a bear of forest
名雪視点でのお話です。
タイトルはお気になさらぬよう・・・・
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ガチャ・・・
ふぅ・・・
部室の戸締まりも、おっけーだね・・・
今日の練習は、日が暮れてお互いの顔が確認できなくなるほどまで続いた。
私はドアノブから引き抜いた鍵をバッグにしまう。
基本的に、陸上部室の鍵は顧問の先生と部長が一つずつ預かることになっている。
今、何時だろう?
ふと、そう思って時計を見ると・・・
わぁっ!もう八時だよ・・・
時節は一月の終わり。
いくらシーズンオフの練習も大切だからって、こんなに遅くまでやるなんて先生もひどいよね・・・
そのくせ、自分はさっさと帰っちゃうんだから。
お母さん・・・祐一・・・心配してるかな・・・・
今日は部活が遅くなるからねって言ってあるから大丈夫だろうけど・・・
良く見渡すと周りはもう真っ暗だよ・・・
1m先も見えやしないよ。
ほーう、ほーう
わ、フクロウまで鳴き始めた・・・ううっ・・・ちょっと、びっくりしたよ
しょうがない、練習で疲れてるけど・・・
家まで、ダッシュだよ。
真っ暗でも、こわくなんか無いよ
私はバッグに手を伸ばす
だってここには祐一から貰ったねこさんのキーホルダーがついてるんだもん
何があっても、このキーホルダーが護ってくれるよ
大事な、大事なキーホルダー
かわいいねこさんのキーホルダー
ごそごそ・・・
私は暗闇の中で、そのキーホルダーを確認しようと手探りする。
ごそごそ・・・
あれ?
あれあれ?
ごそごそごそごそ
ない・・・ない?
うそっ!
どうして?
目を凝らして、よく見てみると、キーホルダーのチェーンのしまりが緩んでいた。
どうやらいつのまにかそこから落ちたらしい。
主を失ったチェーンが、不格好にゆらゆらと揺れている。
どうしよう、どうしよう
私は慌てふためく。
せっかく祐一から貰ったキーホルダーなのに・・・
あれは、いつだったっけ
今日みたいに、部活で遅く帰ってきた私に、「ほれ、お疲れさん」って、投げてよこした。
わ、と思ってキャッチしてみると、それはとってもつぶらな目をした、かわいいかわいいねこさんのキーホルダー。
祐一は、気まぐれだ何て言ってたけど、その気まぐれがとっても嬉しかったんだよ
一生の宝物にしようと思ったほどなんだよ
それを・・・落としちゃうなんて・・・
ううっ・・・・困ったよ
私はちょっと落ち込む。でも、すぐに気を取り直して、
こうしていてもしかたがないね。
探そう!
たしか、教室を出るときはあったんだから、
・・・・バッグの先でゆらゆら揺れているのを確認した・・・・
陸上部の練習中に落としたのかな・・・・
私は、月明かりをたよりに、懸命に地面を見て回る。
校庭のトラック、ストレッチをした芝生、鍵を開けてもう一度部室の中。
校庭を一周ぐるりと見て回り、芝生を足でかき分け、ごちゃ混ぜの砲丸やメジャーを押しのける。
だんだんと体温も奪われていって、私は寒さに震えながら、かじかんだ手で辺りを探し回った。
でも、
なかった。
どこにも、
無かった。
一生懸命に探したけど、ねこさんのキーホルダーは、影も形もなかった。
ふぇっ・・・
私はちょっと、泣きそうになる。
どうしよう・・・
もう、八時半だよ・・・・
暗いよ・・・寒いよ・・・・
どうしよう・・・
こうしていても、しょうがないよね・・・・
すん、すん
私は潤んだ目を拭う。
帰ろう・・・
帰って、祐一に訳を話そう・・・・
怒るかな・・・・
笑って許してくれるといいけど・・・
うん、きっと、大丈夫だよね
帰ろう
明日、また探そう
大丈夫
きっと見つかる
だいじょうぶ
自分にそう言い聞かせて、私が校門をくぐろうとした、その時
ピキッ
!!!!!!
背後に気配を感じた
な・・・なに・・・・
私が振り返ると
真冬の暗闇の
月明かりの下で
校庭の真ん中に立つ背の高い人影
目だけが暗闇の中で私を鋭く見据えていた
まるでそれは獲物を見つけた肉食獣の目
そしてその影は呟いた
「・・・・見つけた」
だっ
私は一目散に駆け出した
やっ、やだっ
なに、あの人
へ、変態さん?
怖いよ〜
お、追いかけてこないよね
ちら
私が後ろを振り向くと
かすかな期待は裏切られ
たたたたたたたたたたっ
凄いスピードでこちらに走ってくる影
変わらない鋭く光る目
私はパニックに陥った
こ、怖いよ
逃げなきゃ
なんだかわかんないけど、とにかく逃げなきゃ!
私の両足は陸上部部長の面目を保つように、急加速を始める
それは今までにないほどの速さで
きっとこのスピードで走れれば自己新記録間違い無しだろうと思ったほど
しかし・・・・・・
たたたたたたたたたたたっ
影は全く振り切れる様子もなく先程と同様に私を追いかけてくる
いや・・・むしろ先程よりも私との距離は狭まって居るような気がする
「待て・・・・」
影が呻くような声を出す
やだっ、やだやだ、どうして
まだ、家までにはある程度の距離がある
近くに民家の影も見えない、助けを呼んでも誰も来てくれないだろう
こうなったら・・・
私は、突然進路を変え、脇道にそれる
ちょっと道は狭いけど、こっちの方が近道なはずだよ
それは、この間発見した、私と祐一だけが知る秘密の裏路地
目の前に曲がり角
この曲がり角を抜ければ、家まですぐだよ
たたたたたたたたたっ
未だ後方からは足音が響く
だが、その足音とももうお別れだ
角を曲がる
もう家は目と鼻の先のはず
すると、私の目の前に現れたのは・・・
「工事中につき、大変ご迷惑をおかけします。申し訳ありませんが迂回をお願いします」
無情な立て看板。
道の真ん中にぽっかり空いた大穴。
幾重にも張り巡らせたバリケード。
私はへたへたとその場にへたりこんだ
そんな・・・・・
うそ・・・・
もう、わたし、だめなの?
足音はもう、すぐそばまで来ている
「はぁ・・・・はぁ・・・・・はぁ・・・・」
荒い息づかいまで聞こえてきた
やだよ
私、この変な人に捕まっちゃうの?
いやだよ・・・
なにされるかわかんないよ・・・・
助けて・・・・
助けてよう・・・・・
お母さん・・・・
祐一・・・・
ゆぅいちぃぃぃ!
あるいはその声を実際に出すことが出来れば、誰かが来てくれたのかもしれない
しかし恐怖、緊張、疲労の極限状態にあった私にはそれは無理な相談だった
役に立たない喉からは掠れたような音しか出てこない
コンクリートの舗装道路はとても冷たかった
ざっ
足音が私の真後ろに
私はもう身を縮こまらせガタガタと震えることしかできない
すっ・・・
気配
影の手が伸びる
いや・・・・・やめて・・・・・
私はこれから起こるであろう事態を想像し、只恐怖に怯える
私はますます一層体を固くし、頭を伏せ、目を固くつむった
それが相手に対してどれ程の抵抗になるかははなはだ疑問だが、
その時の私にはそうするより無かった
そうするしかできなかった
そして・・・・
ぽむ。
軽く、私の肩が叩かれる。
えっ?
困惑した私がとっさに反応できないでいると、
ぽむ、ぽむ。
さらに二度三度。
私が顔を上げ、目を開くと、そこには・・・・
「あっ・・・・ねこさん」
目の前にずいと手のひらが差し出される。その手のひらの上に何かのっている
人影の手のひらにちょこんとのったそれは、多少土で汚れてはいたけれど、紛れもなく、祐一から貰った、
つぶらな目をした、ねこさんのキーホルダー。
「探していたのは、これ・・・?」
影が声を発する・・・・・それは、想像していたよりも、ずっと穏やかで、優しい声。
「あ・・・・はい」
私は頷く。
「よかった・・・・」
そう言って、私の手にそれを握らせる。
「あ・・・・ありがとうございます」
私は何がなんだかよく分からなかったけど、とにかくお礼を言った。
よくよく、その人物を眺めて見る。
びっくりした。
変態の男の人だと思ったその人物は、とても綺麗な、女の人だったからだ。
背はすらりとモデルのように高く
夜の風にたなびく髪は艶やかな黒色
背後に照らす月の光に一層映えるその神秘的な美しさに、私は二の句を告げずにしばらく見とれていた。
鋭く光る目も、近くで見れば、なんて事はない、強い意志を持った輝く宝石のような瞳。
一瞬、自分よりもずっと年上のように感じたけど、その女の人は私と同じ学校の制服を着ていた
リボンの色から、三年生だと判断する
・・・・上級生・・・・なのかな?それにしても綺麗な人・・・・・・・・・
私は物も言わず、ぽわんとしてその女の人の美しさに見とれていた
「・・・・・それじゃ」
その女の人は私にキーホルダーを渡すと、用は済んだとばかりに早々に足を翻す。
「ま、まってください!」
私は何故か、その人を呼び止めていた。
「・・・・なに?」
振り向いたその顔は、何故かちょっと寂しそうで。
私はその人を呼び止めたことが正解だったと、根拠もなくそう感じた。
「あ・・・・あの、どうして、その」
出すべき言葉が見つからない。
声帯がもどかしく呼びかけの言葉を並べ立てる
「・・・」
その人は滑稽な私の様子を見て笑いだすでもなく、じっと無言で私のことを見ていた。
きっと、私の真剣な気持ちが通じたのだろうか
「・・・・あの、どうして、これ、拾ったんですか?」
私の喉からやっとの思いで絞り出されたその声は、
あまり確かな日本語にはなってないようだったが、意味は通じたようだ。
その人は、いったん間をおくと、
「あなたが、さがしていたから・・・・」
え・・・?だから・・・?私が、探していたから・・・なの?
「どうして・・・?」
口からは自然に問いかけの言葉が
「・・・・なんだか、一生懸命だったから・・・大切な物だと思って」
だから・・・だから、探してくれたの・・・・?
胸の奥にジンと熱いものがこみ上げる。
ううっ・・・・
優しい人だよ・・・
怖がったりして、ごめんなさい・・・・
「玄関の前に、落ちてた」
そうだったんだ・・・・
あ!そういえば、あそこで、香里とふざけあったっけ・・・・
すっかり忘れてたよ・・・・
「あ・・・ありがとうございました」
私は再び頭を下げる。
「別に・・・気にしないで・・・それより、もうなくさないで・・・大切な物」
それでもやっぱり私のことを気遣ってくれるんだ・・・・
もちろん、私はコクンコクンと大きく頷いた。
でも、彼女はちょっと先程のような寂しい顔に戻って・・・・
「・・・こわがらせてごめんなさい」
と、ぽつりと呟いた
あ・・・・
そういえば・・・・
私、この人から、最初、逃げてたんだよね・・・・
この人・・・優しいのに・・・不器用なんだね・・・・
自分の気持ちを、上手く表現できないんだね・・・・
私が逃げたとき、この人は、どう思ったろう。
・・・・凄く、悲しかったんじゃないかな・・・・
善意で、捜し物をしてあげて、そうしたらその気持ちを裏切られて・・・・
嫌な気分だよね
私が怖がって逃げ出したりしたから、寂しい顔をしていたんだね
それでもこの人は私のことを追いかけてきてくれたんだよね
・・・・最低だったね、私・・・・
それに比べて、この人は・・・・
見ると、彼女は自分の言った言葉に影響されてか、うつむいて黙りこくっている
きっと・・・自分のもどかしさを反芻してるんだね
少し・・・・励まして、あげられないかな・・・・
「あ、あのね」
突然私は口を開き、取り繕いの言葉を探す。
「えっと、その、全然、怖がってなんかいなかったんですよ、ただ、ちょっとびっくりしちゃっただけで・・・・」
「・・・そう」
私の言葉は無駄に終わった。
彼女は相変わらずうつむいてばかり。
そこで私はハッとした。
この人は、それを上手に表に出すことこそ苦手だけど、本当に優しい心を持っている・・・
そんな人に、上辺だけの励ましをかけても無駄なんじゃないかって。
そうだよね。
私も、本音を・・・出さなきゃ
本音で、心から・・・励まして、お礼を言わなきゃ
「あ、あの!」
先程よりも強い調子での話しかけ。ついでに、勢いで彼女の手をぎゅっと握ってしまう。
ハッとして彼女は私を見る。
私もじっと見つめ返す。
彼女の手は、すべすべで、冷たくて、細かった。
「あのね、ホントは、ちょっとだけ、怖かった」
「そう・・・」
ますます沈鬱になる彼女。
「でも!」
私は一層語調を強くする。彼女の手が一瞬ビクッと震える。
「そのあとで、えっと、貴女が、とても優しい人だって、わかったの。
本当に、本当に優しい人だなって、思ったんです。
だから、だから、えっと・・・・そんな、寂しそうな顔しないで下さい」
彼女は、一瞬呆気にとられたような顔になったが、すぐ、元の寂しそうな顔に戻った
「私は・・・・怖がられても、仕方ないから・・・・」
ぽつぽつと言葉が誘発されていく
「みんなに迷惑をかけてばかりいるから・・・・幸せには、なれないから」
「そんなこと無いです!」
私はそれを強く否定する
「そんなこと言っちゃだめです!
貴女は、優しい人だから!
きっと、絶対に幸せになれるから!
絶対に、絶対に・・・幸せになれるよ
幸せになれなきゃ、おかしいよ・・・・・
私、そう思うんです
だから、・・・・その、元気を出しましょう?ね?」
だめ押しに
「ふぁいとっ・・・だよ」
私のおきまりの、励ましの言葉。
使い古した言葉だけど、その分だけ気持ちがこもってる言葉。
彼女は、いつのまにか、私の顔を見つめていた。
そのまま、じっと黙っている。
あ・・・・初対面なのに・・・・無責任なこと言い過ぎたかな
怒ってるかな・・・・・
彼女が、パッと顔を上げる。
すると・・・・
その顔には、ちょっとだけ戸惑いが見えたけど、少なくとも寂しさはなくなったみたいだった。
「・・・ありがとう」
少しだけ晴れやかな顔になった彼女が、私に礼を言う。
「あ・・・あ、その、出過ぎたこと言っちゃって・・・・」
彼女はふるふると首を振る。そして、もう一度・・・
「ありがとう」
よかった・・・・私の気持ちが通じたんだね
「あ、それからその、・・・怖がっちゃって、ごめんなさい!」
ぺこりと頭を下げる。彼女は、自分自身に謝られるのは全く経験が無いようで、あたふたした後、
「わ、私も・・・こわがらせてごめんなさい」
慌てて頭を下げたんだ。
そしたら、二人とも慌てていたものだから、・・・・・頭と頭が、ごっつんこ!
「いたた・・・・」
「いたい・・・・」
その後、じんじん痛む頭をさすりながら、私は、だんだん、おかしくなってきて・・・・くすくすと笑い出した。
そして、その女の人も、・・・気のせいかもしれないけど、くすっと笑ったんだよ。
*
その後、彼女は学校に戻っていった。どうしても大事な用のようで、立ち入った話は聞けなかったけど、
なんとなく、がんばって欲しいと思う。
凄く、素敵な人だから。
凄く、優しい人だから。
学校であったら、声をかけてみよう。
きっと、・・・・そうだね、学年は一つ違うけど、いい友達になれるよ
・・・・・あ!そういえば、名前聞くの忘れちゃったよ〜
わたしも、そそっかしいね。
私は、家路へと急ぐ。
ねこさんのキーホルダーを、なくさないように、しっかりと握りしめながら。
もしかしたら・・・・・、彼女と出会えたことも、
・・・・・・このキーホルダーのお陰かな?
なんてね。
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こんばんは・・・F.coolです
「アシスタントの水瀬秋子です」
お察しの通り・・・このお話は、meetの続編みたいな物です
「はい。いってみれば、『お姉さんシリーズ』ですね」
とまあ、解説はそんなところです。
「では、失礼しますね。」
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