俺が事務所で今日の売り上げを計算していたときの話だ。
背後から、ぷうんと虫の羽音が聞こえてきた。
む、蚊か? と思って振り返ると、それは羽が生えた少女だった。
自慢じゃないが、俺は多少の事では驚かない。じっくりと少女を観察する事にした。
妖精の類にしては、羽根が蚊のようだ。ぷんぷんと五月蠅い事この上ない。
しかもその表情は、真顔だと思うが妙に浮かれている。何も考えていないようだ。
奇妙なのは、羽が生えてる癖に、そいつは着物を着ていた。
どこから羽が生えているのか、少し気になった。
そして、何故かその手には爪楊枝を持っている。身体が小さいから、つまむと言うより掴むという感じだな。
そいつは机にぴたりと着地すると、爪楊枝でかつかつかつと表面を突き始めた。
何が不満か知らないが、そいつはつまらなそうな顔になり、再び飛び立った。
今度は、よりによって俺の方にやってくる。
叩き落とそうとも思ったが、殺気も感じられないし、何より気になる。俺は黙っていることにした。
少女は俺の腕に留まると、机の時と同様に爪楊枝で突き始めた。
つんつんつんと突くと、今度は、にこりと笑った。どうも楽しそうだ。
だが、痛みこそ無いが、痒い。俺はもう一方の手で少女の爪楊枝を取り上げる。
そいつは、あ、と驚いていたが、そのまま俺は爪楊枝を折ってゴミ箱に捨てた。
しゅんとなった少女は、背中の羽をぱたぱたさせる。
俺は網戸を開けると、少女が留まっている腕をそこに近づけた。
少女は、外へぷ〜んと飛んでいった。
すぐに見えなくなるかと思っていたが、少女はあっちへふらふら、こっちへふらふら、なかなか近くを離れない。
埒が明かないので網戸を閉めた。
さて、売り上げの計算をやり直すか。
(終わり)
絵と原案 桜塚さん
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