愛のコント劇場『お茶目な秋子さん 原材料編』
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朝です
私が朝ご飯の用意をしていると 祐一さんに連れられて名雪が起きてきました
「おはようございます 祐一さん」
「おはようございます」
「おはようございまふぁ〜」
大きなあくびをしながら朝の挨拶をする名雪
「あらあら 二人とも顔を洗っていらっしゃい」
「うん」
「はい」
ふらふらと揺れながら洗面所に向かう名雪と 支えながら行く祐一さん
しばらくして
ばしゃ ばしゃっ
「うわっ 名雪 しっかりしろ」
「ぶくぶくぶくぶく」
あらあら
・
・
溺れた名雪の頭を拭いたり一波乱ありましたが とりあえず朝ご飯です
「いただきます」
「いただきま〜す」
いちごジャムを塗る名雪と チーズとバターを載せている祐一さん
「名雪 祐一さん」
「ふぃ?」
「なんですか」
「新しいジャムを作ってみたんです」
ピシッと硬直する二人
「ぜひ 試してみて下さい」
言いながら クリーム色のジャムの瓶を取り出す私
祐一さんはゴクリとのどを鳴らして
「あの秋子さん つかぬ事をお伺いしますが」
「はい」
「これの材料は何なんでしょうか」
「企業秘密です」
名雪と祐一さんの顔色がさらにひどくなりました
「どうぞ」
一枚残っていたトーストにジャムを塗って差し出しました
「………」
「………」
名雪と祐一さんは何やらアイコンタクトをしています
「わ 分かりました じゃあ半分ずつだぞ名雪」
「うー」
震える指でトーストを受け取り ゆっくりと二つにする祐一さん
「ほれ」
「あ ずるい祐一 そっちの方が小さいよ」
「同じだ」
「わたしの方が大きいよ 取り替えてよ(←真剣)」
しばらく言い争ってから じゃんけんをして決まりました
祐一さんはトーストを鼻先に持っていって匂いを嗅いでいます
「…………」
神妙な顔つきの二人
かなり葛藤してから覚悟を決めたようです
「じゃあ」
「いただきますっ」
ぱくっ もぐもぐもぐ
「………」
「………」
「いかがですか」
かたっ 名雪と祐一さんは無言で立ち上がり
「「…いってきます」」
幽鬼のよーな顔色で出ていってしまいました
「……」
失敗作かしら
一さじジャムをすくって 口に入れてみます
もぐもぐ おいしいと思うのですが
今度はお酢を入れてみましょうか
・
・
夕方です 商店街でお買い物を終えた帰り道
「あれ 秋子さん」
「祐一さん」
偶然 学校帰りの祐一さんと一緒になりました
「買い物ですか」
「ええ」
祐一さんと並んで 帰り道を歩いていきます
「あ あの 秋子さん」
「はい」
祐一さんは少し言い淀んでから
「今朝のジャム 材料はなんなんですか」
「………」
「その まずくはなかったんですけど 何て言うか 独特の風味があってそれが気になるんです」
「知りたいですか」
「はい」
別に秘密にするほどのことではないんですけれど
「………」
うふふ 緊張している祐一さんを見ていると からかいたくなってきました
「分かりました お教えします」
「…ごく」
「あのジャムの材料は」
「はい」
「私の母乳です」
ピシッと祐一さんの全身が硬直しました
「あ 秋子さんの ぼっ ぼっ ぼぼぼ」
「私の母乳に脂肪と食塩を混ぜて それを発酵させて作ったんですよ」
うふふ 祐一さんは顔を真っ赤にして私の胸元を見ています
何を想像しているんでしょうね
「え あ ええっと」
その時です
道の向こうでガサガサと物音がして 誰かが走っていきました
なんだったんでしょうか
「あ あの秋子さん 本当に 秋子さんの お おっぱ」
「冗談です」
「へぃ?」
「いくらなんでも 母乳は出ませんよ」
「………」
「材料は企業秘密です」
「………」
「驚きましたか?」
「……… は ははは そっ そうですよね そうですよねーえぇぇぇーん」
なぜか泣き出す祐一さん どうしたんでしょうか
・
・
号泣する祐一さんを落ち着かせてから帰路に着きました
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
祐一さんはまた重々しい溜め息をはきました
そんなにショックだったんですか
「祐一さん しっかりして下さい」
「はぃー」
虚ろな声で答える祐一さん
お家に着きました
「さあ祐一さん 家に着きましたよ」
「はぁ〜」
だめですね これは
と その時です
ガシャーン パリーン
「きゃーっ」
名雪の叫び声
「名雪っ!?」
私と祐一さんは慌てて家の中に飛び込みました
「うーっ」
ドカッ ビシッ バキィッ
「ギャッ」
「つ 強いぞっ 気を付けろ うぎゃあっ」
バキッ ガツッ ドゴン
「くっ ジャムをよこせ!」
「だめだよっ わたしのだもんっ 誰にも渡さないよっ」
ゴリィッ ボギッ
「ぎゃあっ」
「えいっ」
ベギッ ビシッ
「ぐああっ」
台所の方で声がします
「目標入手 総員退却せよ」
「逃がさないよっ」
ヒュンッ ドス 「げぼぉっ」
ヒュッ ドスゥッ 「うぎゃあっ」
ガシャーン タッタッタッタッタ……
「名雪っ」
私と祐一さんが台所に駆け込んだときには 全ては終わっていました
「ひっく ひっく ううう お母さーん」
名雪は泣きながら私の胸の中に飛び込んできました
「うぁーん」
「もう大丈夫よ名雪 それで何があったの」
駆け出していきそうな祐一さんを制しながら 私は訊ねました
「ひっく ひっく ジャムが ジャムがぁ」
・
・
落ち着いた名雪の話によると
学校から帰って部屋にいた名雪は お腹が空いてきたので いちごジャムを食べようと台所に行きました
するとそこには黒尽くめの格好をした男が四人 冷蔵庫を漁っていたのです
男達の会話からジャムが目的らしいと知った名雪は一人で奮戦
煙幕で目眩ましをされ ジャムを持って行かれてしまいました
「…………」
「ひっく ひっく」
「おい名雪 それだけか」
「! ひどいよ祐一 それだけかだなんてっ」
「だってジャムだろっ 俺はお前がひどい事されたのかと思って本気できれてたんだぞっ」
「うー」
「でも良かったわ 名雪が無事で」
「でも ジャムが〜」
「いいのよ ジャムはまた作ればいいんだから」
「…うん」
祐一さんが 警察に届けるのなら被害を調べておきましょうと仰ったので 冷蔵庫を開けてみました
牛乳やバター お肉などは減っていないみたいですね
ええと ジャムの瓶が 1 2 3 4 あ 一つ足りませんね
あら でも
「名雪 いちごのジャムは残ってるわよ」
「えっ」
「ほら」
いちごジャム用の瓶(『名雪』と書いてあります)を見せる私
「あれぇ どうしてだろう」
「……… おい名雪 その連中は『いちごジャムを狙ってる』って言ってたのか」
考え込むように間を置いてから 祐一さんが名雪に訊ねました
「えっ…」
名雪は困ったような顔になって
「わ わたし いちごジャムのことしか頭になかったから あの人達が『ジャム』って言ってたのを聞いて…」
「いちごジャムだと思い込んだと」
「…うん」
「………」
「………」
じょじょに祐一さんの顔が 疲れたような怒っているような微妙な表情になって
「ぬあああああーっ」
「わー」
大声を上げて名雪を驚かせる祐一さん
「秋子さん じゃあ どれがなくなっているんですか」
「祐一 何事もなかったように話を進めないでよー」
拗ねる名雪
「ええと」
いちご 西洋なし りんご 木いちご ぶどう ……
「あ 新しいジャムがありません」
「えっ あの秋子さんのおっぱ じゃなかった ええと」
「祐一 お母さんの何」
「いや なんでもない」
ジャム一瓶で警察に届けるのも大袈裟でしょうということで この件はお終いになりました
「でも どうして新しいジャムを狙ったのかな」
「さあ」
・
・
人気のない公園
仮面で顔を隠した男達が クリーム色のジャムの瓶を中心に集まっている
「これが 秋子様のミルクジャムだ(←デマ)」
「おおー」
「あれが秋子様の…」
ざわめく男達 これで連中の氏素性はお分かりいただけたと思う
「静まれ諸君」
瓶の前に立っていた 一際目立つ仮面の男が皆を制した
「これを手に入れるために シルバーホークとファンキーボーイ(←コードネーム)が殉職した(←死んでない)」
居並ぶ面々の多くから 堪えきれないような嗚咽の声が漏れ出る
「うっうぅ…」
「…いい奴だったのに…(←死んでないってば)」
「彼らのことを思い出しながら この秋子様のミルクジャム(←デマ)を皆で味わおう」
「おおー」 沸き立つ男達
「待て ジオセイバー」
この場で二番目に目立つ仮面の男が進み出た
「なんだ デッドクレッセント」
「それだけの量をこの場にいる全員に行き渡らせるには 一人ひとすくいがせいぜいではないか」
「ああ そうなるな」
「せっかくの秋子様のミルクジャム(←デマ)を ひとすくいというのはあまりに少ない」
「何が言いたい」
「選ばれた一人が その秋子様のミルクジャム(←デマ)全てを口にするというのはどうだ」
「なにい」
「それがいい」 「俺も賛成だ」 周囲の男達も口々に賛同し始めた
「どうやって選ぶのだ デッド」
「フッ 簡単だ 最も秋子様のことを想っている者が口にするのが筋であろう」
ジオセイバーはデッドクレッセントの言わんとしていることを察した
「つまり皆で戦い 最後まで勝ち抜いたものが」
「そう 秋子様のミルクジャム(←だからデマ)を口にする権利を得る」
なんでそーなるのか
「皆 それでいいか」
「応」 異論はなかった
「言うまでもなくこれは漢の誇りを賭けた戦いである」
「不意打ち等 卑怯な行為をした者には 秋子様のミルクジャム(←デマ)を口にする権利はないことを肝に銘じておくように」
「応」 「無論だ」 この上なく真剣な顔で頷く男達
その顔は凛々しく気高かった っつーかその気合いを別のことに使え
男達は各々 得意な間合いを取り始める
「皆 用意と覚悟はいいか」
「応」
「それでは 始めぇーっ」
地獄絵図が展開された
真っ直ぐな想いを背負い 男 否 漢達はいつまでも戦い続けた
・
・
朝焼けを背に 四肢累々の荒野(公園)に立つ漢一人
「や やったぞ」
ふらつきながら ジャムの瓶を目指しジャングルジム(戦いに巻き込まれて割れないように置かれた)に登る
「はぁ はぁ はぁ」
ジャムの瓶は 朝焼けを受け きらきらと輝いていた
大事そうにジャムの瓶を抱え ジャングルジムを降りた漢はベンチに腰掛けた
「ふぅ はぁ はぁ」
一息付く
「こ これが 秋子様の…」
震える指を叱咤し 蓋を回した
「うっ うぅ」
戦いに疲れた漢の指には その程度の仕事も困難だった
「――ぬおおおおっ」
だが漢は最後の魂を燃焼させ 蓋を回しきった
「はぁ はぁ はぁ」
瓶の中のクリーム色のジャム
疲れ果てて 感覚の鈍くなった鼻では匂いはよく分からない
「う…」
漢の目の端に 涙が光った
「いただきますっ」
瓶を傾け
どぼどぼどぼどぼどぼ
一気呵成に流し込む
「―――うううぅぅッッ!!!!」
口内 のど 胃の中に 未知の味が広がる
疲れ切った漢の身体はその衝撃に耐えられなかった
「…かふゅっ」
ビクリと電撃が走ったかのように四肢を硬直させ 漢はベンチの上に崩れ落ちる
「……こ」
虚ろな瞳で呟く漢
「これが 秋子様のミルクジャム……(←だからデマだってば)」
漢は事切れた
だが 漢の顔に悔いはなかった
・
・
「なんで今日こんなに男子生徒の数が少ないんだ」
「わたしも知らないよ 先生達もいっぱい休んでるんだって」
「なんでだろうな」
愛のコント劇場『お茶目な秋子さん 原材料編』 おしまい
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星牙でございます。
マキ「マネージャーの小原マキです」
秋子さんの謎の一つ、『ジャム』の神秘に迫ってみました。
マキ「やりすぎじゃ」
むい。作中で秋子さんが言っている『母乳加工品』はずーっと昔にテレビ番組で見たことがあった物で、そこからネタを引っ張ってきました。
マキ「…現実にあるというのが恐ろしいことじゃな」
まさしく事実は小説より奇なりだ。ちなみに生成法から分かるとおり、ジャムではなくチーズですのでご注意を(←何に?)。
お読みいただきありがとうございました。
マキ「それではご機嫌よう」
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