ちゃいるど・まま
〜みんなでごはん〜
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「ふぎゅ」
食卓の方から、妙ちきりんなうなり声が聞こえる。
「むゅ〜」
ついでに、ちゃんちきちゃんちゃんと箸で食器を叩く音が聞こえる。
「わ、ダメだよおか……アキちゃん、行儀悪いよっ」
「う〜っ、ご飯、まだなの〜?」
ご飯が運ばれてくるのを待ちかまえてるアキちゃんの表情がまるで目の前に居るように想像できる。
「……ぷぅ」
そうそう、こんな風にほっぺ膨らませて、眉を八の字に寄せて……
「ゆーちゃん、ご飯まだぁ?」
のわっ!
本当にいた。
持っていたサラダを慌てて取り落としそうになる。
とっとっと……
「あっ、ゆーちゃん危ないっ」
誰のせーですかっ。
「はいはい、このサラダ用意したら終わりだから、待っててね」
と、優しくさとそうとすると、アキちゃんは、にきゃ、と笑って、
「アキちゃんもお手伝いするの」
そう言って、俺の持っているサラダを受け取ろうとする。
ん〜、と俺は考えあぐねた。
実際、身体は秋子さんのままなのだが、果たして運動神経まできちんと残っているだろうか?
運ばせたら、うきゃ、つるりんすってん、がちゃん、ふぇぇん、てな事になりかねない。
あの日から、秋子さんがアキちゃんになることにも何とか慣れてきたが、まだまだ、接し方が分からない。
しかし……
じーっと俺を見上げる双眸。うっ、ま、まぶしい。
実際、秋子さんは俺の身長よりは低いわけだが、秋子さんであったときには、
まだ何となく俺と対等かそれ以上の身長が有るように感じられた。
だけど、アキちゃんは……
「ゆーちゃぁんっ、お手伝いさせてぇ」
こうしてつんと唇を尖らせて居るのを見ると、明らかに俺よりずっと年下の少女に見える。
俺はちょっと、お父さんの…………ノー、ノー、お兄さんの気分になり、アキちゃんに任せてみることにした。
「……ああ、分かった。じゃ、アキちゃん、頼んだよ」
「うん!」
ぱぁぁとにこやかになる。
そして、俺の手からサラダを受け取ると、そのまま食卓へ……
……あ、アキちゃん、足下がちょっとふらふら頼りなげ……って、ああっ! つんのめった!?
「わ、きゃ、あ、きゅ」
ふらふらふらっ。
「だぁぁっ!」
俺は急いでアキちゃんを抱えようと駆け寄る。
と、突然。
「なーんて、ね♪」
しっかりと立ち、俺の方を向いて、ぺろっと舌を出す。
……は?
しかし、俺の勢いは止まらず……
ずざざっ!
がつん!
「わああ、ゆーちゃん大丈夫っ!?」
「わああ、ゆーいち、どーしたの?」
とてとてとてたと駆け寄ってくるお二人さん。
ぐぁ……
もー、勘弁してください、と、俺は冷たい床に寝そべったまま、そう心から願った。
*
「はみゅ、うみゅ……これ、おいしーね♪」
「アキちゃん、ご飯食べてるときにおしゃべりしちゃだめだよ〜」
いつもより過剰に賑やかな食卓。
アキちゃんは特製ハンバーグにご満悦だ。好き嫌い無くぱくぱく食べる。
……とはいえ、アキちゃんが今食べてるのは、夕暮れ、「秋子さん」が作っておいたものを俺達が焼いただけのものだが。
「二人に迷惑は掛けられませんから」なんて言って、
秋子さんは自分が「アキちゃん」になった後も困らないように、と、色々と準備はしてくれている。
それはかなり大変なはずだが、まるでなんでもないようにこなしてしまう秋子さんは、やはりさすがだ、と思う。
……で、こうして沢山のメニューをぱくぱく全部食べてしまうアキちゃんもさすがだ、と思う。
「ぷぁ、お腹一杯……」
ふー、と息をつき、アキちゃんはすっかりご満悦だ。
そんな無邪気な顔は、とてもこの名雪の母とは思えない。
「わたしもお腹いっぱいだぉ……くー……」
「わぁ、なゆちゃん寝ちゃったよ」
うー、起きて、起きてー、と名雪を揺さぶる姿は、本当にちっちゃな子供に見えてしまわなくもない。
まぁ、これが若々しい秋子さんだったからまだ受け入れられたものの、
もし、子供になったのがもっとオバサンくさい人だったらと考えると……
ちょっと、ぞっとしない。
「うにゅ……ぅ、アキちゃん?」
おっと、ようやく名雪が起きたか。
……おや?
「あ〜あ、名雪」
「え、な、何? 祐一」
「ほら、ここ、ここ」
俺はそう言って自分のほっぺたを指さす。
そう、名雪のほやほやほっぺたには、ぴったりとご飯粒がくっついていた。
これじゃ名雪も、アキちゃんと変わらないな、全く……
「あ、なゆちゃん、ご飯粒ついてるー」
「ぅぇ、え、どこ? どこ〜?」
まだ半分ねぼすけさんの名雪は、素っ頓狂な場所ばかり探している。
おい、いくら何でも、つむじにはご飯粒はつかないと思うぞ。
「もー、なゆちゃん、おかしいんだ〜」
「うー、ひどいよアキちゃん〜」
……上と下が逆転しただけで仲良し親子は変わらない、か。
実際、アキちゃんと初めて会ったときもあんまり動揺しなかったし……
こんな時は、ぽやぽや名雪の性格は楽だな、なんて思いつつ、二人を見ていると。
「アキちゃんがとってあげるねっ」
アキちゃんは、そう言って、手ではなく顔を近づけて……
……え?
ちゅ。
なんか、目の前に、禁断の光景が広がってる気がした。
「取れたよ♪」
「わ、わーっ……」
にこにこのアキちゃんと、母親にキスされたのがびっくりしたのか、顔を赤らめて困惑顔の名雪。
で、俺はと言うと、渋い茶を啜りながら、これはこれで、うらやまし
微笑ましいなと、思った。
(つづく)
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