです。
ううんううんと悩んでいると、ひょっこり顔出す愉快な林檎さん。
蜜柑さん、そのようにへらへらしていて林檎さんは大きくなったら何になるのか、と、やや八つ当たり気味に質問。
すると林檎さん、大きな目をきょろっと上に向けると、大人の林檎になると朗らかに解答。
なんと哲学的かつ深淵な答え。蜜柑さんは稲妻で撃ち貫かれたかのような衝撃を受けた。
英語林檎
英語のおべんきょうを始めた林檎さん。
早速、蜜柑さんを相手に実践してみました。
あいあむあっぷる。ゆーあーおれんじ。
すると蜜柑さん、僅かに鼻を鳴らし、蜜柑とオレンジは違うものだと言うことを滔々と解説。
なるほどと得心した林檎さん、ううんと首を捻ると、異人さんっぽい発音でこう一言。
ゆーあーみくぁん。
蜜柑さんはお〜ぅと肩をすくめてみせた。
テーブルの上の林檎
私が部屋に帰ってくると、テーブルの上に手のひらサイズの小さいコが座っていた。
何よ。可愛いじゃない。
その子は赤い着物に結い髪の出で立ちで、くりっとした目が愛らしい。
私を見ると、その子はにっかりと笑った。んもう。可愛いわね。
可愛いのは嫌いじゃないわ。むしろ好きな方よ?
でもこういう小さくて可愛いのは、私よりも友達の方が好きそうね。
どうして私のところになんか来たの? つんとほっぺをつつくと、その子はくすぐったそうに目を細めた。
ちょっと、いいかも。この子。
その子は特に何もしたがる様子でもなかったので、座らせたまま私は着替えを始めた。
すると、何か小さな音が聞こえた。何かしらと振り向くと、へくちょん。あら、可愛いくしゃみ。
そうね、もう冬だし、寒いのかしら?
私はその子にタオルをかぶせてあげた。ヴェールのようにタオルをまとって、赤い子はにっかり笑う。
私もつられて微笑んでしまう。
さて着替えを終えると、その子は消えていた。タオルだけがテーブルの上に置いてあった。
タオルを持ち上げると、ちょっとだけ温かかった。そんなものかな、と、私は頬に手を当てて、ストーブに火を付けた。
アルミ缶の上に有る蜜柑
何かっ、何かっ。友達のお部屋に可愛いのが出てきたみたいなんですよーっ。
それを聞いて私すっごくうらやましくて。ついつい友達に八つ当たりしちゃいましたっ。
私のお部屋にも来てくれないかなって思いながら、ある日目を覚ますと。
はらっ。はららららららっ。
何か、居ますーっ!?
昨日飲んだジュースの空き缶の上に、紺色の子が、ちょーんと立ってるっ。
きゃーっ、可愛いーっ!?
紺色の着物とおかっぱの髪の毛。友達に聞いた姿と違うけれど、お着替えしたのかな? それとも姉妹なのかな?
私は嬉しくて嬉しくて、すっかり浮かれてしまいました。
その子はなんだかつんと澄まして、そっぽを向いてるんですけど、私はにこにこしながらベッドの淵を叩いて、こっちに興味を持たせようとしたんですっ。
そしたら。
あっ。あっ。なんだか私、睨まれてる?
えっ、その。そんな怖い顔しないで。はう。
うっ。うううううううううっ。可愛いけど、可愛いけど、怖いですっ。
微動だにせず私を睨んでる可愛い子。はううううっ。
「と、言うわけなんですよーっ」
「それで逃げ出してきちゃったの?」
「はい」
「はあ」
な、なんだか、友達に溜息吐かれちゃいました?
で、でも、次こそは、きっと仲良しさんになって見せますよー? 本当ですよー?
林檎カフェ
ひとり、コーヒーカップを洗いながら俺が閉店の準備をしていると、そいつはカウンターにちょこんと佇んでいた。
赤い着物を纏っている小さな子供だ。何だ、客か? 帰った方がいいぞ、ここには子供に飲ませるようなものは何もない。
その上、手に乗りそうなほど小さいとあってはなおさらだ。毒にもなりかねん。
しかしその赤いのは、じいと俺のことを見つめている。何だ。俺に惚れたか。
そんなことはないのは分かっている! 言ってみただけさ!
すまん、取り乱した。怯えなくても、いいぞ。
俺がコーヒーを淹れてくれるのを待っているのならば残念だったな、ご覧の通り俺は忙しい。
今日も我が店は大繁盛、洗い物だってこんなに沢山有るのだからな。
なんだ。何が言いたい赤いの。今日は四人も客が来たんだぞ! こんなの半年ぶりだ!
はあ。分かった、分かった。
俺は洗い物の手を止めて、ガラス瓶に入った一杯分のコーヒーをカップに注ぐ。
本来、仕事が終わった後俺が飲もうとしていたやつだが、特別だぞ。
だが、さすがにカップ一杯は飲めまい。俺はスプーンに掬って、そいつの前に差し出してやる。
まず香りを嗅いで、わあ、と微笑む赤いの。そして、表面張力で浮き上がっている琥珀色の水面にそっと小さな唇をつけた。
だがすぐに少女は慌てて口を離し、もの凄く苦そうな顔をした。
ほら見たことか。
なんだかきょろきょろしてるが、うちの店には砂糖もミルクも無いぞ。
むっ。そんな顔で見つめられても無いものは無い。泣きそうな顔をしても、無駄だぞ。と、言うのに。
ったく。
俺は踵を返し、その場から立ち去った。
そして奥の自宅から砂糖とミルクを持ってきてやる。店には無いが家には有る。
だがコーヒーには入れてやらないぞ。甘い牛乳を飲ませてやる。
しかし赤いのは居なくなっていた。おや? おーい、おおい。探してみても、見つからない。
なんだか俺がバカみたいじゃないか。
俺は砂糖と牛乳を戻し、そっと煙草に火を付けた。
吾輩は蜜柑である
吾輩の種族は秘密である。名前も秘密である。
そんなことはどうでも良い。問題は、我が主人の部屋に現れたこの珍妙な紺色の存在だ。
姿形は人間に似ているものの、大きさがあまりに違いすぎる。赤子でもないのに吾輩より小さいと合っては、これはあやかしに相違有るまい。
吾輩を見るや否や、そいつはなにやら威嚇するように睨み付けてきた。
負けてはいられぬ。吾輩はキッと相手を睨み返した。
相対すること一分。おっといかん、涎が溢れてきてしまった。
こら。何故そこで怯える。吾輩は腹こそ空かしているものの別にお前を取って食おうなどとは。
うむ。いくら柔らかそうなほっぺたをしているからと言って、その、しかし、ちょっぴり嘗めてみても良いだろうか。
あっ、なんと、逃げるか、ちょこざいな。吾輩は俊敏な動作で飛びかかる。
見よこの華麗なる動き。どんがらがしゃん。テーブルに頭から突っ込んでしまった。
「こら〜っ、何してんのよ〜」
おお我が主人よ良いところに! ここな狼藉者が。あれ。居ない。
辺りを見回すと、テーブルの上に乗っていた様々なものがそれは見事に散らばっている。
ひょっとして吾輩、今、大変な苦境?
「んも〜っ! 罰として今日は御飯抜きだからね〜!」
そんな、殺生な!
変身林檎
まあ、僕ももういい年した男なんだけど、これでもやっぱり、小さい頃には変身ヒーローに憧れたりしたものさ。
三つ子の魂なんとやらと言うけど、未だに変身ポーズは覚えてる。
確かこう、左手を前に突き出して、両手をクロスさせ、右拳で目の前をノックし、そのままくるんと一回転。
そして叫ぶ。変身!
うん。
な、なんちゃって。
ぱちぱちぱちぱち。うわあ! 誰だ! 突然背後で拍手が聞こえて、びっくりして僕は振り向いた。
ここは僕の部屋だぞ、一体誰が、あ、あー。君かー。
人影が見えないからおかしいなと思っていたら、ベッドにちょこんと座った赤くて小さいの。
僕の前にたびたび現れる、なんだか変なヤツだ。もう、慣れたけど。
そんな、満面の笑みで拍手なんかされちゃあ、恥ずかしいじゃないか。ちっちゃい足までぱたぱたさせちゃって、そんなに嬉しいのかな。
ほらほら、君に見せるつもりでやったんじゃないんだ、出てった出てった。
すると彼女は、きょとんとした顔で僕を見つめる。ん、何かな、何か言いたいことでもあるのかな?
と、僕が耳を近づけると、え、何、もう一回。
だ、だめーっ!
変身蜜柑
でも、結局、あの子があんまりせがむものだから。もう一回、やってみせることにした。
い、一回だけだぞ! もっととか言われても、困るからねっ。
ええっと。左手を出して。うう、人目が有ると思うと緊張するなあ。
クロスさせて片方の手を出して一回転、変身!
ぱちぱちぱちぱち。いや、いやあ、照れるなあ。
そうして僕が振り返ると。満面の笑みの赤い子。クールな視線の紺の子。
増えてるッ!?
絵と原案 桜塚さん
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