アンテナ

 雨が降り出しそうな曇り空だったから、アタシは散歩に出かけた。
 靴屋の開店セールに買った赤いスニーカーの紐を締める。
 空を見上げると自分が出てきたボロアパートから何本もアンテナが突き出ている。
 あんなに空を目指してどうする気なのだろう。
 何かを突き刺そうとでもしてるのか。何を。薄黒い雲を。
 アタシはすぐに興味を無くした。
 電柱がずらりと並んでいる。それは何処までも続いている。
 目の前からやってきた蒸れた風が電線を揺らした。
 ポニーテールにした髪を揺らして、アタシを包み込む。
 露出した肩にもそれはヌルくて、思わず目を閉じる。
 寒くもないけど、何故かくしゃみが出た。
 もうもうと黒雲の供給をしている煙突を眺めながらアタシは歩く。
 この辺は空気が悪い。けれど、気にするほどでもなかった。
 橋を渡ると田園風景が広がる。
 暗い空の下で揺れる稲穂の群れは、わさわさと生き物のように見えた。
 目の前の道路の先には山があり、だけど暗くて、もう、シルエットしか見えない。
 あの山が張りぼてでも、今なら誰も気づかないだろうね。
 雲の切れ間から二つの月がアタシを照らす。
 そんな時間かと、アタシは踵を返す。
 店先の、青菜の臭いに誘われて、アタシはこぢんまりとしたスーパーに入る。
 ホウレン草が安いけど、お金はないから、見てるだけ。
 野菜を照らす明かりは電球一つ。売る気があるのか、明度は低い。
 オレンジ色の電球には、一匹羽虫がたかっていた。



(終)


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