散歩蜜柑


 蜜柑さんは、農道をてこてこと散歩していた。
 日も暮れかけ、どうにも寂しい雰囲気。
 田圃の刈り入れも終わり、ただ延々とだだっ広い空間が続いている。
 ふと遠くを見ると、白い鳥が、翼をはためかせ、茎の上に降り立っていた。
 どこまでも黄土色の大地に、ぽつんと白い点。その光景は、何故か蜜柑さんの胸をぎゅっと締め付ける。
 ぼんやり、そんな場面を見つめ続ける蜜柑さん。すると、ふと、その鳥の背中に、さらに小さく赤い点が見えた。
 ようく目を凝らす。
 するとそれは林檎さんだった。
 鳥の背中に乗って、にこにこ笑っている。楽しそうだ。
 蜜柑さんは即刻踵を返し、家路に就いた。




林檎と蜂蜜


 割烹着を纏った蜜柑さんが夕飯の支度をしている台所。
 そこに現る紅の刺客、林檎さん。抜き足差し足忍び足。
 何かつまみ食い出来る物はないかと、周りをきょろきょろ見回す。
 すると、大きな瓶に入った黄金色の液体を見つける。
 興味津々にそれを両手で持ってみると、中の液体は重たくゆらりと動いた。
 わくわくしながら、蓋を開ける。花のようななんだかとっても良い香り。
 指先にちょんと付けて、それを舐めてみる。
 甘い!
 ぱぁぁ、と、林檎さんの中に光が拡がってゆく。
 もっと舐めたかったが、蜜柑さんがそろそろ気づきそうだったので、フタをきゅっきゅと締め、林檎さんはあたふたその場を去った。
 そして次の日。
 紅の刺客は今日もやってきた。
 目指すは黄金色の液体、これだ、と瓶を掴み、さっと物陰に隠れる。
 今日の瓶は昨日のように大きく口が開いたものではなく、一般的な尖ったものだったが、きっと二つ有ったのだろうと林檎さんは気にしない。
 恐る恐る瓶を傾け、手のひらに数滴垂らす。それを、口元に持ってゆく。
 甘い?
 確かに、甘い。しかし、昨日の甘さとは、どこか、違っている。それになんだか酸っぱい。どろりとした重量感も無くなっている。
 まさか腐ってしまったのだろうか。なんてことだ。林檎さんは、あの甘露が無くなってしまったことに、ただただ項垂れた。
 ふっと林檎さんの視界が影に遮られる。顔を上げると蜜柑さんの姿。
 何をしているのと聞かれるまでもなく、林檎さんはあわあわと唇を震わせ、瓶をその場に置いて一目散に逃げ出した。
 さて蜜柑さんは、そこに置かれたみりんの瓶をじっと眺めて、首を傾げるばかり。




カレー蜜柑


 今日はカレーを作ろうと蜜柑さん大々的に宣言。
 それは楽しみだと微笑む林檎さんに、蜜柑さんは冷たい視線を帰す。
 まだ林檎さんにあげるとは言ってない、そう突き放そうとしたが、ほがらかにちゃぶ台を用意し、座布団を敷き始める林檎さんを見て、蜜柑さんは結局諦めた。
 さて香辛料をじっくり煮込み、野菜をじっくり煮込み、お肉をじっくり煮込み、カレーは完成した。
 待ちくたびれた林檎さんは、ちゃぶ台に突っ伏して夢の中を彷徨っていたが、芳醇な香りが食卓に届けられると即座に顔を持ち上げた。
 そして、林檎さんの目の前に待望のカレーが置かれる。喜び勇んだ林檎さんだが、そのカレーを見た途端表情が硬直した。
 赤い。あまりにも、どうしようもなく赤い。
 これは危険だ。本能がそう告げていた。
 香辛料の配分を間違えたのではないか、林檎さんはそう問い質すが、蜜柑さんは涼しい顔。
 蜜柑さんは、何の迷いもなくスプーンを手に取り、さくりとカレーをすくう。そしてそのまま口へ運ぶ。むぐむぐと咀嚼して、美味しい、と言った。
 強ばった表情のまま、そんな蜜柑さんとカレーを交互に眺めていた林檎さん、意を決して、自分も食べてみた。
 大型隕石地球に衝突。
 口の中が燃えた。
 口を押さえて、水か何かを要求した林檎さんに、蜜柑さんは、はい付け合わせと一皿差し出した。皿に載っていたのは、真っ赤なキムチだった。
 林檎さんは、蜜柑さんの家を飛び出した。




林檎のみぞ知る


 森の中程にある小さな小屋、林檎さんのおうち。そこに、しかめっ面した蜜柑さんが訪ねてきた。
 出迎えると、林檎さんにちょっと尋ねたいことが有るという。おや聡明な蜜柑さんが尋ねごととは珍しい。
 林檎さん、ちょっとすまして言った。何がお知りになりたいのでしょう。
 すると蜜柑さん、かぶりを振って、いえ何もお尻にはなりたくありません。
 二人して、きょとん。




お餅蜜柑


 蜜柑さん、お餅を食べる。
 ぱくりと噛みついて、うにーと引っ張った。
 うにー。うにー。
 食べ終わり、ご馳走様。
 しかし気が付くと、手にお餅がひっついている。わあ。
 引っ張って取ろうとするものの、お餅は妙に良く伸びて、なかなか剥がれない。
 いつのまにか、両手がべとべとになってしまった。
 そこに現れた林檎さん、蜜柑さんの様子を見ると、指さしてけらけらけら。
 蜜柑さん、林檎さんのほっぺに自分の両手を、ぺた。




川原林檎蜜柑


 どことも行く先を決めず二人がお散歩していると、ちょうど目の前に川原が現れた。
 暮れかけた夕日が川面にきらきらと反射して、とても綺麗。
 その光景に、いっぺんで心を奪われた二人は、どちらともなく川原へと降りてゆく。
 蜜柑さんは、丸い小石の敷き詰められた川原に立ち、ほうと息を吐きながら、水の流れを眺めていた。
 ふと思い立って、足下に有った平たい石を拾うと、それを川面に投げる。てし、てしと水を切り、平たい石は広い川の中程で沈んだ。
 林檎さんも一緒にどうか、と振り返ると、林檎さんは一人でシャドウボクシングをしていた。
 呆気にとられる蜜柑さん。
 何をしているのか問い質すと、林檎さんは息を弾ませつつ、川原では殴り合いをするものだと熱弁。
 林檎さん、爽やかに笑いながら、蜜柑さんも如何かと勧める。
 すると蜜柑さんはくるりと背を向けて、川面に平たい石を投げた。




縁側蜜柑


 さて蜜柑さん宅を訪れた林檎さん、玄関先から遊ぼうと声を掛けるもののお返事が無い。
 勝手知ったる何とやら、林檎さんは玄関の鍵が掛かっていないのを確認すると、からからと戸を開ける。
 草履を脱いで、お邪魔します。屋敷の中は静まりかえっていて、チチチと鳥のさえずりだけが響いている。
 蜜柑さんの姿を探しつつ、ほてほてと畳の間を歩くと、縁側にちょこんと座っている蜜柑さんを発見。
 お尻に座布団を敷いた蜜柑さん、傍らに食べかけの水ようかんと湯気を立てるお茶が有るところを見ると、どうやら日向ぼっこをしていた模様。
 訪れた林檎さんにはまだ気づいていないようで、林檎さんは声を掛けようとしたが、ふとそれを思いとどめた。
 どうせなら、ニヒルでクールな蜜柑さんを驚かせてあげよう。これはなんとも愉快で痛快。そう考えた林檎さんは、一人でほくそ笑んだ。
 しかし、単にわっと大声を出すのは余りにも芸が無さ過ぎる。どうしたものかと悩む林檎さん、普段使ったことのない悪知恵をフル回転させた。
 回転しなかった。
 回らないものは仕方がない。しかし、やっぱり単純に驚かせるという選択肢は、誇り高き林檎さんの歩むべき道ではない。
 ううんううんと小さく唸ってみても答えはやってこない。知恵熱が出て倒れてしまいそうだ。
 林檎さんは、とりあえず、踊った。
 ちょこちょこちょこちょこ、ちょこちょこちょこちょこ。
 日本舞踊の様だが、妙に動きがせわしない独自の踊りを開始する林檎さん。手にはちゃっかり愛用の扇子を持っている。
 ちょこちょこちょこちょこ。
 必殺の林檎舞踊は今まさに最高潮。この舞一つで世界を傾けてみせる。さあ蜜柑さん、気づいて、気づいて、後ろを振り返って。
 しかし、後ろ姿の蜜柑さんは、振り返るどころかうんともすんとも言わない。さすがに不審に思った林檎さん、はたと踊りを中断し、蜜柑さんの顔をくりっと覗き見る。
 くう、すう。すると、なんと蜜柑さんは目を閉じ、寝息を立てていた。ぽかんと口を開けて愕然とする林檎さん。
 ところが蜜柑さん、何の前触れもなくバチーンと目を開けたものだから林檎さん二度びっくり。わあと後ろに尻餅をついてしまった。
 それを見た蜜柑さんは、全てを見透かしたようにくすくすと上品に笑った。




お手玉蜜柑


 倉庫に古い小豆がたくさん合ったので、二人はお手玉を作ることにした。
 反物の切れ端をめいめい持ち寄って、蜜柑さんのおうちで作業開始。
 ちゃか、ちゃか、ちゃか、ちゃか。
 鮮やかな手さばきでお手玉を作ってゆく蜜柑さん。もう三つもできあがり。
 一方林檎さん、針さばきもたどたどしく、もたもた、もたもた。布の切れ目から小豆をざあとこぼすに至って、蜜柑さんは憤然と立ち上がり、林檎さんを手伝ってあげることにした。
 蜜柑さんに手伝ってもらって林檎さんはとても嬉しそう。蜜柑さんも少し嬉しそう。
 そしてようやく、六個のお手玉が完成した。内訳は、蜜柑さん五つ、林檎さん一つ。二人、万歳。
 では、いよいよ、蜜柑さんの挑戦。
 まずは二つから始め。ひょい、ひょい、ひょい、ぼと。
 蜜柑さん、しばし黙る。
 ひょい、ひょい、ひょいっ、ぼと。
 蜜柑さん、さらに黙る。
 何事も基礎が肝心、お手玉一つで練習することにした。ひょーい、ひょーい。
 白熱するお手玉。蜜柑さんの目はギラギラと燃えさかり真剣そのもの。
 ひょーい、ひょーい。
 何とか安定してきた蜜柑さん、どうだとばかりに林檎さんを見る。
 すると林檎さん、残り五つのお手玉を、いとも手軽にほいほいほいほい。
 林檎さんの両手によって、綺麗に円を描く五つのお手玉。にこにことして、とても楽しそうだ。
 蜜柑さん、手に持ったお手玉をじっと見つめる。すると蜜柑さん、やおらお手玉を中空に投げた。
 すると、天井にぶつかったお手玉、あろう事かお裁縫がやぶけ、小豆の雨がぱらぱらぱら。
 爆発した小豆がこつんこつんと頭にぶつかる。蜜柑さんは鼻息をふんと鳴らすと、後かたづけもせず部屋を出て行った。
 林檎さん、唖然。




アフロ蜜柑


 遊ぼうとの声に玄関へ駆けていくと、そこに佇んでいたのはアフロヘアーの林檎さん。
 蜜柑さんは無言で玄関の戸を閉めた。
 林檎さんは笑顔で玄関の戸を開けた。
 諦めて、それは何かと聞いてみると、ひょんなことから手に入れたカツラだと言う。
 もさもさして楽しいとのこと。もさもさの何が楽しいのか、蜜柑さんにはちいとも分からない。
 かぶれば分かる、と、カツラを外して詰め寄る林檎さん。仕方なく蜜柑さんは、アフロのカツラを被ってみた。
 特に、どうと言うこともない。少し、頭が重くなった。
 手を伸ばし、頭を触ってみる。もさもさしている。楽しくもない。
 カツラを脱ごうとした蜜柑さん、その前に姿見で自分の姿を見てはどうかと林檎さんに勧められる。
 やれやれと思いつつ、蜜柑さんは姿見に映る自分に目をやった。
 蜜柑さんは、小さな口をぱかんと開いた。
 にこにことその様子を眺めていた林檎さん、蜜柑さんが黙ったままなので、声を掛けてみた。
 蜜柑さんは鏡の中に究極の美でも見いだしているかの如く、無反応。
 少し心配になって、揺さぶってみた。蜜柑さん、蜜柑さん、どうしたの。
 蜜柑さんはそれでも無反応。




窓ふき林檎


 たまにはお掃除をしなくてはと一念発起した林檎さん、三角巾をかぶり、袖をまくってたすきがけ。大張り切りで清掃開始。
 散らかった玩具を片づけ、床には丹念な雑巾がけ。そして窓を拭く。
 きゅっきゅ、きゅっきゅ。
 砂埃で汚れていた窓は、まるで見違えたように綺麗。
 林檎さん、窓に自分の姿が映っているのを見てにっこり。
 しかし林檎さんのおうちは小さいおうち。お掃除はすぐに終わり、林檎さん、やり場のない情熱の後処理に困ってしまった。
 特に、窓ふき後の気持ちよさは格別だった。もっと窓を拭きたい。窓を、窓を。窓を与えたもう。
 林檎さんはすっかり窓ふき中毒。
 そこで我らが林檎さん、雑巾片手に一路蜜柑さん宅へ。
 蜜柑さん、蜜柑さん、窓を拭かせて下さいな。
 出迎えた蜜柑さん、刹那の間を置いた後、どうぞと林檎さんを招き入れた。
 わあいと座敷に上がった蜜柑さん、そこで笑顔が凍り付く。
 襖。障子。欄間。純和風の蜜柑さん宅、ガラス窓なんて何処にもない。
 呆然と佇む林檎さん。
 蜜柑さんは冷たい視線。
 真っ白に燃え尽きた林檎さん。
 蜜柑さん、爪楊枝を摘むと、それを煙草のようにくわえた。


絵と原案 桜塚さん



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