夢の劇場『夏の日の想い出』

 ※『Air』SSです。ネタバレなどとゆー高尚なモノはありません。初めての方も安心(←?)。
 ※でもキャラが半壊しているので、やっぱりご注意下さい。

 @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

神奈「余はここで暮らしておる」
 すたすたと御殿の奥に歩を進める神奈。
神奈「どうした? はよう入るがよい」
柳也「あ、ああ」
 いくら俺でも、貴人の御座に脚を踏み入れるのは気が引ける。
柳也「うーむ」
 と、俺がためらっていると、
裏葉「神奈様、失礼いたします」
 突然、女の声が響いた。
柳也「!?」
 振り返ると、翠髪の女官が荷物らしき包みを持って背後に立っていた。

神奈「何用じゃ、裏葉」
 裏葉と呼ばれた女官は手に持っていた包みを床に置き、
裏葉「お召し物をお持ちしました」
 ゆったりとお辞儀をした。
神奈「うむ、ご苦労」
 ねぎらいの言葉を掛ける神奈。

柳也(馬鹿な…気配を全く感じなかったぞ)
 俺が呆然としていると、裏葉は俺の方にちらりと眼をやり、
裏葉「神奈様。そちらの御仁は?」
神奈「案ずるな。ただの曲者じゃ」
 おい。と俺が突っ込む前に、裏葉はふんわりと微笑み、
裏葉「左様でございますか。では、始末いたします」
 突如、背中に言い様のない悪寒が走り抜けた。

柳也「!」
 ヒョゥッ! 反射的に身を伏せると同時に空気の切り裂かれる音がし、数瞬前まで俺の首があった場所に剣閃が走った。
柳也「!?」
裏葉「あら、おかわしになりましたか」
 目線を上げると、鋼鉄製と思われる扇で空を薙いだ裏葉と眼があった。
柳也「…つぁっ!」
 我に返り、中腰のまま脇差しを抜き放って裏葉の足元を薙ぐ。が、裏葉の体はふわりと宙を舞い、刃は虚しく空を切った。
柳也「はっ!」
 もう一撃を放ち牽制しながら、体を起こす。
裏葉「あらあら」
 攻めあぐねた裏葉はのほほんとした微笑みを浮かべたままで、ゆったりした動作で数歩下がり、間合いを取り直した。

 立ち上がった俺は裏葉に向き直り、大太刀を抜き放った。
柳也「………」
 今さらのように汗が吹き出る。
 …危なかった。さっきの一撃は、見てかわせたのではない。死線を潜り抜けることで培われた勘のようなもののおかげで、偶然死ななかっただけだ。

 裏葉は優雅とも言える仕草で、両手に扇を開いた。
裏葉「神奈様を害する輩は、この裏葉が容赦いたしません」
 ちょっと待て、なんか誤解があるぞ。と言うより早く、裏葉の体が動いた。スゥ、と流れるような動作で間合いを詰めてくる。
柳也「っ!」
 ギィン! とかん高い音がして、扇と俺の長太刀がぶつかり、火花が散る。長太刀を薙ぎ払おうとして、
柳也(しまった!)
 俺は、自分の迂闊さに気付いた。狭い室内では、長太刀は思うように振り回せない。小回りの速度で勝る鉄扇の方が、圧倒的に有利だ。
裏葉「…お覚悟!」
 左側、もう片方の扇が閃き、首筋目掛けて振り下ろされる。
柳也「ちっ!」
 肩口から体当たりをして裏葉の体勢を崩し、
裏葉「あっ」
 鍔ごと押し込むように裏葉を突き放し、何とか離れた。

 役に立たない長太刀を鞘に収め、脇差しを抜く。
裏葉「……」
 一瞬、裏葉の表情が険しくなったが、すぐにのほほんとしたものに戻る。
裏葉「参ります」
 また流れるような動きで間合いを詰め、鉄扇が閃いた。
柳也「く!」
 ガギッ、ギンンッ! 重さはないが、凄まじい鋭さで叩き込まれる鉄扇を、捌き、弾きながら、脇差しを振るう。
柳也「おおおっ!」
裏葉「はっ、たっ」
 裏葉は流れるような動きで突きをかわし、美しく舞うような身のこなしで鉄扇を操る。

柳也「でいっ!」
 肩口を目掛け、脇差しを振り下ろす。凄まじい反応速度で裏葉の鉄扇が動き、
裏葉「はっ」
 ギャギッ! 脇差しと鉄扇が咬み合い、耳障りな音と共に剣筋が逸らされ、
裏葉「せぇいっ!」
 ヒュンッ! 確実に急所を狙った打ち込みが繰り出される。ゾッとする悪寒が背筋を走り抜けた。
柳也「ぬああっ!」
 悪寒を振り払うように吼え、捌かれた脇差しを力任せに引き戻し、振り下ろす。
裏葉「っ」
 ガギッ! 打ち込んでいた鉄扇を引き、脇差しの刃を受け止め、身をひるがえして数歩下がる裏葉。

 再び対峙し合う俺と裏葉。
柳也「…はぁ、はぁ…」
 息が荒くなり、疲労が隠せない。
 …恐ろしい相手だ…。俺と数合以上打ち合い、なお立っていた相手は十数えるほどもいない。しかも今俺の目の前にいるのは、のほほんと微笑む翠髪の麗人ときたもんだ。
 非現実な状況に、一瞬虚と実の判断が鈍る。
柳也「…ふう」
 呼吸を整え、気を落ち着かせた。

裏葉「……」
 と、何か思案していた裏葉が、妙案を思い付いたように瞳を輝かせた。
柳也「?」
 油断なく構える俺。
裏葉「……」
 裏葉はにっこりと微笑み、艶やかな仕草で帯締めをほどき始めた。
柳也「!??」
 意表を突かれたのと、あまりの優美さに気勢を削がれ、打ち込むことも忘れて見惚れる俺。
 帯締めが解かれ、緩められた帯がしゅるしゅると微かな衣擦れの音と共に裏葉の足元にとぐろを巻いて落ちる。
裏葉「ふふふ」
 裏葉はしなを作りながら微笑むと、くるりと体を回しながら、羽織っていた単衣を肩から抜き、
裏葉「……お覚悟!」
 単衣を脱ぎ放つと同時に、裏葉の姿がかき消えた!
柳也「!」
 不意を突かれ、完全に裏葉の姿を見失った俺は、反射的に脇差しをかかげ、右の首筋を護った。と同時に裏葉が目の前に現れ、ギンッ! と硬い音がして、鉄扇が脇差しに食い込んでいた。

裏葉「防いだ!?」
 初めて裏葉の顔が驚愕に歪む。俺は、その一瞬を見逃さなかった。
柳也「ぬああっ!」
 ガツッ! 気合いと共に脇差しを床に突き立て、裏葉の単衣の裾と床板を縫い付ける。
裏葉「っ!」
 慌てて身をひるがえそうとした裏葉だったが、裾を縫い付けられていては離れることも出来ない。縫い止められたままの体勢で二、三度鉄扇を振るうが、俺は余裕でそれをかわす。隙を見計らい、
柳也「でいっ!」
 手首を打ち、裏葉の手から鉄扇を叩き落とした。
裏葉「ぁうっ!」

 床に落ちた鉄扇を蹴り飛ばし、俺は長太刀を抜き放って数歩離れて間合いを取った。
柳也「悪く思うなっ!」
 腰溜めに構え、一息に突き込む。
裏葉「…!」
 裏葉の瞳に力が宿り、今日三度目の悪寒が背筋を走った。
柳也「…っ!」
 思わず、急制動を掛ける俺。
裏葉「……」
 俺の長太刀の切っ先は、裏葉のふくよかな胸元に滑り込む寸前で止まっていた。
柳也「……。…相打ち狙いか」
 視線を落とすと、いつの間に手にしたのか裏葉の手には短刀が握られ、今にも俺の喉元に目掛けて投げ放たれようとしていた。
裏葉「……」
 裏葉は凛とした瞳で俺を見据えている。自らの胸元を貫かれるまで引き付けてから投げ、刺し違える覚悟だったのだろう。
裏葉「…神奈様をお護りするのが、わたくしの努め。いずこの手の者か存じませぬが、神奈様を害するのであれば、わたくしを討ち果たしてからになさいませ」
 怯えの色も見せず、淡々とした口調で言い切る裏葉。

柳也「……あのさ、別に俺、神奈を害しに来たんじゃないんだけど」
 何やら勘違いがあるようなので、それを解くことにした。
裏葉「今さらそのような世迷い言、聞きたくもありません」
 だから違うっちゅーの。
柳也「いや、だから」
 と、何か思い付いたのか、裏葉の瞳が見開かれ、
裏葉「…ハッ! もしや、御可憐な神奈様を慰み者にしようと、忍び込んだのでございますかッ」
柳也「全然違う!」
 裏葉は天を仰ぎ、
裏葉「な、なんと畏れ多い…ああ御仏よ、この者に慈悲をたれたまえ」
 駄目だ、聞く耳持たずって感じだ。

 裏葉は俺の顔を見据え、
裏葉「分かりました。されど、どうか神奈様を慰み者にするのはご容赦下さいませんか」
 分かってない。
柳也「いや、だから」
裏葉「そして、代わりというのもおこがましくはございますが、わたくしのこの卑しい体を差し上げますゆえ、どうかどうか、神奈様の御体に触れるのだけは…」
 よよよ、と泣きくれる裏葉。

 どーすりゃいいのだろーか。…って、そんなの考えることないじゃないか。
柳也「おい、神奈。誤解を解いてくれ…って」
 俺が振り返ると、
神奈「…すぴー…くー……」
 退屈だったのか、板敷きの上で猫のよーに丸まって寝入っている神奈の姿があった。
柳也「お前な」
 俺が呆れながら、起こそうと神奈に近寄ると、
裏葉「近付いてはなりませんっ!」
 背後から裏葉の気迫のこもった声が掛かった。
裏葉「それ以上神奈様の御身に近寄るのであれば、わたくしを斬ってからになさいませ」
柳也「斬ろうとしたらその短刀を投げるだろ」
 今だ俺の首を狙って向けられている短刀を、あごで指し示しながら言う俺。
裏葉「……」
 裏葉は少し黙り込み、
裏葉「てへっ☆」
 舌を出して誤魔化しやがった。
柳也「てへっ☆、じゃないっ!」
 一瞬、可愛さに誤魔化されそうになったことは秘密だ。

 ・
 ・

 結局、互いに一歩も動けないまま睨み合い、夜半になって起き出した神奈が裏葉の誤解を解くまで、俺と裏葉は不毛な対峙を続けた。

 ・
 ・

 数日後。警邏(けいら)の最中、裏葉とすれ違った。
柳也「よう」
裏葉「あらあら、柳也様。ご機嫌よう」
 優雅な仕草でお辞儀をする裏葉。
柳也「……」
 一瞬その風雅な動きに我を忘れて見惚れ、慌てて頭を振る。こういう立ち振る舞いからすれば、こいつも相当の育ちだとは思うのだが、本人に訊いても『わたくしは卑しい家の出でございます』とあっさり返される。
裏葉「柳也様?」
 はっ。
柳也「い、いや。なんでもない。ちょっと考え事をしていただけだ」
裏葉「はあ。左様でございますか」
 軽く首を傾げてから、いつもののほほん笑顔に戻り、衣擦れの音をかさりとも立てずに腰掛ける裏葉。
柳也「……」
 やはりただ者ではない。

 俺の考えていることを気付いているのかいないのか、裏葉はいつもの調子で世間話を始めた。女官達の間では、俺と裏葉の仲が懇意になっているという噂が流れていると聞き、
柳也「迷惑な話だな」
 俺もいつもの調子で、ぶっきらぼうに言った。と、裏葉が黙り込む。
裏葉「……柳也様には、ご迷惑でしょうか」
 やけにしおらしい表情で、ぽつりと言った。

柳也「え」
 なんだ、なんだ?
裏葉「柳也様」
 裏葉がキッと顔を上げた。
柳也「はいっ」
 思わず背筋を正し、返事してしまう俺。
裏葉「わたくしのような、とうの立った女との噂が立つのは、柳也様にとってはご迷惑なのでございましょうか」
 やけに熱のこもった瞳で、真っ直ぐに俺を見つめながら言う裏葉。
柳也「い、いや迷惑って言うか、俺は別に構わないんだが、そーいう噂話でむしろ裏葉の方がつまらない思いをしているんじゃないかなーって思ったり思わなかったり」
 ああ、何を言っているんだ俺は?
柳也「う、裏葉の方こそどうなんだよ」
裏葉「えっ…。わ、わたくしは…別に…」
 ごにょごにょと語尾を濁らせ、黙り込んで俯く裏葉。
裏葉「………」
柳也「………」
 な、なんだこの雰囲気は!?

柳也「!」
裏葉「はっ」
 視線を感じ、同時に振り向く俺と裏葉。そこには、
神奈「…………………………………………………………………………………………………じー」
 木の幹に身を隠し、暗い顔を半分だけ覗かせた神奈の姿があった。
柳也「なっ、何してるんだ、お前」
 慌てて立ち上がり、声を張り上げる。
神奈「余が何をしておろうと、余の勝手であろ」
 神奈はおもむろにしゃがみ込み、指で地面にのの字を書き始める。
神奈「…なんじゃ、余を放って二人して、いちゃいちゃいちゃいちゃいちゃしおって…フン」
 ぶちぶち言いながら、ガリガリと地面を引っ掻いている。

柳也「いちゃいちゃなんてしてないぞ」
 神奈は暗い瞳をチラリとこちらに向け、
神奈「ふっ…愚にも付かぬ言い訳を。互いに頬を染め合い、あれやこれやと言い合っておれば、万人が乳繰り合っていると見るであろうよ。まこと、初々しい見せ物であったわ」
 いかん、完璧にやさぐれている。っつーか、乳繰り合うなんて下世話な言葉、誰が教えたんだよ。
柳也「だから違うって」
神奈「よいのじゃ。同じ女である余から見ても、裏葉は立派な体をしておる。己が若き情欲に翻弄され、夜毎に自らを慰めなければならぬ柳也殿が、艶やかな裏葉に惹かれるのは至極自然のことよ」
柳也「誰が夜毎に自らを慰めるかぁぁっ!」
 神奈は俺の絶叫を無視して、
神奈「どうせ余の胸乳は、裏葉のように張っておらぬ。尻も腰も貧相な肉付きじゃ。男を誘うことなど到底出来はせぬわ」
 ふ…とやけに達観した瞳を虚空に向け、地面の上をゴロゴロ転がりだす神奈。
神奈「柳也殿はせいぜい熟れた肢体の裏葉といちゃいちゃ乳繰り合っておればよい。そんでもって、いたいけな余は放ったらかし。言うなれば放置プレイ」
 何を言っているんだ、こいつは。…ぷれい? 翼人の言葉か?

裏葉「あらあら神奈様、お召し物が汚れます」
 やんちゃをする娘子を優しく諫める母親のように、穏やかに神奈を立ち上がらせる裏葉。神奈の衣服に付いた泥土を丁寧に払い、
裏葉「神奈様。たとえ肉付きが貧相でも、殿方を惑わすことなど容易にございます」
 今、サクッと無慈悲な単語が言い放たれたよーな気がしたが、俺の思い過ごしだろーか。
神奈「なに、まことか?」
 瞳をキラキラ輝かせながら訊き返す神奈。どうやら裏葉の暴言は耳を素通りしたらしい。
裏葉「まことにございます。ここでは都合が悪うございますので、こちらへ」
 楚々とした仕草で神奈の手を引いていく裏葉。こうしてみると、ますます母親と娘子な感じだ。…が、話している内容は断じてフツーの母娘のモノではない。

裏葉「わたくしが体得している手練手管の全てを、神奈様にご教授させていただきます」
 待て。おい。
神奈「それを身に付ければ余も、りゅ…ゴホン、世の男共を手玉に取れるのであろうか」
 をい。
裏葉「無論にございます」
 をぅい。
神奈「すぐ教えよ。疾(と)く教えるのじゃ」
裏葉「御意に」
 をぅゐ…。

 二人は、人気のない離れに入っていった。
柳也「…………………」
 取り敢えず、俺は後ろを振り向かずに逃げ出した。


                                        夢のコント劇場『夏の日の想い出』 おしまい

 @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 星牙でございます。
マキ「マネージャーの小原マキです」

 裏葉女史も、秋子さんほどではないにしろ、多くの謎に満ちていて良いね。
 ただ『Summer』の世界は閉鎖空間だから、好き勝手描けないのが残念だ。ラブシーンが入れられないヨ。
マキ「そんなことを残念がるなぁぁっ!」
 むい。

 お読みいただきありがとうございました。
マキ「それでは、ご機嫌よう」


戻る