愛のコント劇場『お茶目な秋子さん 妙齢編』
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「では 行ってきます」
玄関で誰も居ない家に向かい声を掛けます こういうのは習慣ですから
さてと 今晩のお夕飯の献立はどうしようかしら
昨日は湯豆腐 一昨日はカレー 一昨々日は揚げ物… (以下略)
そうだ鍋物にしましょう じゃあ白菜と鶏肉とお葱と…
考えながら歩いていると駅前商店街入り口に着きました
ふと見ると若いお兄さんがティッシュを配っています
どうやらいかがわしい種類の広告の様ですが ちり紙に罪はありません ありがたく頂きましょう
数歩前を歩いていた女子高校生らしき子が受け取り 私も受け取ろうと前を通りました
すっ
あら
お兄さんは私を無視しました
? ? どういう事かしら
気になった私がそっと後ろを伺うと お婆さんも無視されていました
そして そのすぐ後ろに来たOLの方が 差し出されたちり紙を断りました
……ま まさか
うそ うそですよね …でも でも
……わ 私が 若くないから無視したのですか
動転した私は 真偽を問いただすためにお兄さんに掴みかかろうと近付きました
と その瞬間 手元にちり紙の無くなったお兄さんは 何処かに行ってしまいました
後に残ったのは 呆然と佇む私
そんな そんな ………
気が付くと私は買い物を終え 帰路についていました
はあ はあ 落ち着くのよ秋子
大丈夫 偶然よ そう偶然
込み上げてくる絶望感に 必死で抗う私
家の前に着き 一旦荷物を置いて 鍵を開けました
荷物を持ち上げて
「よいしょっと」
ガ―――ン
い 今 私 よ よいしょって…
この程度の量の荷物を持ち上げるのに よいしょって そんな そんな
あああああああああああああ
涙を堪え よたよたと荷物を運びます
お夕飯の支度を整え 時計を見ると まだ4時前
居間の真ん中に座り込みました
「ふう」
はぅあっ また ふうだなんて そんな そんなぁ
「ぅ…」
ぽろっ それまで必死に耐えてきた涙が頬を伝いました
ダメ 泣いちゃダメよ ね 秋子 がんばって
あ そうです 新聞でも読みましょう
折り込みの広告がいっぱいです
『エステに通ってあなたも10歳若返りましょう』
『若さの秘訣 南国料理』
『肌の潤いの保ち方』
はっ 気が付けば 食い入るように見入っていました
ああああ ああああああ
涙が止めどなく 溢れ出しました
「う うっうぅ」
声を押し殺し 泣き続ける私
…でも 仕方がないですよね
名雪も祐一さんもあんなに成長して 私だけそのままの訳がありませんよね
納得しようと努力しても 涙は止まりません
「ぇうっ ひっぐ うっく うぅぅ」
夕暮れの陽が射し込む部屋で 一人むせび泣き続けて…
ふと時計を見ると 3時前です
あっ いけません そろそろ名雪と祐一さんが帰ってきます
こんな顔 あの子達に見せられません
慌てて洗面所に駆け込む私
お湯で顔を洗って 何とか誤魔化しましょう
じゃぶじゃぶ
ああ どうしましょう 髪もぼさぼさ
急いで髪を解いていると
「ただ今帰りました」
ああっ 祐一さん どうしていつもいつもこんなタイミングなんです
うがいと手洗いのために 真っ直ぐ洗面所に近付いてくる祐一さんの足音
ああ こんな時はあなたのその躾が恨めしいです
「あれ」
ああん もうダメ
私をじっと見つめる祐一さん
ぐすん きっと笑われる
「……秋子さんですよね」
当たり前です 他の誰に見えるんですか
そりゃ髪はぼさぼさですし 顔だって可笑しいでしょうけど
「…いつもと違いますね」
ムカッ どうしてそんなに遠回しに言うんです
「そうですか」
フン どうせ私はオバさんですよ 何とでも言って下さい フンフンのフンだ (←ぐれてる)
祐一さんが小さく呟きました
「……きれいだ」
え
「あ す すいません その 髪を下ろしている秋子さんて 初めて見たから」
顔を赤くして言い繕う祐一さん
ドキドキ 祐一さん いまなんて
「あの もう一度言って下さい」
「え あ はい」
呼吸を整えて
「きれいです 秋子さん」
ビリッ 身体に電気が走りました
ああん
「…祐一さん… …本当ですか?」
「ええ 本当です 何て言うか 色っぽくて魅力的って言うか 若々しくてきれいです」
パァァァ (←荒んだ心に光の射す音)
若々しい
若々しい
若々しい
若々しい (←エコー)
ああ 私の求めていた言葉
「祐一さん もう一度言って下さい」
「え どれをですか」
「どれでも」
「えっと じゃあ 秋子さん若々しくてきれいです」
ビリビリッ
ああぁん もう 祐一さんたら
ここで『ただ今帰りました』なんて言われていたら 私 何をしていたかわかりません
「あ 秋子さん?」
はっ 気が付くと踊っていました
「ごめんなさい祐一さん 洗面台を使うんですね さあどうぞ♪」
「秋子さん なんで歌いながら言うんですか」
「今 そういう気分なんです♪」
くるくる回りながら歌う私
「はあ」
不気味そうに見る祐一さんの眼が気に掛かりますが構いません
「………」
手洗いとうがいを済ませた祐一さんは そそくさと行ってしまいました
「ララララ ラララ〜」
くるくる回りながら 歌い踊る私
・
・
お夕飯の時間です
「さあ祐一さん どんどん召し上がれ」
「え あ はい」
「若いんですから 遠慮せずにもっといっぱい食べて下さい」
「はあ」
「お母さん ご機嫌だね」
「ええ そうよ」
「だって だって 世界はこんなに美しいんですもの♪」
〈後日談〉
秋子さんは湯船に浮かぶ白髪を見て絶叫(秋子さんのものかどうかは不明)。
三日三晩悪夢にうなされ続け、祐一が
『明るいところで見る秋子さんの髪って綺麗ですね』
と言うまで一言も口を利かなかった。
愛のコント劇場『お茶目な秋子さん 妙齢編』 おしまい
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星牙でございます。
マキ「マネージャーの小原マキです」
ここら辺から秋子さんが『お茶目』と言うよりも、少し間抜けた感じに近付いていくんだね。
マキ「ふむ」
作中で秋子さんがちり紙を貰えなかったのは、普通の主婦に水商売の勧誘のちり紙は渡さない、という理由です。また湯船の白髪はぴろの毛という裏設定になっています。
お読みいただきありがとうございました。
マキ「それではご機嫌よう」
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