蜜柑雪
あーもー。あのバカ姉貴、あたしが寝てるってのに窓なんか開けて。
ちょっと怒って見せたらわーとかなんて言って逃げ出しちゃった。子供か。
どーでもいいけど窓くらい閉めてよっての。
あたしは布団からのっそりと顔と腕を出す。うわ寒い。恐ろしいほどの冷気があたしの肌を蝕んでゆく。
うわー、雪がちらちら舞い込んで来てるじゃないのさっ。
渾身の力を込めて窓に手を伸ばし、よいしょと閉めた。
これでよし。あたしは我が楽園こと布団の中に頭と腕を迎え入れ、冷え切ったその部分を温め直す。
うー、寒いー、寒い。一度冷気が迷い込んできた布団の中はなかなか温まらない。
あたしは自分の膝を抱えるようにまるまる。
ああそれでも、段々と、暖かくなってきたかな。
と思ったところで首筋にぴとりと凍える感触。
ぎゃあ。危うくあたしは叫びそうになる。
なんだなんだい、まさか窓と布団を通り抜けあの忌まわしい雪があたしを困らせにやってきたかなと驚いて首を触る。
するとなんだかふわふわしてる。
ははんこいつはと適当に掴んで目の前まで持ってくる。布団をちょいとだけ開けてみると、光に浮かび上がった姿はほらやっぱしいつかの紺色娘。
触ってみるとこいつの肌も凄く冷たい。あーそー、あんたも寒いの? 聞いてみるとあたしの手に持ち上げられたままこくんと頷いた。
でもあたしの布団には二人分も養ってあげられるほどの余裕はないのだ。
あたしは紺色を布団の外にそっと追い出し、再びまるまる。
また冷たくなっちゃった。あたしはただ暖かくしてたいだけなんだっ。邪魔するなー。
寒い寒い。寒いなあ。
でもやっぱり、しばらくすると、もぞもぞもぞ、ぴとり。
ぎゃあ。
林檎クッキー
わたしが、おうちのろうかを、とてとて歩いていたときのことです。
ねえさまからおやつをもらったので、とってもにこにこだったんです。
そしたら、ろうかのまんなかに、ぽつんと赤くて小さいものがありました。
それはこっちにくるっとふりかえりました。おべべをきた小さな小さな女の子でした。
ひぅ。
わたしはびっくりしてぺたんとおしりをついてしまいました。
がたがたがたがた。しぜんとからだがふるえちゃいます。
なんでしょうこの子は。わたしのてのひらよりちょっと大きいくらいの子です。
赤いきものはあざやかで、おかおもおにんぎょうさんのようにととのっています。でも、こわい、こわいよう。
そのこはわたしを見るととってけとってけ歩みよってきます。
なにするの。やだやだ。
わたしががたがたこわがっていると、ぽっけの中で何かががさりと音を立てました。
あっそうだ。おやつのくっきーです。
わたしはくっきーをとりだして、ぱりぱりとわると、ふくろをあけて一口たべてみました。
あまいです。
こわくないです。
こわくない!
赤い女の子はわたしのくっきーをじっと見ています。
たべたいのかな。
でも、わたしのおやつ。
うんうんとわたしはかんがえます。
やっぱり、あげることにしました。このくっきーをたべればあまくてこの子もしあわせになれます。
ぱりぱりわって、ゆびの上にのせて、さしだしました。
その子はわたしのかおをみます。くりっとしたおめめです。わたしは、うん、とげんきよくくびをふりました。
りょうてでくっきーをもって、ぱくんとその子はたべました。
すぐにしあわせそうなかおになっていきます。にこにこなんです。わたしもしあわせ。この子もしあわせ。
あまいくっきーのおかげです。
わたしたちはもうなかよしです。
なかよし!
わたしはその子をかかえてみました。
とってもかるいです。
わたしたちは同じたかさでみつめあって、それからいっしょにえがおです。
わたしたち、おともだち。
おともだち!
蜜柑テーブル
早起きしたわたしは目覚まし時計を見てまだ眠れるなーと思ったりする。
でも喉が渇いていたので、部屋から出て冷蔵庫の中の飲み物を漁った。
紅茶をごくごくしたです。空っぽになったのでその辺においといた。
そんでお部屋に戻ってまた一眠り一眠り。おふとんめくってぽふん。
にしてもこのテーブルの上に乗っかってるおにんぎょさんは何だ。さっきから有ったけど。
紺色の着物につやつや髪の毛。
わたしは手を伸ばしてそれをひょーいとつまみ上げる。
おにんぎょさんにしては重い。目の前に持ってきてふーと息吹いてやるとなんだか顔をむずむずさせた。
わたしはふーんと思ってそれをテーブルの上にもどす。
じゃあ寝よっと。おふとんかぶってぬくぬく。ぬくぬく。もぞもぞ。
そだ、せっかくだからおにんぎょさんも一緒に寝よう。
と、わたしがテーブルの上を見るとおにんぎょさんはどっかに消えちゃてた。
なんだよー、さみしいじゃんかよー。
蜜柑クリーム
この時期は、肌が乾燥して、嫌な感じです。
私は顔にクリームを塗ろうと、鏡台の前に立ち、チューブ式のクリームを手に取りました。
そこでふと、背後に有る何物かの視線に気が付きます。
何かと振り返ると、小さな少女が、私を視ていました。
その少女は、非常に小さく、手のひらほどの大きさしかないのですが、まあ、いいでしょう。
なんとなく可愛らしいので、手招きしてみると、ちょっと逡巡を見せた後、こちらに歩み寄ってきました。
両手で、少女を抱き上げます。
少女の着物の柄は鮮やかな紺色で、こうも小さいのにこれほど立派な着物が作れるものかと、私は感心してしまいました。
つややかな頬を持った少女は、暴れるでもなく、じっとこちらを見つめています。
おかっぱに切りそろえられた黒髪はしっとりとつやがが有り、なるほどお人形ではないかと見まがうほど。
自慢では有りませんが、私も時々、綺麗な髪と言われることがあります。ですが正直、この子には、負けました。
僅かばかりの嫉妬を含めて、少女の髪を指先でそっと撫で上げます。
くすぐったそうに目を細める少女はいかにも可愛らしく、表情にほんのりと紅が差し込んでいます。
そう言えば、そうでした、私はクリームを塗ろうとしていたのですね。
少女を鏡台に座らせ、クリームを手に取ると、優しく撫でつけるように、顔に塗ります。
それをじっと見上げている少女。私は少々茶目っ気を出し、少女の頬に余ったクリームを塗ってあげました。
少女の頬は柔らかく、クリームなど不要かと思えましたが、クリームが塗られた頬を不思議そうにぺたぺたとしている少女は、満更でもないように見えました。
私はもう片方の頬にもクリームを塗ってあげます。
小さな淑女はさらになめらかとなった自分の顔を両手で挟み、私をじっと見つめます。
そんな愛らしい姿には、自然と微笑みがこぼれました。
林檎オタマ
トマトソースの仕込みも万全。う〜んいい味。
後はチキンナゲットをこれで煮込むだけ。火を付けてしばし待つ♪
あたしはキッチンでふんふんとお料理をしている。
と。背後に何かが動く気配。何だろ。
く、黒くてカサカサ這いずる虫だったらやだな〜と思いつつ、あたしはぱっと振り返り、手に持っているオタマをそれ目がけてひゅっと投げる。
見たか名付けてスロウオタマ!
あたしの投げたオタマはくるくると回転しつつ、丁度柄の部分がその小さいものに当たった。すこーんと良い音がする。
う〜ん我ながらナイス命中! って、あ、あれえ?
オタマの当たったものを見ると、なんとそれはちぃちゃな女の子。
赤い振り袖をだらりと下げて、きょとんとした顔でこっちを見ている。
あ、あ、あ〜〜〜。やっぱり痛かったんだろう、じんじんと痛む額を抑えて、段々と目が潤んでくるちっちゃい子。その横にはあたしが投げたオタマがからころと転がっている。
女の子は、握り拳を目尻に当てて、本格的に嗚咽をこぼしだす。
ごめんねごめんね〜! 痛かったね、お姉ちゃんが悪かったね〜とあたしはその子に近づいて、頭をなでなでしてあげる。
少女の髪の毛はとっても柔らかかった。
なでなで、なでなで。段々と少女の瞳から流れる涙も少なくなってくる。
うっくうっくとしゃくり上げていた少女は、やがて、きゅーっとちっちゃい顔をすぼめると、にこーっと、笑った。
あ〜、可愛いなあ。あたしもつられて笑顔になって、その子の頭をなで続ける。
するとその子は、にこにこしながら、前の方をぴっと指さした。
え、え、何かな〜? あたしもにこにこしながらそっちを見る。
ぎゃあ! お鍋吹きこぼれてるっ!?
わたわたとあたしはガスレンジの火を消して、後かたづけに奔走する。
ようやく一息付けた頃には、女の子は居なくなっちゃってた。
残念だなあ、一口くらい食べて欲しかったけど。
林檎修行
ばっ! ばっ!
今日もあたしは、近所の林で修行をする。
もっと早く! もっと強く! 正拳に気を込めて、前に突き出す。
ばっ! はっ。ばっ!はっ。
うん? なんだ、何か、変な音がするな。
どこだ? 下? と、見ると、地面にほど近いところ、枯れ葉の上に乗った赤い着物の細かい少女。
あたしの真似して正拳突きをしていた。
その表情は真剣なんだけど、拳はへろへろんとしている。
悪いけどあたしは笑ってしまった。ダメダメそんなんじゃ。
しゃがみ込んで少女の顔を見る。少女はうっすらと額に汗をかいて、くりっとした瞳でこちらを見る。
本当は着物で修行なんて話にならないのもいいとこなんだけど。まあいいか、ちっちゃいし。
あたしは、手を伸ばして、ちゃんとフォームを正してやる。
いいかい? 腰は、こう、ぎゅっと捻って、うん、もっと拳は握って!
そして、真っ直ぐ前を見て、こう、突き出す!
ぱっ。
うん、いいよ、じゃ、あたしの真似してやってみて。
ばっ! ぱっ。ばっ! ぱっ!
いいよいいよ、その調子! それっ。
ばっ! ばっ! ばっ! ばっ!
うんうん! 飲み込みが早いじゃないか。
これなら一撃で熊も倒せる。
わけ、ないか。
蜜柑ひなたぼっこ
今日も平和です。
私は、いつもの散歩道の途中にある公園で、ベンチに腰掛け、小休止をしています。
本当に、ここはいつも変わりはなくて。
長閑で平穏で、心が癒されるようです。
水筒からお茶を一杯。ああ、美味しい。
さぷさぷと流れる噴水が、日の光に煌めいています。
小鳥たちが、公園の中央に有る大木の枝に掴まり、楽しそうに歌声を響かせています。
あら、今、芝生の中でぴょんと跳ねたものは、バッタでしょうか。もう、春なんですね。
手のひらほどの大きさの少女が、てこてこと私の前を通り過ぎていきました。
紺色の着物がとても似合ってますね。
さて、お茶を飲み干して、それじゃあ家に帰りましょうか。
夕食時。息子に今日のことを話したら、何故か怪訝な顔をされてしまいました。
林檎ひなたぼっこ
今日もやはり平和です。
風はそよそよととても穏やかで、今日の陽気を小春日和と言うのでしょう。
ふとしたら眠ってしまいそうです。
あら、目の前をてこてこ歩くのは。ついこの間の小さな少女です。
今日はお友達と一緒なのですね、赤い着物の少女と手を繋いでいます。
てこてこ、てこてこ。二人はのんびりと私の前を通り過ぎてゆきます。
てこてこ、ぺしゃ。
あら、大変です。赤い子が転んでしまいました。
腰を浮かせ掛けた私ですが、そこは紺色の子が、慣れているのでしょうか、すぐに赤い子の手を引いて抱き起こしました。
ぽんぽんと、着物についた砂を払ってあげています。
赤い子は、にっこり微笑んで、また、歩き出しました。
てこてこ、てこてこ。
私は二人が道に曲がるまで、じっと見守っていました。
そして夕食時。嬉々としてそのことを話したのですが、やはり息子に怪訝な顔をされてしまいました。
蜜柑転倒
おやつおやつおやつの時間〜〜♪
廊下をだぁーっと走ってぇ〜、一直線〜♪
ずべしゃあ!
うぅ〜! 痛ぁ〜〜いぃ!
転んじゃったよぉー!
誰かに、見られて無いよねぇ〜?
きょろきょろ。
あぁーっ!
なんだか紺色のちっちゃい子が廊下の向こうからこっち見てるぅー!
やだなぁー、恥ずかしいなぁー、て、あれぇ?
その子も、こっちにてってってって走って来てるぅ〜?
すぺしゃあ。
同じように転んだけど、なぁにぃ?
あっ! これでいいの? って感じであたしのことじっと見ないでぇー!
うぅー! 遊びでやってるんじゃないんだからぁー!
林檎踊り
私が美人なのかどうかは知らないが。
よく、男子学生からなんだかんだと会合に誘われるのは困りものだ。
全く、コンパだかカラオケだか知らないが、そう言う浮ついたものは私の性に合わないと言うのに。
今もにやけ面でやってきた学生を追い返したところだ。
つれないな先生などと言われても知ったことか。
やれやれ。
私はため息を吐いて椅子に座る。
!?
私の机の上でじーっと上目遣いの視線を送る赤と紺の娘ら。
な、な!? ま、またお前らか!
今日は何だというのだ。言っておくが今日の私は機嫌が悪いぞ?
と。二人を睨むと、赤い娘はにっこり笑い、腕を横に伸ばしてくねくねと踊り出した。
腰もくねくねしている。一見フラダンスの様だがもっとこう、ふにゃっとしていてとらえどころのない踊りだ。
で、な、何だというのだ! その踊りは!
しかし娘はただ笑顔で踊るばかり。
く、ぬ、ぬう。
何だか段々と、「つれないな〜♪」とでも言われている気分になってきた。
ああ、よせ! その踊りをやめろ!
うわ! あろうことか、紺色の娘まで同じように踊りだした。
こっちは無表情で有る分、より一層何かを訴える力が強い。
や、やめろ。やめてくれ!
私は思わず後じさる。
しかし娘らは二人揃ってつれないな〜♪ つれないな〜♪
う、ぅぅ! くそっ!
私はとうとう、自室を飛び出した。
絵と原案 桜塚さん
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