愛のコント劇場『お茶目な秋子さんR エイプリルフール編』

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 うららかな陽気の日曜日。名雪は香里と一緒に買い物に出掛けていて、家には俺と秋子さんの二人きりしかいない。
 俺が居間で新聞を読んでいると、洗い物を終えた秋子さんが台所から出てきた。
 秋子さんは窓から庭先を眺め、
「最近、だいぶ温かくなってきましたね」
「そうですね」
 振り向いた秋子さんはほほに手を当てて柔らかく微笑みながら、
「祐一さんも、こちらに来てずいぶん経ちますけれど、何か困ったこととかして欲しいことがあったら、遠慮なくおっしゃって下さいね」
「はあ」
 特にないけど…。
「あ」
 そうだ。今日は四月一日、エイプリルフールだ。嘘をついてもいい日じゃないか(←間違った認識)。

 秋子さんは俺を見つめて、にこにこと微笑んでいる。これからこの笑顔が凍り付き、うろたえるのだと思うと、不謹慎だがわくわくしてきた。
「じゃあ秋子さん、頼みがあるんですけど」
「はい」
 俺は秋子さんを真っ直ぐに見つめて、
「俺を男にして下さい」
 キッパリと言った。

 なーんちゃって。と、俺が言うより早く、
「了承!」
 瞳を爛々と輝かせた秋子さんが、どえらい勢いで了承した(所要時間0.02秒)。
「え」
 ガシィッ! と腕が掴まれ、
「もう…祐一さんたら、そういうことでしたら、もっと早くおっしゃって下さればよかったのに…」
 もじもじと身体をくねらせ、上目遣いに俺を見つめながら言う秋子さん。
「え」
「居間でというのも趣がありますけれど、やっぱりお布団の上の方がいいですよね」
 言いながら、ぐいと俺を引っ張る秋子さん。
「あ、あの」
「さ、行きましょう」
 本当に嬉しそうに微笑む秋子さんに引きずられるようにして、俺は居間から連れ出された。

「ふふふ〜ん ふふふふ〜ん♪」
 秋子さんは廊下を歩きながら、綺麗な声で唄っている。秋子さんて、歌も上手いんだなあ…って、現実逃避してる場合か。
「さあ、着きましたよ」
 部屋に入り、はずむような足取りでベッドに近付くと、秋子さんはいそいそと服を脱ぎ始めた。
「あの、秋子さん」
 止める間もなく、するすると軽い衣擦れの音と共にカーディガンとセーターとブラウスが脱ぎ去られ、秋子さんの肢体が露わになった。
「おっ、おおおおっ」
 群青色のブラに包まれた重そうな乳房が、たゆたうように揺れている。
「うふふ」
 秋子さんはくすくすと微笑みながら、スカートも脱いでしまった。ブラとお揃いの色のパンツがはち切れそうになりながら、秋子さんのハート型のお尻に張り付いている。
「ふふふ」
 秋子さんは三つ編みをほどき、軽く頭を振った。艶やかな藍色の髪の毛が秋子さんの背中に広がる。
「あああああ」
 津波のよーな圧倒的な色香が、秋子さんの全身から放たれていた。

 秋子さんは服をたたんで置いてから、ゆったりとした動作でベッドに乗った。
「さあ、いらっしゃい」
 ほほに掛かった髪の毛をかき上げながら、誘うように凄艶な微笑みを浮かべる秋子さん。
「あ、あの」
 俺がまごまごしていると、
「怖がらなくても大丈夫です。私が、一から教えて差し上げますから」
 何を? とは恐くて訊けない。
「ほら…」
 秋子さんが、秋子さんとは思えないような妖艶な仕草でブラの肩紐を降ろした。
「………ごく」
 ふらふらと吸い寄せられ、秋子さんの傍らに寄る。

「はっ、はぅあっ!」
 秋子さんに覆い被さろうとした直前で、我に返った。俺は理性をかき集めて欲望を駆逐し、床に手を付いて土下座した。
「?」
 秋子さんは不思議そうに俺を見つめている。
「す、すいません秋子さん! さっきのは、冗談です!」
 頭蓋骨ごと後ろ髪を引かれるよーな想いをしながら、必死で声を絞り出す。
「………」
 顔を上げると、秋子さんは眼を丸くして信じられないというような表情で俺を見下ろしていた。
「…祐一さん…私を、からかったんですか……?」
 唇を震わせながら、掠れた声で訊ねる秋子さん。
「え、ええと…。は、はい」
「……!」
 秋子さんの瞳がまん丸く見開かれた。
「あの」
 俺が何か言うより早く、秋子さんの澄んだ瞳がじわりと潤み、
「……ひ、ひどい…祐一さん…」
 ふるふると弱々しく首を横に振り、秋子さんは布団に突っ伏した。

 秋子さんは肩と背中を震わせながら、枕に顔を埋めている。
「…ひ、ひどすぎます…祐一さん……う、うっ…ぐすっ…」
 な、泣いてる!?
「あ、あの、えっと」
 まさか泣かれるとは思っていなかった俺は、半ばうろたえながら、
「すいません」
 もう一度謝った。間髪入れずに、
「謝るぐらいなら、最初からしないで下さいっ!」
 秋子さんが悲鳴のような声で俺に叫んだ。
「……」
 その通りだ…。黙り込む俺。

 秋子さんは枕に顔を埋めたまま、まだ肩と背中を震わせている。
「…祐一さん、私だって、女なんですよ…?」
 そりゃまあ、秋子さんが『実は私、男なんです』などと言いだした日には、俺は世を儚んで自殺するが。
「…それなのに…あんな、あんな悪質な冗談を言うなんて…」
 うっ…返す言葉がない。
「…祐一さんから見れば、私なんて誰にも相手にされない安い女なのかもしれませんけれど…。…そ、それでも、私は……う…」
「いえ、俺はそんなつもりで言ったわけじゃないです」
 思わずみっともなく弁明すると、
「じゃあ、どういうつもりだったんですかっ!」
 秋子さんの鋭い声に、ビクリと身体を震わせる俺。
「女性にあんな事を言っておいて、今さら…今さらっ!」
 うつ伏せのまま、ぎゅっとシーツを握り締める秋子さん。
「…こんな恥をかかせて…。…どんなつもりでも、許せません…」
 秋子さんの言葉がグサグサと胸に突き刺さる。

「……。…嬉しかったのに…」
 秋子さんがくぐもった声で囁いた。
「え?」
「…ずっと好きだった祐一さんに、女だと思ってもらえているんだ、って思って…嬉しかったのに……」
「え、ええっ!?」
 秋子さんの突然の告白に、思い切りうろたえる俺。
「…うっ…、…嬉しくて、はしゃいで…、……そ、それなのに、冗談だなんて…っ……、う…うう〜」
 シーツを握り締めた秋子さんの指が、ぶるぶると震えている。

 俺は、ようやく自分がどれほどひどいことをして、秋子さんを深く傷付けてしまったのか理解した。
「……すいません…」
 深い悔恨を込めて、謝る。
「……いいんです…。…どうせ私なんて、祐一さんからすれば寂しい独り者の女なんですから」
 沈んだ声でボソボソと言う秋子さん。
「…そんなこと…」
 ないです、などと言う資格は俺にはない。
「…そうですよね。よく考えたら私、冗談でも祐一さんに相手にしてもらえない女なんですよね」
 秋子さんは抑揚のない声で、自嘲気味に呟いた。
「………」
「……。…私、どうして生きているんでしょう……」
 俺は堪らず、
「本当にすいません、秋子さん! 俺、償えるなら何でもします!」
 秋子さんは枕に突っ伏したまま、顔も上げない。
「この家から出ていけって言うのなら、出ていきます。秋子さんの気がすむまで、何でも言うとおりにします!」
「………。…何でもですか?」
 秋子さんは顔を伏せたまま訝るように訊ねた。
「はい」
 実際は金銭的な要求に応える自信はなかったが、秋子さんはそんな俗な女性ではないと思う。

「……」
 秋子さんは何か思案するように黙り込み、
「…じゃあ、愛していると言って下さい」
「え」
 意表を突かれ、間抜けな声を出す俺。
「……」
 秋子さんはフッ…と溜め息を吐き、
「…やっぱり、私なんかに愛を囁きたくはありませんよね。すみません、くだらないことを言って…。気にしないで下さい、祐一さん」
「うう…」
 だめだ、今ここできちんと落とし前を着けておかないと、二度と秋子さんに顔見せできない。
「わ、分かりました。言います!」
 ピクリと秋子さんの肩が動いた。
「…本当に?」
「はい」
 俺は覚悟を決めて、深呼吸をしてから、
「………、………っ」
 緊張して、声が出なかった。
「……はぁ、はぁ」
 いかん、落ち着け俺。
「…祐一さん、無理に言って下さらなくても、私は構いませんから」
 そういうわけにもいかない。
「いえ、言います。……秋子さん、愛しています!」
 勢いをつけて言い切った。と、同時に、言い様のない感覚が全身を駆け巡る。
「…うぐっ」
 凄まじい疲労感に襲われ、ふらつく俺。

 秋子さんはもぞもぞと身体を動かして、
「……。…心がこもっていません…」
「え」
「…やっぱり、祐一さんの心には、私への想いなんてないんですね。…ありがとうございました、もう祐一さんは向こうに行っていて下さい」
「……」
 そうまで言われては、引き下がれない。秋子さんへの想いがないなどと思われたままで済ませてたまるか。
「分かりました、もう一回言います」
「……」
 俺は深呼吸をして、
「愛しています、秋子さん!」
 さっきより幾分楽に言えた。
「……。…もう一回」
 またリテイクが出された。
「分かりました」
 もう何度でも言うぞ。
「愛しています、秋子さん! 世界中の誰よりも!」

「………ふふっ」
 ん? 今、笑い声が…。
「…ふっ…うふふふっ」
 秋子さんの肩がぴくぴくと震えている。
「…秋子さん?」
 俺が声を掛けると、秋子さんはぱっと顔を起こした。
「うふふ、ありがとうございました、祐一さん。祐一さんの愛の告白、とっても心に響きましたよ」
 ほほに手を当て、にっこりと微笑む秋子さん。目元には涙の跡など欠片もない。
「…………………………………」
 ちょっと待て。まさか…。
「あの、秋子さん。もしかして、今までのって…」
 秋子さんはいつものように柔らかい微笑みを浮かべて、
「何のことですか?」
 とぼけられた。

「うふふ」
 秋子さんはにこにこと微笑みながら、のんびりとした仕草で服を着込んでいる。
「…………」
 からかわれた事実に気付き、沸々と怒りが湧いてきた。
「秋子さん!」
 俺が言うより早く、三つ編みを編み終えた秋子さんの顔がこちらを振り向き、

 チュッ

「…………ぅ?」
 しっとりと湿った、温かくて柔らかいものが俺の唇に押し当てられた。
「……」
 秋子さんは俺から離れて、はにかむように俯いた。わざとらしく時計を見上げて、
「あらあら、もうこんな時間。祐一さん、私はお夕飯の買い物に出掛けますから、お留守番をお願いしますね」
 そそくさと部屋を出ていってしまった。

「…………………………………………………………………………………………………………………」
 ボーゼンとたたずむ俺。

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 晩ご飯が出来て名雪が呼びに来るまで、俺は一人で秋子さんの部屋に立っていた。

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 寝間着に着替えた私は、お布団に潜り込みました。
「よいしょ」
 天井を見上げ、ふと今日の昼間のことを思い出しました。
「…うふふ」
 祐一さんは私をからかおうとしていたみたいですけれど、私はそんなに甘くはありませんよ。伊達に祐一さんより三十年以上長く生きていませんから。
「………はぅ」
 ちょっと落ち込みました。
 でも私が服を脱いだときの、うろたえた祐一さんの顔はとっても可愛らしかったです。
「…………はっ」
 よく考えたら、もしあの時祐一さんが私に襲い掛かってきていたりしたら…。
「………」
 名雪もいませんでしたし、私の細腕で祐一さんに抗えるとも思えません。
 そ、そうなると、私は祐一さんにあんなことやこんなことや、あまつさえそんなことをされていたり…あっ、ああああああっ!?
「はぁ、はぁ、はぁっ」
 ま、まあ何もなかったんですから、結果オーライです、ええ。………でも、ちょっと惜しかったかも…いえ、なんでもありません。
「はふんっ」
 ボフッと枕に突っ伏す私。
「あ」
 枕の下に隠しておいた目覚まし時計が指に当たりました。
「……」
 カチッとスイッチを入れます。

『愛しています、秋子さん! 世界中の誰よりも!』

 くぐもったような音ですが、間違いなく祐一さんの声です。
「はあ…」
 じんわりと胸の奥が温かくなりました。
「……」
 祐一さんは、気付いているのでしょうか。
 私が言ったことの中に、私の本当の気持ちが込められていたことに…。
「……。さあ、明日からまた頑張りましょう」
 私は常夜灯だけ点けて、布団の中にもぐり込みました。
「……」
 寝る前に、もう一度だけ…。

 カチ…

『愛しています、秋子さん! 世界中の誰よりも!』

「…はい。私も、祐一さんのことを…」
 ごにょごにょと言葉を濁して、
「おやすみなさい」


 《後日談》

 秋子さんの目覚ましに吹き込まれた祐一の愛のメッセージ(笑)が、妙な手違いで名雪に聴かれ、祐一は名雪スペシャルで吹き飛ばされたりした。

                          愛のコント劇場『お茶目な秋子さんR エイプリルフール編』 おしまい

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 星牙でございます。
マキ「マネージャーの小原マキです」

 書き出しが『お茶目な秋子さんR 秋子はん編』と酷似しているのは君とボクだけの秘密だ。
マキ「秘密だ、じゃない」
 むい。

 今回の隠しテーマは『女性とは誠実な態度でお付き合いしましょう』とゆーものでした。
マキ「もう少し分かりやすく描けいっ!」
 ういい。不用意な発言や行動で引っ込みが着かなくなったりするとおお事です。お気を付けあそばせ(←?)。

 お読みいただきありがとうございました。
マキ「それでは、ご機嫌よう」


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