愛のコント劇場『お茶目な秋子さんR 年齢編』

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 〈1〉

 ある日の気怠い午後。俺と名雪は居間でゴロゴロしていた。
「なあ名雪」
 俺が声を掛けると、ソファに腰掛けて子猫のCMが流れているテレビを食い入るように見つめていた名雪が顔を上げた。
「なあに、祐一」
 俺は、前々から気になっていたことを口にした。
「秋子さんて、幾つなんだ?」

「え?」
 名雪はうーんと考え込んで、
「言われてみれば、わたしも知らないよ」
「そうか」
 名雪の母親なんだから最低でも17+16+αなわけだが、外見からでは全く分からん。

「叔母様はお幾つだったっけ」
「お袋の年齢? 知らん。40ぐらいじゃないのか」
 いい加減に答える俺。いとこ揃って母親の実年齢を知らないとは…。
「親不孝だね、わたし達」
 はぅ、と溜め息をつきながら言う名雪。
「そうだな」
 親不孝なのはさておいて、分からないとなると、余計知りたくなるのが人情。
「よし、調べるぞ」
 俺は立ち上がって言った。
「どうやって?」
 つられて立ち上がる名雪。
「市役所に行って、戸籍抄本を見ればすぐだ」
「あ、そうだね」

 別に悪いことをしようとしているわけではないが、何かこう悪戯をする直前のよーな昂揚感がある。なぜかわくわくしてきた俺と名雪は、外出着に着替えて玄関で落ち合った。
「よし、行くぞ名雪!」
「がってんだよっ」
 無意味に走り出してみる。さらに楽しくなってきた。

 〈2〉

 名雪の案内で、市役所に辿り着いた。
「じゃあ、わたしがもらってくるね」
「おう」
 受付に向かう名雪を見送り、俺は無駄に広い市役所内を見回した。
「税金と土地の無駄遣いだよな…って…!」
 知った顔を見付けた俺は、ソファにダイブした。周りにいた人たちが嫌そうな顔をしたが無視する。
「………」
 ソファの背もたれから顔を覗かせて、
「…おいおい…なんで秋子さんがいるんだよ」

 秋子さんは何やら早足であっちに行ったりこっちに行ったりしている。
「ここで働いているって風にも見えないな」
 仕事上のお使いか何かのようだ。
「祐一〜。どこ〜」
「!!」
 名雪のほぇーっとした声が響いた。

(ばっ、ばかっ。秋子さんがいるんだぞ。静かに任務を遂行するんだ、名雪!)
 しかし、俺のテレパシーは名雪に届かない(当たり前だが)。
「祐一〜」
(ヒィィ)
 もう運を天に任せ、俺はソファの陰に隠れる。
「あら、名雪?」
 秋子さんの声がした!
(あああっ、もうだめだっ)
「え? わっ、お母さん」
 あんまり驚いていないような口調の名雪。

「どうしたの、こんなところで」
「えっ、えっと…」
 おろおろと俺の姿を探す名雪の姿が目に浮かぶようだ。
(すまん、名雪。何とか切り抜けてくれ)
 俺は名雪の無事を祈りながら、ソファの陰に隠れて息を潜めていた(←最低)。
「名雪、それはなあに?」
「えっ!」
 どうやら秋子さんは目ざとく名雪が持っている物に気が付いたようだ。
「な、なんでもないよ、気のせいだよ、目の錯覚だよっ」
 名雪、もう少し上手に誤魔化せよ…。
「見せてご覧なさい」
「だ、だめだよ」
「…名雪」
 秋子さんの言葉と共に、周囲の空気がズシンと重くなった。
「ううー」

(逃げろ、名雪! 戸籍抄本を捨てて逃げるんだっ!)
 俺の必死の祈りも虚しく、
「…名雪。あんまり聞き分けがないと、お母さん怒るわよ?」
 恐ッ! マジ恐いんですけど!? っつーか、秋子さんしゃべり方変わってる?
「わ、分かったよ」
 ああ、名雪…。まあ、仕方がないか。俺でも絶対渡すだろうし。

 カサカサと紙の音がする。
「……」
 重い沈黙が漂う。
「…まあ…。…名雪、こんなものをもらって、どうするつもりだったの?」
「…うー」
 ヤベェ、秋子さんの声がズンズン重くなってきた。
「そう…話せないのね。…分かりました、そういう子には、お仕置きです」
「え、ええっ!? 待って、お母さ……」
 ズリュッ ブチュ グヂュルル ゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボ
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――ああぁぁぁぁぁ――――――っっっっっ!!!」
 不気味極まりない粘っこい水音と、名雪の恐怖に引きつった悲鳴が響き渡った。
「うわっ、うわあああっ!」
「ヒィィーッ!」
 ロビーにいた人や、受付にいた人たちのものと思われる悲鳴が重なる。
「ごっ、ごめんなさい、お母さん! それだけは…っ!」
 名雪の掠れた悲鳴が聞こえる。
「お行きなさい」
 秋子さんの重い声が小さく響いた。と同時に何かが波打つような音がして、阿鼻叫喚の騒ぎが始まった。

「やっ、やめ…やめて…っ! …いっ、いやぁぁぁ―――――っっ!!」
 ブヂュルルルルィッ 澄んだ女性の悲鳴が、おぞましい粘着音に遮られる。
「ひっ…ぎゃああああ――――っ!!」
 ゴビュッ ドブドブドブドブ ボダボダボダッ 野太い銅鑼声が、何かが床に垂れ落ちるような音にかき消される。
「誰か、誰かーっ! …ああっ、ああああーっ!」
 ゴップゴップゴップゴップ 恐怖に引きつった女性の声が、波打つような水音に飲み込まれる。
「ママ、ママーッ! 助け……っ」
 ドップンドップン ゴブッ ブグブグブグブグ 母親に助けを求める子どもの声が、泡立つ音に途切れさせられる。

 耳を覆いたくなるような悲痛な悲鳴と、不気味な水音が聞こえ続ける。
(なんだ、何が起こっているんだ!?)
 俺は顔を上げることも出来ず、ソファの影にへばりついて、嵐(?)が通り過ぎるのをひたすら待ち続けた。
「………」
 やがて、悲鳴と粘着音が収まり、死のような沈黙が広がった。
「…ふう…。これで全員、処理し終えたみたいね」
 秋子さんの声が響く。
(処理!? どんな??)
 ガタガタと震える肩を押さえるように、自分の身をかき抱く。その時、靴のつま先がソファの脚に当たっり、小さく音が鳴った。
「!」
「…誰かいるんですか?」
 ギグァ! 心臓が破裂しそーになった。
「………」
 カツーン コツーン 秋子さんのものと思われる足音が近付いてくる。
(ひぃぃぃっ)
 今動けば、確実に見付かる。でも、このまま寝ていて見付かった場合、生き残る可能性は皆無に等しい。いっそ玉砕覚悟で向かっていった方が、まだマシかもしれない。
(……そうだな。どうせ死ぬのなら、前のめりになって死んでやる)

「…………………」
 カツッ…と秋子さんの足音が止まった。
(…やるしかないッ…! …ふっ、名雪…どうやら案外お前とは早く再会出来そうだぜ…)
 俺が悲壮な覚悟を決めたとき、
「あら…もう一時半。早く戻らないと」
 小さな呟きが聞こえ、秋子さんの靴音が足早に遠くなり、静かになった。

 バクバクと鳴る心臓が落ち着くまで待って、
「………。…助かった…のか?」
 俺はまだ震える体を起こし、周囲を見回した。
「………」
 そこらじゅうにばたばたと人が倒れ、ぐったりとなっている。
「一体なにが…。あっ、名雪?」
 うつ伏せになって倒れている名雪を見付けた俺は、一目散に駆け寄った。

「名雪、名雪!」
 何があったのか(正確には『何をされたのか』)分からない以上、揺らすのも危ないかと思い、大きな声で呼び掛ける。
「……、…ゅぅ…ぃ…?」
 名雪の瞳がうっすらと開き、唇から小さな呟きが漏れる。
「ああ、俺だ。しっかりしろ、名雪!」
「…わた…し…、…どう…したの…?」
 俺が聞きたい。などと言うのもアレなので、
「分からない。それより、どこか痛いところとかないか?」
「…ん…、だい…丈夫…だよ…」
 苦しげな口調で、それでも気丈に微笑んでみせる名雪。

「…ぅ…、こほっ」
 名雪が弱々しく咳き込んだ。
「名雪! しっかりしろっ」
「…ごめん…ね…祐一…。…戸籍抄本…」
 ふるふると唇を震わせ、必死に言葉を絞り出す名雪。戸籍抄本は秋子さんが持っていったのか、名雪の手元にはなかった。
「いいんだ、そんなものは。って言うか、またもらえばいいんだし」
「…うん…」
 こくりとうなずく名雪の顔には、すでに死の色が濃く浮き上がっている。
「…ゆ…いち…」
「もう喋るな、名雪! すぐに救急車を呼んできてやるから」
 と、立ち上がりかけた俺を、名雪は制した。
「…ううん、いいよ…。…それより、側に…居て」
 自分の死期を悟っているのだろう、名雪の顔には、何か達観したような表情が浮かんでいる。
「…名雪…。…ああ、分かった」
 ここで俺が行ってしまったら、名雪はひとりぼっちになってしまう。俺は、名雪が寂しくないように、側に居てやることに決めた。
「ん…ありがと…」
 儚げな微笑みを浮かべた名雪の額に、びっしりと脂汗が浮いている。

「…はぁっ、はぁっ…、…うっ、ごほっ、ごほっ!」
 荒い呼吸の合間に咳き込むたびに、名雪の顔から血の気が引いていく。
「名雪っ。名雪、しっかりしろ!」
 俺は、あまりにも無力な自分を呪った。
「…祐一…。…どこ…?」
 もう視力も失われたのか、名雪の腕が俺を探してふらふらと動く。
「ここだ、ここにいるぞ」
 細い指を掴むと、名雪の指が弱々しく握り返された。

「…ゆ…いち…」
 か細い声で、名雪は俺の名を呼んだ。
「うん?」
「…わたし、光ってた?」
 それキャラ違う。などと無粋なことは言えん。
「名雪……っ!」
 ぐっと肩を抱き締める。
「……」
 もう名雪は咳き込む体力もないのか、時折わずかに体を震わせるだけになっていた。
「…ゆ…いち…」
「うん」
「…わたし…がんばったよね…」
 名雪は泣き笑いのような表情を浮かべ、
「だから、もう…ゴールしても…いいよね…?」
 だからキャラ違うっちゅーの。だが俺も風雅を心得る人間、ンな下世話な突っ込みはいれられん。
「名雪、来たらあかん!」
 何故か関西言葉になりながら、名雪の体を抱き締め、顔を覗き込む。
「…祐一…、…ありが…と…」
 名雪は最後の力を振り絞り、弱々しく微笑んだ。
「…ゴール…っ」
 かくり、と名雪の首が力無く垂れる。
「………名雪…? おい、名雪っ! 名雪ぃぃっ!」
「…………………………………………くー」
 やっぱり寝ていた。
「…ていっ」
 名雪の体をリノリウムの床に放り投げる。ゴツン、と硬い音がした。
「…いたいおー」

 〈3〉

 取り敢えず寝込んだ名雪をおんぶして、市役所から帰った。その他大勢は面倒なので放ったらかし。
「ふう」
 名雪を部屋まで運んで寝かせてから、俺は居間でコーヒーを飲んで一息ついた。
「…クッ、俺の下らない好奇心が、名雪を殺したんだ」
『………死んでない〜』
 二階から呻き声が聞こえたが、無視する。
『う〜』

 こうなったら最後まで突き進むことが、死んでいった名雪へのせめてもの手向けだ。
『だから死んでないよ〜』
 無視。
『う〜』
 途中でやめちまったら、それこそ名雪の死が本当に無駄死にになっちまう。
『生きてる〜生きてるよ〜』
 無視!
『う〜う〜』

「ただいま帰りました」
 都合よく、秋子さんが帰ってきた。
「あ、お帰りなさい」
「ただいま帰りました、祐一さん」
 秋子さんはいつもと同じように、ふんわりと柔らかく微笑んでいる。

 俺は軽く深呼吸をしてから、秋子さんに向き直り、
「秋子さん、訊きたいことがあるんですがッ!」
「はい、なんでしょうか」
 頬に手を当て、軽く首を傾げながら訊ね返す秋子さん。
「…あっ、秋子さんは、何歳なんですかッッ!?」
 ああっ、言っちまった! もう後戻りは出来ないッ。

「……」
 秋子さんは珍しく驚いたような顔をしていたが、すぐににっこりと微笑んで、
「そんなことですか。分かりました、お教えしますね」
 あっさりと言った。
「え、教えてくれるんですか?」
「はい」
 秋子さんはふんわりと可愛らしく微笑み、
「私は、四十九歳です」



























        刻が 停まった










                                 そして刻は動き出す(←?)



「………………はい?」
 今、何と申されましたか?
「四十九です。九月には、五十になります」
 何でもないことのよーに言い放つ秋子さん。
「……………………………………………………………………」

 四十九歳。49歳。よんじゅうきゅうさい。ふぉーてぃないん。

 秋子さんの顔をまじまじと見つめる。これが四十九歳(←困惑している)。
「うふふ」
 柔らかく微笑んでいる。俺は指を伸ばし、秋子さんのふわふわ柔らかいほほに触れた。
「あら」
 潤いがあって、すべすべしている。無論、小じわなんてない。手を上に持っていき、髪の毛に触れる。
「あらあら」
 髪の毛も柔らかで、つやつやと綺麗だ。指で梳くと、流れるように指の間を滑る。
「あらあら、祐一さんたら。でもちょっとドキドキしますね」
 ほほに手を当て、可愛らしくはにかむ秋子さん。これが四十九歳(←錯乱している)。

 指を動かし、秋子さんの胸元に持っていった。カーディガンのボタンを外し、セーターを脱がせる。
「あらあら」
 ブラウスのボタンを外して前を開くと、淡いブルーのブラジャーに包まれた、まん丸い乳房が見えた。
 乳房の下に手を差し入れ、重みを確かめるように持ち上げる。ずっしりと重く、ふわふわ柔らかい。
「あっ、あっ…ううん…。…もう…祐一さんたら」
 ホックを外してブラを取り去ると、真っ白い乳房が弾けるように現れた。
「あらあら、まあまあ」
 乳房の先端に上向きに付いた乳首は、透き通るような薄い桜色。これが四十九歳(←キレかけてる)。

 恥ずかしがる秋子さんをソファに腰掛けさせ、スカートを脚から抜く。
「うふふ、ちょっと恥ずかしいですね」
 染み一つ無い美肌と、ブラとお揃いの淡いブルーのショーツが眼に眩しい。
 何かに導かれるように、ショーツの縁に指を掛ける(←もう終わってる)。

「あらあら、どうしましょう」
 秋子さんは楽しげな表情で成り行きを見守っている。俺がショーツを躊躇なく引き下ろそうとしたとき、
「何してんの」
 背後から、地獄の底に響き渡り続ける亡者の怨嗟の声のよーな重い声が掛かった。
「!!」
 ようやく我に返る俺(←遅すぎ)。

 振り返ると、そこには名雪女史の御姿が(←混乱している)。
「なっ、ななななゆなゆ名雪」
「わたし、なゆなゆじゃないよ」
 シュゴー、と怒気を吹き出しながら近付いてくる名雪。名雪が一歩前に踏み出すたびに、ズシン、ズシン、と床が揺れる。
「うう」
 名雪の気迫に圧倒され、自然と後ずさる俺。
「……祐一の企みが分かったよ」
 ゴゴゴゴ、と轟音を背に俺を睨む名雪。
「な、何がだ」
「わたしを亡き者にしてお母さんと二人きりになって、背徳と劣情と淫欲に満ちた爛(ただ)れた生活を送る腹づもりだったんだね」
 意味が分かってるのか、名雪?
「ち、違うぞ、名雪」
「言い訳なんか聞きたくないよ」
 ヒィィ。

「わたし、祐一のこと信じてたのに…うーっ、悔しいよっ」
 カッ! と名雪の瞳が光り、
「名雪スペシャル!」
「!!」








                  ボグッ!








 頭の天辺からつま先までを、引きちぎられるような痛みが走った。

 …そうか、四十九歳ってのを信じる前に、冗談かどうか訊けばよかったナ…と思い、自嘲気味に微笑み…俺の意識は闇に沈んだ。


                                愛のコント劇場『お茶目な秋子さんR 年齢編』 おしまい

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 星牙でございます。
マキ「マネージャーの小原マキです」

 『秋子さんの108の謎(←?)』の一つ、実年齢に迫ってみました(※冗句ですので、マジで受け取らないで下さい)。
 余所様のSSには、秋子さんが無闇に若い年齢になっているのが多いけれど、まあ敢えて言うなら、
「若くなければ愛せないのですか」
 とゆーことですね。
 実際、年齢なんていうのはただの数字です。そして数字は比較対照のための記号ですよ? 記号なんぞに気を紛らわされているようでは、真実の愛の領域には辿り着けませんぜ。偉い人にはそれが分からんのです(←?)。

マキ「…歳をとると、言うことが説教臭くなるな」
 すいません。でもこのお話の根底には、女性の年齢にこだわらず、変わらない愛を持ち続けてほしいとゆー深い意図があるんですぅ。
マキ「分かり難すぎるわ!」

 お読みいただきありがとうございました。
マキ「それでは、ご機嫌よう」


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