ちゃいるど・まま
〜おふろはいろう〜



 皿を洗って、拭いて、棚に戻す。

 きゅっと水道を締め、流れる水を止める。

 ふぅ、と額を擦る。

 ようやく食事の後かたづけが終わった……

 腰をとんとんと叩きながら、俺は、こんなことを毎日やっていた秋子さんを改めて偉大に思った。

 タオルで手をごしごしと拭いて、居間に戻る。

 すると、

「……お」

 名雪と、その膝の上に抱かれたアキちゃんが、テレビに見入っていた。

 ひょいとブラウン管を覗いてみると、どうやらペット特集らしい。

 可愛らしい仔猫が画面一杯に映って、その愛くるしい仕草を全国に届けていた。

「ねこさん、かわいいねー」

「ねー」

 そして、番組の思惑通りに、顔をほにゃほにゃにとろけさせてる娘さん二名。

 ああ、目がうつろだ。そのうち、涎を垂らしてしまうんじゃないだろうか、口をほけっと開けている。

 思わず、歩み寄ってかしゃんとその口を閉めてやりたい衝動に駆られたが、止めた。

 今邪魔したら、烈火のごとく怒り狂うであろう二人の姿が容易に想像できるからだ。

 触らぬ神に祟りなし。と、言うわけで。

 俺はこそこそと二階に昇り、お先に風呂を失礼することにした。

 着替えを持って、とんとんと階段を降りていると、居間の方から声が。

「あー、可愛かったね〜」

「ね〜」

 番組が終わったらしい。

 ……もう、今更、どっちがどっちの言葉を言ったかなんて、どうでも良いような会話が聞こえてきた。

 やれやれ、と思っていると、居間の扉が勢いよく開く。

 ありゃ。とてとて出てきたアキちゃんに発見された。

「あーっ。ゆーちゃん、お風呂入るのぉ?」

 アキちゃん。そんな、びし! と指ささなくても。

「……ねーぇ、ゆーぅちゃん」

 と、思ったら、急にもじもじしだした。

 うん? なんだろ。

「今日、一緒に、お風呂はいろ?」

 お風呂か。ああ。

 ……ああ。

 俺は顔に手を当てて俯いた。

「お風呂って……アキちゃん……」

「ねぇ?」

 いや、ねぇ……って、言われても。

 もう、何度も言ってることだが、アキちゃんは秋子さんだ。

 秋子さんと一緒に風呂……

 豊満なバストと、まだ若々しい肌の張り、きゅっとくびれた腰……

 ああ、いかん、股間に血が。

「それは、駄目だよ」

 ちょっと残念な気もしたが、断ることにした。

 何故って……そりゃ……まずすぎる。

「えーっ、駄目なの?」

 ぷくっとほっぺがふくれる。

 うーっ、と、俺の方をしばし睨み付けた後、ぷい! とそっぽを向いて、

「ゆーちゃん、アキちゃんのこと、嫌いなんだ……」

 どーしてそーなるんですか。

 ああ、もう、嘘泣きか分からないが、目尻に光る雫が。

「ほらほら、アキちゃん、祐一困らせちゃだめだよー」

 お、名雪、ちょうど良いところに。

「だってぇ……」

 唇をつん、と尖らせたままアキちゃんが反論する。

「だって、一緒に入りたいんだもん……」

 なんだか拗ねた仕草。

 たじろいでる俺の方におずおずと近づき、ぴたっとくっつく。

 あ、アキちゃん。俺の鼻孔に、シャンプーの香りが、あああ。

「ね、いいでしょー?」

 アキちゃんは俺の手を握って、ぶんぶんと振る。

 ついでに三つ編みもぶんぶん揺れる。

 そんな可愛いしぐさが、俺を惑わせる。

 俺はアキちゃんのつぶらな瞳の前で、頭を抱えた。

(問題ないだろう? だって、本人が、良いって言ってるんだぜ)

(いやだめだ。第一、身体は秋子さんなんだぜ? 名雪の手前もある)

 俺が一人うーんと悩みこんでいると、同じように考えていたのだろうか、眉を八の字に寄せた名雪が、ぱっと顔を上げ、こう提案した。

「そだ。ね、アキちゃん。わたしと一緒にはいろ?」

「あ。うん♪ なゆちゃんと一緒に入る♪」

 えーと、だからなぁ、アキちゃんと一緒にお風呂と言うことは、秋子さんが、

 いやいや、アキちゃんは入りたいと言ってるんだから、それを無視しては、

 うん、そうすると、名雪と一緒に


 ……え?


 なゆ……きと?


「じゃ、おきがえ持ってこようね」

「アキちゃんも〜」

 二人の間で話はまとまり、目を見開いて固まっている俺の横をすり抜けて、彼女たちは着替えを取りに行った。

 一人残された俺は、ホッとすると共に、何だか酷く勿体ないことをしたような気分になり――

 キッチンに行って、コーラをコップに飲み干して、椅子にぐったりともたれかかった。


 俺の背中には、風呂に入ろうとする二人の笑い声が突き刺さった。

 椅子の背は、ただ、冷たかった。



(つづく)



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