愛の浪漫劇場『ぷちしおり その2』

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 香里を送り返すにしても、夜道は危ないからということで、俺がエスコート役として随伴することになった。
「…ふぅ〜」
 おぼつかない足取りでふらつく香里の隣りを、歩調を合わせてついていく。
「大丈夫か、香里」
 香里はどよーんと沈鬱な顔を上げ、
「…相沢くんは、どうして平気なのよ…確かに栞はもとから小さかったけど、それがさらにあんなに、幼く…はぅぅッ」
 栞が聞いたら『ひどいでち』と拗ねそうなことを言いながら、苦しげに胸を抑える香里。
「たまたま自分の認識外の現実に直面したからって、そんなに苦しむことないだろ。新しい事実に気付いて、一つ利口になったと思えばいいじゃないか」
 呑気に受け答えてやると、
「どうやってあんな現実を認めろっていうのよっ! 明らかに非常識でしょう!」
 香里は癇癪を起こしたかのように、ガォウと吼えた。
「だから、それは香里がまだ世間知らずだったってことだろ」
 落ち着いて、諭すように答えてやる。

 香里は整った美貌を不安げに曇らせ、戸惑いがちに目線をさまよわせた。
「そ、そうなのかしら…はっ! またそうやって、あたしを騙そうとしているのねっ?」
 俺を睨み付けながら、警戒するように後ずさる香里。
「……」
 錯乱状態の香里が面白くて、つい悪ふざけに拍車が掛かる。
「違う。狭い常識に囚われている香里を、解放してやろうとしているんだ」
「え…」
 きょとんと瞳をまたたかせる香里の肩に手を添え、畳み掛ける。
「香里、宇宙を感じろ。風の声、光の唄、闇の囁きに耳を傾け、心を解放するんだ」
 香里の顔が強張り、さっと青ざめた。
「いっ、いやぁぁーっ、あたしを惑わさないでぇぇーっ!」
 髪を振り乱して身悶える香里の瞳を覗き込み、穏やかに微笑みかけ、
「違う、惑わしているんじゃない。導いているだけだ」
「きゃあー! いやぁぁー!」
「怖がらなくていい。ほら、気を楽にして、天地自然をあるがままに受け入れるんだ」 (←悪ノリ)
「あ゛ー! あ゛ー! あ゛――!」

 ・
 ・

 半狂乱になってわめきながら、何処かへ駆け出そうとする香里を半ば引きずるよーにして、美坂邸に辿り着いた。途中お巡りさんに職務質問されそーになり、慌てて香里を抱っこして逃げ出したりもしたけど。
「ほら、着いたぞ」
「…あー、うー」
 道すがら訥々と宇宙の神秘について語り続けた甲斐があって、香里は虚ろな瞳で呆けている。大丈夫なのだろーか。
「香里?」
 呼び掛けてやると、香里は顔を上げて、無邪気な幼女のような微笑みを浮かべた。
「…ママン、あたしはきょう、おはなばたけにいってきたの…」
 うあ、やばいぞ。
「おーい」
「…おはなばたけで、ようせいさんといっしょになってあそんだのよ…たのしかったわぁ…うふふふふふ」
「……」
 いかん、危険な兆候だ。ってゆーか、末期症状か?

 いっそのこと、香里を門柱の前に置き去りにして、逃げ出そうか。…いや駄目だ、栞が今晩帰らないことを親御さんにきちんと説明してもらわないといけないのに、それじゃ意味ない。
「香里、しっかりしてくれ」
「…きょうおともだちになったようせいさん、ふだんはやまのむこうのみずうみでくらしているんですって…でも、さいきんみずうみのそばのもりのおくに、わるいまほうつかいがすみついて、こまっているっておしえてくれたわ」
「……」
 うっとりとした表情の香里の語るおとぎ話はなかなか面白そうだけど、最後まで聞く暇がないのが残念だ。

 秋子さんのやっていた覚醒法を、見様見真似で試してみよう。香里の胸元に手を突っ込んで、
「香里、すまん」
 むんにゅっ。
「ぅきゃーっ!」
 ヴォンッ、ドガーン! 悲鳴と共に繰り出された香里の右ストレートが、間一髪で避けた俺の頬をかすめ、コンクリートの壁を突き崩した。
「はあ、はあ…あ、相沢くん?」
 香里の瞳に、理性の光が宿る。
「おう」
 襟元に突っ込んでいた手を抜き、何事もなかったかのように答える。

 香里はぼんやりとしたまま、きょろきょろと辺りを見回した。
「あ、あたし…どうしていたのかしら。…さっきまで、花がたくさん咲いているところにいたような…」
 まだ意識が混乱しているのか、ふらふらしている香里の肩に手を置く。
「ほら香里、しっかりしろ。ここはお前の家の前だ」
「え!? あたし、いつの間に帰ってきていたの?」
「普通に歩いてきたぞ」
 嘘だけど。
「そ、そうなの? …覚えていないわ」
「今日は色々あったから、疲れているんだろ。早く休んだ方がいいぞ」
「ええ…そうするわ」
 どんよりと疲労が色濃く見える表情で、こっくりうなずく香里。

「親御さんに、栞のことを宜しく」
 香里の肩が、ギクッと強張った。
「ど、どう説明すればいいのよ? …あたし、自信がないんだけど」
「適当でいいよ。小さくなったってことは秘密にした方がいいだろうけどな。取り敢えず、栞がうちに居て、元気でいるってことだけ言えばいいんだ」
「どうして帰ってこないんだって訊かれたら?」
 俺は少し考え込んで、
「うーん…秋子さんに料理を習っているとか、名雪に健康体操を教えてもらっているとかでいいんじゃないか。それなりに信憑性はあるだろ」
「なるほど…そうね」
 香里は幾分か不安を和らげた表情で頷いた。

 俺は香里の顔を眺めてから、わざとらしく大きく溜め息を吐いた。
「はあ、香里は頭はいいのに、こういうときは頼りないな」
 香里の頬が、気恥ずかしそうに赤く染まる。
「悪かったわね。ちょっと戸惑っただけよ」
 虚勢を張る香里が、なんとなく可愛い。
「まあ香里も、今日一日で宇宙の深淵に触れて、少しは大人になっただろ」
 香里は整った美貌を引きつらせて、
「だから嘘よ、それはっ! あたしを騙そうとしているんでしょう!」
「…ふう〜」
 大仰に溜め息を吐いて、肩をすくめてみせる。
「香里。世界は広く、そして宇宙はさらに広い。小さな常識に縛られて、それを狭めてしまってはいけない」
「ああああーっ、やめてーっ! あたしを惑わすのはやめてぇぇーっ!」
 両耳を手の平で押さえて、悲鳴を上げる香里。
「全てを信じて受け入れろとは言わないが、心を開くのは意義のあることだぞ」
「きゃーっ、いやーっ、聞こえない! なんにも聞こえないわっ!」

 ・
 ・

 また何処か遠くに逝ってしまいそーになった香里を、胸を揉んで引き戻したりしてから、ようやく落ち着かせた。
「もういいだろ。それじゃあ俺は、帰るから」
「ええ。送ってくれて、ありがとう。栞のこと、よろしくね」
「おう。じゃあ、またな」
 片手を挙げて香里に別れを告げ、家路に就いた。

 ・
 ・

 随分ゆっくりしていたけど、家の方は大丈夫かな。
 なんとなく栞のことが気掛かりで、自然と脚の動きが早まり、壁を飛び越え、屋根の上を走り、記録的早さで帰宅した。
「ただいま」
「あ、お帰り、祐一。遅かったんだね」
 名雪の出迎えを受ける。
「色々あってな…それより、栞は」
 俺がそう訊ねると、
「……っ」
 名雪が小さく息を呑み、痛ましげに瞳を伏せて、顔を背けた。
「どうしたんだよ…まさか、栞に何かあったのか」
 名雪は唇を噛み締め、震える声音で、
「…ごめん、祐一」
「!」
 靴を脱ぐ間ももどかしく、三和土に放り捨てて、居間に飛び込む。
「栞、栞っ!」
「はい? なんでちか、祐一しゃん」
 どてっ、ずざざーっ。飛び込んだ勢いそのままに、絨毯の上でヘッドスライディングした。
「あらあら祐一さん、大丈夫ですか?」
 タオルにくるまった栞を抱っこして、一緒にテレビドラマを見ていた秋子さんも、不思議そうに小首をかしげた。

「えへへ〜」
 悪戯に成功した子どもそのものの笑顔を浮かべた名雪が、くっくっと肩を震わせて居間に入ってきた。
「…名雪、正直に答えろ」
「なあに?」
「なんで、あんな紛らわしい言動をしたんだ」
 俺が荒んだ目つきで立ち上がると、名雪はのほほんと邪気のない微笑みを浮かべ、
「え、だからわたし、先に謝ったよ。『ごめん、祐一』って」
 悪びれずに、ほえっと受け応えた。
「必死な顔してる祐一、ちょっと格好良かったよ〜…ふふっ」
 思い出し笑いをして、くすくす微笑む名雪。

「…名雪、ちょっとこっちに来い」
「え」
 名雪はびくっと躰を竦ませて、ふるふるかぶりを振った。
「いやだよ、祐一、怖い顔してるもん」
 俺はニタリと禍々しい笑顔を浮かべ、手招きをした。
「いいから、来なさい」
「えっと、えっと…わ、わたし、宿題やってくるっ」
「逃がすかっ」
 二階に駆け上がろうとした名雪を、背後から羽交い締めにする。
「わー」
 もがもが暴れて抵抗する名雪のほっぺたを摘み、
「ていっ」
 むにゅーっと引っ張った。
「ふわぁ〜、いひゃい〜」
 涙目になって、ふにゃふにゃ抗議する名雪。

 ふくふくのほっぺたを伸ばしたり捏ねたりしてから、指を離した。
「ううー、いたい〜…ひどいよ祐一、極悪人だよ」
 名雪は赤くなったほっぺたを手の平でさすりながら、恨みがましい目つきで俺を見据えた。
「悪質な悪戯をするからだ」
「う〜」
 ふてくされた表情で俺を見据えていた名雪は、ふと何か思い付いたように顔を輝かせた。
「…ふーん、そうなんだ。祐一は、そんなに栞ちゃんのことが心配だったんだね」
「え」
 名雪の茶化す言葉に、顔が熱くなる。
「ば、ばかっ、なに言い出すんだ」
「ふっ、恥ずかしがらないでもいいよ」
 名雪は鬼の首を獲ったかのように、はふんと鼻を鳴らした。
「はあ、お熱いよ」
 手の平でへろへろと顔を扇ぐ真似をする名雪。
「ぐぬぬ」

 まさか、このぽややん丸顔従姉妹の名雪に、言い負かされる日が来ようとは。
「……」
 ふと視線を感じて振り返ると、秋子さんに抱っこされている栞と眼が合った。
「祐一しゃん、わたちのことを心配してくれてたんでちか?」
 あどけない顔を期待で輝かせ、きらきらと煌めく瞳で訊ねる栞。
「え? ええと」
 俺が言い淀んでいると、栞は寂しげに顔を伏せた。
「…違うんでちか?」
「ぐっ」
 照れ臭い気持ちと本音がぶつかり合ったが、一瞬で決着がついた。
「違わないぞ、栞。お前のことが心配だった」
 両手を出して、秋子さんから栞を受け取り、抱きかかえる。
「栞は、俺にとって本当に大切な、掛け替えのない女の子だからな」
「ゆ、祐一しゃん…」
 うるうると潤む瞳で俺を見上げる栞。
「うー、祐一、居直ってるよ」
 俺はフッと余裕の笑みを浮かべ、
「違うな。自分に素直になっていると言ってもらおうか」
「うーうーうーうーうーうーうーうーうーうーうーうーうー」
 サイレンと化して、もがもが地団駄を踏む名雪。
「ほら、落ち着きなさい、名雪。それじゃあ皆さん、そろそろお夕飯にしましょうか」
 秋子さんが、名雪の頭を撫でて宥めながら言った。

 ・
 ・

 俺が香里を送り届けている間に、料理の支度は終わっていたらしく、夕飯の準備は既に整っていた。
 名雪と一緒にご飯をよそったり、皿を並べたりして手伝っていると、
「そうだ。栞ちゃんは、何処に座るの?」
「ああ、言われてみればそうだな」
 今の栞の背丈だと、椅子に座ってもテーブルに手が届かないだろう。
「それでしたら、私に考えがありますよ」
 最後の献立の盛られたお皿を持って台所から出てきた秋子さんが、のほほんと微笑みながら言った。
「どうするんですか、秋子さん」
「祐一さんが、栞ちゃんを抱っこしてあげて下さい」
 おっとり微笑みながら、きっぱりとした口調で言う秋子さん。
「え」

「待って下さい。子ども用の椅子とかないんですか?」
「すみません、ないんですよ」
 頬に手を添えて、お辞儀をする秋子さんは、面白がっているようにも、申し訳なさそうにしているようにも見える。どっちだか分からん。
「うふふ、頑張って下さいね、祐一さん」
「……」
 まあ、仕方がないか。
「分かりました。栞も、それでいいか」
 ソファに腰掛けて大人しく待っていた栞は、少し恥ずかしそうにしながら、こっくり頷いた。
「はい、わたちはそれでいいでちけど…祐一しゃんこそ、ご迷惑じゃありましぇんか?」
「俺は構わないぞ。ほら、おいで」
 栞を抱っこして、食卓につく。だんだん腕に掛かる重みに慣れてきたというか、癖になってきた。

「いただきまーす」
「いただきます」
「いただきましゅ」
「はい、召し上がれ」
 四人揃って一礼してから、夕ご飯の時間が始まった。
「祐一しゃん、大丈夫でちか」
 俺の顔を見上げて、不安そうに訊ねる栞。片腕がふさがっているから少し不自由だが、どうにもならないというわけでもない。
「ああ、何とかなるよ。はい、あーん」
 箸でご飯を一つまみして、栞の口元に持っていく。栞はきょとんと瞳を瞬かせてから、ほっぺたを赤らめた。
「え、えっ? た、食べていいんでちか?」
「当たり前だろ。ほら、あーん」
「あ…あーん…」
 栞は恥じ入って躊躇ってから、怖ず怖ずと口を開いた。
「はい」
 滅多に見ない口の中を少し眺めてから、栞の舌の上にご飯を乗せる。
「ん、ん…」
 栞は小さな手で口元を隠して、もぐもぐと咀嚼し、呑み込んだ。
「秋子さんの料理は、美味いだろ」
「はい」
 栞はこくんと頷いて、それからうっとりとした表情で俺の顔を見つめて、
「…それに、祐一しゃんが食べさせてくれまちたから…とっても、美味しいでち」
 慎ましく顔を伏せて、幸せそうに呟いた。
「栞…」

「あらあら、微笑ましいですね」
 横合いから掛けられた言葉に、危うく箸を取り落としそうになった。そうだった、秋子さんと名雪が、すぐそばに居たんだった。
「うー、いいなあ、栞ちゃん。わたしも祐一に『あーん』させてもらいたいなあ」
 心底羨ましそうな表情で、おねだりするように呟く名雪。
「名雪、あまり我が侭を言わないの。私で我慢しなさい、はい、あーん」
 秋子さんが取りなすようにそう言って、肉を摘んだ箸を差し出す。
「うー…もぐもぐ…美味しい〜」
 秋子さんから食べさせてもらった名雪は、あっさり機嫌を直して、顔をほころばせた。

 それからしばらく、栞に食べさせてあげていると、
「祐一しゃん、わたちも」
 栞がそう言って、手を出してきた。
「ん?」
「わたちが祐一しゃんに食べさせてあげましゅから、お箸を貸して下しゃい」
「ああ」
 俺は一人でも食べられるけど、ここは栞の厚意を受けよう。
「ほら」
 箸を渡すと、栞はにっこり微笑んだ。
「では…んしょ」
 細い腕を精一杯に伸ばし、炒めた野菜を取る栞。
「祐一しゃん、あーんして下しゃい」
「あーん」
 栞の差し出してくれた箸に食い付く。
「おいしいでちか」
「おう」
 栞の手ずから受け取った料理は、普段より更に美味く感じた。

「うー、祐一と栞ちゃん、あちあちだよ」
 むーっと唇を尖らせた名雪が、また子どもっぽく呟いた。
「あら名雪、『あちあち』だなんて、死語よそれは」
 おっとりと微笑みながら、突っ込みを入れる秋子さん。
「え、そうかな」
 秋子さんはこくんとうなずいて、
「そんな言葉ばかり使っていると、すぐにオバサンになってしまうわよ?」
「がーん」
 名雪が箸を取り落として、白くなった。…取り敢えず食事の途中だし、放っとこう。

 ・
 ・

 栞と食べさせっこをしたり、料理のことで会話に花を咲かせる秋子さんと栞のやり取りを聞いたり、明るい雰囲気で夕食の時間が終わった。
 ちなみに白いままだった名雪は、秋子さんがデザートにイチゴゼリーを持ってきた途端にモノクロからカラーに戻った。めでたしめでたし(←?)。

 秋子さんを手伝って後片付けを終え、ソファに腰掛けて食休みをする。栞は当然のように俺の腕の中だ。
「あの、秋子叔母しゃま」
「なあに、栞ちゃん」
 新聞を読んでいた秋子さんが、顔を上げる。
「テレビ、観てもいいでしゅか?」
「ええ、勿論、構いませんよ」
「ありがとうございましゅ」

 身動きをしにくい栞に代わって、テレビの電源を入れ、チャンネルを合わせた。
「これでいいのか」
 コマーシャルが流れている画面を指差しながら、栞に訊ねる。
「はい」
 でーんでろでろでーん。変な音楽と共に、画面にタイトルが映し出された。

 『星牙没後四十周年スペシャル 皆瀬秋子情欲シリーズ 情欲看護婦』

「あれ?」
 不思議そうに声を上げる栞。
「なんだ、このタイトルは」
 画面が暗くなり、タイトルから画像に切り替わる。
『……あっ、あんっ、あぁんっ! うぁあっ、あぁっ、あぁんっ、あっ、ああっ、はぁんっ! うあっ、あっ、ああっ、ああっ、はあっ、はぁああっ! あっあっ、はぁあーんっ!』
 画面の中では、ナース服を乱雑に脱がされた綺麗な女の人が四つん這いになって、後ろから……って、おい。
「わー」
「えぅー」
「きゃっ」
 名雪と栞、秋子さんまでが、驚きの声を上げた。そりゃそーだ。

 頭にナース制帽だけ残して全裸になった女の人が、男に片脚を担がれたところで、慌ててスイッチ切った。
「栞、お前…」
 栞は真っ赤になった顔で、ぶんぶんとかぶりを振った。
「ち、違いましゅっ、わたち、あんなえっちな番組、観ましぇんっ」
 秋子さんも珍しく落ち着かない表情で、新聞のテレビ欄に眼を通し、
「ええと…栞ちゃんが観たかったのは、こちらの『銀雪の夢』というドラマじゃないんですか?」
「あ、それでちっ」
 見てみると、一つずれた局番に、さっきの番組名が書かれていた。

「ふう、びっくりしたよ」
 名雪も滅多に見せないような、本当に驚いた表情で、ほっと胸を撫で下ろした。
「あんなえっちぃ番組を観てるなんて、栞ちゃんて見た目よりずっと大人なのかと思ったよ」
「見た目よりずっと大人っていう部分にちょっと引っ掛かりましゅけど、違いましゅ」

「まあ、いいや。気を取り直して、そのなんとかってほうを観よう」
 スイッチを入れて、テレビを点ける。
『はぁーん、あん、あん、あぁんっ! あっ、あんっ、あぁーんっ! …あ、ああ…っ、ぁはぁっ、ああーっ!』
 切った直後の局番になっていたせいで、またドえらいシーンだった。
 後ろから挿し貫かれた看護婦さんが、窓ガラスに押し付けられ、揺さ振られている。
『こうやって、後ろから乱暴にされるのが好きなんですよね、秋子さん』
「「「秋子さん!?」」」
 俺、栞、名雪の視線が、一斉に秋子さんに注がれる。
 秋子さんは少女のように顔を真っ赤に染め、わたわたと慌てたように腕を振り、
「ち、違いますよ? 私は、何も知りません」

 テレビ画面の中では、愉悦の表情を浮かべた看護婦さんが、ゆっさゆっさと荒々しく突き動かされている。どーでもいいが、コレは地上波放映していいのか?
『あっ、んぁっ、んんぁあっ、あぁーっ! …はぁあんっ、あぁんっ、あぁんっ、んっ、んぁっ、んぁあぁ――っ!』
 大人びた美貌を紅色に上気させ、艶めかしく喘ぎ続ける女優さん。迫真の演技だ。
「祐一しゃん、早く変えて下しゃいっ」
「はっ」
 男心としてはもうちょっと観ていたかったが、仕方がない。
 チャンネルを変えると、ちょうどタイトルコールだった。女性陣が、ほっと安堵の溜め息を漏らす。
「それでは、観ましょうか」
 居住まいを正した秋子さんが、にっこり微笑みながら言った。

 ・
 ・

 画面ではエンディングテーマにのって、スタッフロールが流れている。
「面白かったでち」
 栞がしみじみとした口調で言った。
「ああ」
 素直にうなずいて、同意する。

 ドラマは、よくある半年で時代遅れになるよーな安っぽいトレンディドラマなどではなく、とある片田舎を舞台にした青春活劇ものだった。
 内容はかなり破天荒で、普通の学園生活ものかと思いきや、いきなり幽霊が出たり剣を振り回す女子高生が出たりと…なんか、妙に身近に感じられるけど…荒唐無稽とゆーか、ジャンル分けし難いシロモノだった。
 それでも全体が破綻していないのは、筋の通った骨太な脚本を、地味ながら魅力のある俳優が丁寧に演じ、何処も手を抜いた作りになってなかったからで、最後まで引き込まれ、面白く観ることが出来た。

「後輩の病弱の女の子、可憐でちたね」
 ドラマの余韻に浸りながら、栞がうっとりとした表情で呟いた。それに反応して、寝ずに最後まで観ていた名雪が、
「わたしは、主人公の従姉妹の女の子が一番可愛かったと思うよ」
「そうか?」
 俺が突っ込むと、名雪はクワッと瞳を見開いた。
「可愛いよ! お寝坊さんなところとか、イチゴが好きなところとか、ねこさんが大好きなところとか、可愛さに満ち溢れてるよ! どうしてその可愛さが分からないのっ、祐一おかしいよ!!」
 普段からは想像も出来ないよーな峻烈な勢いで言い募る名雪。

「ねえ、お母さんも、そう思ったよねっ」
「私?」
 微笑ましげにしていた秋子さんは、名雪にいきなり訊ねられると、頬に手を添え、ゆったりと考え込み、
「そうね…私は、主人公の男の子がお世話になる家の、年輩の女性が気になったかしら。…きっとあのひとは、男の子への想いを胸に秘めているんだと思うわ…」
 秋子さんはそう呟くと、やけに潤んだ瞳で俺を見つめた。…なんだ、この雰囲気は?

「ボクは、あの陽気な笑顔の女の子が一番可愛かったと思うなあ」
「ホントは純心なのに、どうしても素直になれない子が、ダントツで可愛いに決まってるわよぅっ」
「…寡黙な美貌の奥に、無垢な少女の素顔を隠した先輩の女の子が、一番…」
「あははーっ、悲壮な過去の悔恨から、虚飾の仮面を被り続けている先輩が可愛いと思いますーっ」
「大人びて見せているけど、本当は誰かにすがり付かないと立っていられない、同級生の女の子が可愛いかったと思うわ」
「…かつての別離の傷を癒せず、憂いに伏せている後輩の女の子は如何でしょうか」

「おいっ、なんだ、今の声はっ」
「え、何も聞こえなかったよ?」
 呑気な表情で、小首をかしげる名雪。
「空耳じゃないの」
「そうかな…聞き慣れた声って言うか、知り合いの声ばっかりだったよーな気がしたんだけど」


                                            《その3に続くんでち》

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 星牙でございます。
マキ「マネージャーの、小原マキです」

マキ「作中のドラマは、一体なんじゃ。前述のほう」
 そのまんまだよ。『情欲看護婦』を元にした二時間ドラマ。
マキ「シレッと言うな」
 どのみち『つやつや秋子さん』で看護婦ものは描いちゃっているし、文章には出来ないからね。こーゆー使い方も出来るから、情欲シリーズは便利だなあ。作って良かった。
マキ「のどかに感想を言うなぁぁっ!」
 うぃ。

 作中で小生は没後四〇年になってますけど、深く考えないで下さい。
 お読みいただきありがとうございました。ご意見、ご感想はこちら→hosikiba@hotmail.comまでどうぞ。
マキ「それでは、ご機嫌よう」




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