愛のコント劇場『お茶目な秋子さん相合い傘+デート編』

 @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 しとしと しとしと

 濃い灰色に覆われた空から 雨垂れが落ち続けています

「はあ」

 私は今 お店の軒下を拝借して 雨宿りをしています

 買い物を終えて 商店街の帰り道 突然雨が降り出してしまって

 油断して傘を持ってこなかったのは失敗でした

 お昼の天気予報で夜半から雨と聞いてはいたのですが 少し早く降り出したみたいです

「ふう」

 しとしと しとしと

 雨は降り続いています

 お買い物袋の中には卵とかがありますから 雨の中を走って帰るわけにもいきません

 どこかで傘を買ってもいいんですけれど 節約はこまめにしておかないといけませんし

 仕方がないですから 雨が止むのを待ちましょう

 しとしと ぴっちゃん しと ぴっちゃん

 こうして独りでぼんやりと佇んでいますと 若いころの甘酸っぱい想い出が思い返されてきます

 あれは私が高校生のころ

 三十年ほど前

 ズキン

「はぅっ」

 ううっ 下腹部の辺りに鈍痛が

 具体的な数量は記憶の底に封じて 思い出さないことにしましょう

 ええと とにかく 私がまだ女学生のころ

 放課後 校門の脇で 憧れの先輩が出てくるのをずっと待っていたりしたものです

 詰め襟マントと学帽で身を固めた 颯爽とした立ち振る舞い

「ほぅ」

 素敵でした

 声も渋く 低いバリトンが効いていて

 名前を呼ばれるだけで もう背筋がぞくぞくと

「秋子さん」

「はい♪」

「え?」

「ふぇ?」

 いつの間にか 傘を持った祐一さんが私の正面に立っていました

 ああっ い いま私っ

「あの 秋子さんですよね」

「は はい」

 祐一さんは ほっとしたように息を吐いて

「ああ びっくりした 可愛い声で返事をされたから 別人かと思いましたよ」

 可愛い声

 まあ そんな祐一さんたら

 うふふふ

 あ いえ 待って下さい

 可愛い声で返事を返した → 別人かと思った

 何ですか それ

 普段の私が可愛くないと そうおっしゃりたいんですか

 むー

「あ 秋子さん?」

「ナンデスカ」

 固い声になってしまいました

「ひょっとして怒ってますか?」

「イイエ」

「でも雰囲気が」

「気ノセイデス」

「声も重いですし」

 まあ 鋭い洞察力ですね祐一さん

 でも 私の怒りはまだ鎮まっていません

 変な言い掛かりはやめて下さい と言おうとした瞬間

「普段の秋子さんの声は もっと耳に優しくて 好きなんですけど」

 はぇっ

 好き

 いま 好きって

 祐一さんが私のことを

 すすすすす

 ススキ 違います

 スキヤキ 違います

 好き

「はいっ!」

「え?」

「はっ?」

 あ あっ わ 私ったら今

 ち 違いますよ 祐一さんは私の声を好きだとおっしゃったんです

 でも 声が好きなら私のことも憎からず思っているということに

 ひょっとしたら祐一さんも 私のことを

 どきどきどきどき

 あ いいえ いいえ いけません

 そんな自分に都合のいい方にばかり 結論を急いでは駄目ですよね

 落ち着くのよ秋子

 はい 深呼吸 すーはー すーはー

 ふう もう大丈夫です

 私は大人なんですから はしゃぎすぎないように落ち着いた態度で祐一さんに接しないと

「聞こえませんでしたか」

「え」

 祐一さんは私が聞き直したのかと思ったみたいで 息を吸って

「秋子さんの声って柔らかいから 耳心地がよくて好きなんです」

 はにゃあん

 また好きって 言ってもらっちゃいました

 わーい わーい♪

 ああああ だから はしゃいでどうするんですか

 落ち着いた態度 落ち着いた態度

「あらあら 祐一さんたら」

「あっ す すみません 変なこと言って」

「うふふ」

 ばっちりです 落ち着いています

 祐一さんは少し居心地が悪そうに もじもじしています

 なんだか可愛いですね

 食べちゃいたいです 違います

 むしろ食べられちゃいたい それも違います

「えっと 秋子さんはここで雨宿りしていたんですか」

 あからさまに話題を逸らしていますけれど ここは意地悪せずに乗ってあげましょう

「ええ 恥ずかしい話しですけど 傘を持ってこなかったんです」

「ちょうど良かったですね じゃあ俺と帰りましょう」

「え」

 祐一さんと一緒に帰る

 それは別に問題はないんですけど

 いま雨が降っていて 傘は一つしかありません

 つまりこの状態で一緒に帰るということは

 祐一さんと あ 相合い傘をして帰るということにっ

 ひゃあああああ

 そ そんな 他の子たちを差し置いて 私なんかがしていいんですかっ?

 だってだって 相合い傘ですよ

 待って待って 一度 落ち着きましょう

 はい 深呼吸 すーはー すーはー

 ふう もう大丈夫

 祐一さんから相合い傘のお誘い

 二人で身を寄せ合って 傘を差して

 降りしきる雨の中を ゆっくりゆっくり歩いていって

 時折 互いの肩が触れ合ったりして

 祐一さん 肩が濡れていますよ

 これぐらい平気ですよ

 でも

 いいんですよ 秋子さんの方が大切ですから

 きゃー きゃー きゃー♪

 そ それどころか

 秋子さん もっとこっちに来ないと 雨に打たれますよ

 なんて肩を抱き寄せられて

 ああん そんな

 都合よく 道の向こうにホテルが

 秋子さん 少し休んでいきましょうか

 えっ

 そのまま少し強引に ホテルに引っ張られていって

 あっ

 ああっ

 ああーん♪

「秋子さん?」

「ええ 休んでいきましょう」

「へ?」

「ほえ?」

 えっ あっ い いま私っ

 ああああっ 私ったら また変なことを

「何処で休むんですか」

 不思議そうな顔で訊ねる祐一さん

 ひええーっ

「あ い いえ あの その き 喫茶店とかで」

 思わず言い繕ってしまうと 祐一さんは納得したようにうなずいて

「そうですね たまには二人きりでお茶をしましょうか」

 えっ

 二人きりでお茶

 それって

 で でっ デートのお誘いっっっ

 ひゃああああ

 デートですよ デートっ

 相合い傘の5ランクほど上のイベントです (←?)

 あう あう あう

 あああ いけません 私 思いっ切り動転しています

 し 深呼吸 深呼吸をしないと

 すーはー すーはー すー

「げほっ ごほごほっ ごほっ」

 き 気管に唾がっ

「あ 秋子さん?」

「す すみません 大丈夫です」

 祐一さんは私の背中を優しく撫でながら

「秋子さん ひょっとして体調が悪いんですか」

 まあ 私のことを心配してくださるんですね

 はぅ 嬉しいです

「いいえ どこも悪くありませんよ」

「本当ですか」

「はい」

 ああん 私のことをそんなに気遣ってくださるなんて

 もう嬉しくて嬉しくて このまま地面をごろごろ転がりたい気持ちです

 るんら るんら るんらら〜♪

 祐一さんは私をじっと見つめていらっしゃいます

 ああん そんなに見つめちゃいやですぅ♪

「でも念のために 寄り道しないで返りましょうか」

 って えええええっっっっ!?

 な な なんてことをおっしゃるんですかっ

「え ええと」

 だめよ秋子

 このまま せっかくのデートの機会を逸してしまっては 一生後悔してしまいます

 今度は咳き込まないように深呼吸

 すぅ はぅ すぅ はぁ

 大丈夫 大丈夫 落ち着いて言えばいいんです

「いいえ 私は大丈夫ですから 行きましょう」

 はぅ はぅ い 言えました

「でも」

「あら祐一さん 私みたいなおばさんと一緒に喫茶店に入るのはお嫌ですか?」

 ちょっと拗ねた表情で言ってみます

「い いいえ まさか そんな」

 慌てて ぶんぶんと首を振る祐一さん

「うふふ では行きましょう」

「は はい」

 にっこり微笑んで 祐一さんの傘に入ります

 心の中でガッツポーズを取りました

 ・
 ・

 カロン カロン

 扉の上に据え付けられたカウベルが 落ち着いた音色を立てました

「いらっしゃいませ 何名様でしょうか」

「二人です」

「かしこまりました こちらにどうぞ」

 ウェイトレスさんの案内で 四人掛けのテーブル席の前に着きました

「どうぞ秋子さん」

 私に席を勧めてくださる祐一さん

 あ そうです 少しからかっちゃいましょう

「祐一さん 隣り合って座りませんか?」

「え え ええっ」

 祐一さんがお顔をまっ赤にして慌てています

 はぅんっ 可愛いです

 食べちゃいたいです だからそうじゃありません

 食べられちゃいたい そうでもありません

「分かりました 秋子さんがそう言うなら」

「え」

 祐一さんは毅然とした表情で 私の腕を取って

 すとん

 えっ えっ

 と 隣りっ すぐ横に 祐一さんがっ

 ひゃああああっ

「あ あぅ あぅ」

 どっきん どっきん どっきん

 そ そ そんな 軽い冗談でしたのに

 あわわわわっ

 で でも私から言い出したことなのに お断りするのもおかしいですし

 何より嫌じゃありません とっても嬉しいです

 お お 落ち着いて 落ち着いて

 すーはー すーはー すーはー すーはー

 ふう 落ち着いてきました

 ぴたっ

「ひゃうっ」

 か 肩っ 肩が触れましたっ

 あぅ あぅ あぅぅ

 どっきん どっきん どっきん

 ああっ 胸のどきどきがまた大きくなってしまいました

 はぅぅ 祐一さんに聞こえたりしていないでしょうね

「秋子さん」

 どっきーん

「ひゃいっ」

 返事になっていません

 落ち着いてっ 落ち着くのよ秋子っ

「は はいっ」

「秋子さんは何を注文しますか」

 注文

 勿論 祐一さんをご注文            違いますっ

 ええっと ええっと

 祐一さんは何を召し上がるんでしょう

 私でしょうか

 了承(0.00000000000000000000002秒)

 早すぎですよ 私っ そうじゃありません

「あ あの 祐一さんは何を注文なさるんですか」

 どきどき

「俺は秋子さん」

 どかーん 頭が爆発しました

 ひゃあああああああああああっ

 え えっ ええええっ

 半ば予想はしていましたけれど でもでもでも

 ひゃわわわわわっ

 そ そんな 私なんかでいいんですか

 私なのに 私なのに 私なのにっ

 熟れ具合には自信がありますけど 違います

 身の引き締まり具合にも自信が 違いますっ

 瑞々しさと鮮度という点に関しては ごにょごにょ ああん ぜんぜん違いますーっ

「と 同じ物を」

 どがしゃんっ

「うわっ どうしたんですか秋子さん」

 テーブルに突っ伏した私に 心配そうに呼び掛ける祐一さん

 あぅぅ

 いいんです 私は心配していただけるような女じゃないんです

「はぅ」

 恥ずかしさで顔を上げられません

「お客様 ご注文はお決まりでしょうか」

 はっ ウェイトレスさんが注文を聞きに来ています

 こんな醜態をいつまでも余所の方に晒すわけにはいきません

 ええと ええと

 視界の隅に『今月のお薦め』と書いてあるのが見えました

「これ お願いしますッ」

 バシッと勢いよく指差しながら言いました

「え 秋子さん いいんですか」

「いいんですっ」

 祐一さんが何かおっしゃいましたけど 今は聞いている余裕はありません

「かしこまりました ツイスターパフェでございますね」

 ウェイトレスさんは復唱して 行ってしまいました

 はぁ ふぅ ようやく落ち着けました

「あの秋子さん」

「はい」

「秋子さんが頼んだ これって」

「は?」

 今更ながら 頼んだものをよく見てます

 『今月のお薦め』という文字と一緒に 凄まじく高く盛り付けられたパフェの写真

 少し量が多そうですけど どうというほどのことはありません

 そして写真の下に 『カップルの方に特にお薦め』

 え

 か か かっ かっっ カップルぅぅぅぅっっっ!?

「あ え あぅ はぅ」

 ひゃわぇぇぇぇぇ

 わ わたっ 私と祐一さんがっっ か か かっ

 がっぷり四つ 違います

 カップル――――――――――っっっっっっ

 きゃー きゃー きゃああーっ

 ゆ ゆっ 祐一さんと か か か カップル

 はにゃあああああん♪

「あの秋子さん」

「はぁい♪」

「へ?」

 あああっ 声が裏返ってしまいました

「ごほっごほっ は はい なんでしょう」

「えっと」

 祐一さんは 私の方をじっと見つめています

「?」

 はっ

 ひょっとしたら祐一さん 嫌がっているんでしょうか

 浮かれているのは私だけ

 そ そうですよね 私なんかとカップルに思われて 嬉しいわけがないですよね

 しょぼん

「秋子さん」

 びくぅっ

「ひぁっ ひゃ ひゃひぃっ」

 ぜんぜん返事になっていません

「は はい」

 ううっ 祐一さんのお顔をまともに見られません

 怒られるのならまだしも 気味悪がられたりはされませんように

 どきどき どきどき

「秋子さんが食べたいんだったら 俺も付き合いますよ」

 えっ

「こういうのって 一人だと頼みにくいですからね」

 照れたように笑いながら 頭を掻く祐一さん

 祐一さん 怒ってらっしゃらないみたいです

 ほぅ よかった 一安心です

「は はい」

 祐一さんは 悪戯っぽく微笑んで

「秋子さんも 可愛いところがあるんですね」

 ふぇ

 か 可愛いだなんて そんな

 ふにゃああ

 ああっ ど どうしましょう 顔がほころんでしまいます

 いけません 顔を引き締めないと

 秋子さんも可愛いところがあるんですね (←リフレイン)

   可愛い

       可愛い

            可愛い

                 可愛い (←エコー)

 ふにゃ ふにゃ ふにゃ

 はうう だめです 顔がどうしても熱くなって

 ああん 胸の奥までが うずうずしてきました

 どっきんどっきんどっきんどっきん

 い いけません こんなにどきどきしていては 祐一さんに聞こえてしまいます

「んくぅぅ」

 鎮まってください 私の心臓さん (←?)

「秋子さん 顔が真っ赤ですよ」

 びくっ

「へ 平気です」

「でも」

「大丈夫です」

 と言いますか 祐一さんの声を聞いているだけで くらくらが酷くなってしまうんですけど

「やっぱり秋子さん どこか体調が悪いんじゃ」

「えっ あっ」

 ぴたっ

 祐一さんの大きな手の平が 私のおでこに

 ひゃえええ

「熱いみたいですね」

 当たり前ですぅぅ

 ああ ああ あぅぅ

 祐一さんの心配そうなお顔が すぐ側に

 祐一さんの息が 耳たぶに

 ひゃわわわ

 どっきんどっきんどっきんどっきんどっきんどっきんどっきん

 ああ ああ あああっ

 頭がくらくらしてきました

「はあ はあ はあ」

 ぷちっ

 も もうだめですっ もう後のことなんて知りませんっ

 堪らず 祐一さんにしがみつこうとした瞬間

「お客様 店内ではそのようなことはお控えになって下さい」

 ぅきゃーっ!

 ウェイトレスさんの声に 飛び上がりそうになりました

「あっ あわわわ」

「は はいっ すいません」

 慌ててお互い躰を離す私と祐一さん

「ご注文のツイスターパフェをお持ちしました」

 重い音を立てて パフェがテーブルの上に置かれました

 ふう ウェイトレスさんがいらして下さらなければ 私は祐一さんに抱き付いてしまっていました

 感謝したい気持ちと よくも邪魔しましたね という気持ちが五分五分 いえ三分七分ぐらいです

 ゴゴゴゴゴ (←七分)

「ひぃっ? あ あの ご注文は以上で宜しいですね」

 何故か怯えた表情のウェイトレスさん

「で では ごゆっくりどうぞ」

 ウェイトレスさんは逃げ去るように行ってしまいました

 私と祐一さんの目の前には 堆(うずたか)く盛られたパフェが鎮座しています

「それじゃあ秋子さん 食べましょう」

 ぎくぅっ

 つ ついに この時が来てしまいました

「ひゃ は はひっ」

 震える指で スプーンを取ります

 どきどきどきどきどき

 落ち着くのよ秋子

 これぐらいのもの 普通に食べれば平気です

 変に意識しているから 緊張するだけ

「い いただきます」

 アイスクリームを一すくいして

 ぱく

 冷たくて ふんわり甘い味が口の中に広がりました

 ほふぅ

 冷たい食感のおかげで だいぶ落ち着けました

 もう一さじ

 ぱく

 落ち着けたぶん 先程より味がよく分かります

 美味しいアイスクリームです 市販のものをそのまま盛り付けたのではなく 撹拌し直していますね

 舌の上でとろけるような柔らかみが素敵です

 ぱくぱく

 私も甘いものは好きですから ついつい手が動いてしまいます

 ぱくぱく ぱくぱく

 んんっ 美味し〜い

 もう一口 と思ったのと同時に

「秋子さん 美味しそうに食べるんですね」

 ひゃわああああああっ

 そ そうでした 祐一さんがすぐお側にいらしたんでしたっ

 ああ あぅ あぅ あぅぅ どうしましょう

 祐一さんに 卑しい女だと思われたら もう生きてはいけません

「幸せそうに食べてる秋子さんは可愛かったですよ」

「ふぇ」

 可愛い

 ふにゃああ

 ああん もう祐一さんたら またそんなことおっしゃってぇ♪

 うふふふふふ

 るんら るんら るんらら〜♪

 緩みそうになる顔を引き締めるのに 一苦労です

 って ふにふにしていても仕方ありませんね

「え ええと 祐一さんも遠慮なくどうぞ」

「はい」

 祐一さんもスプーンを持って食べ始めました

「うん 美味いですね」

「ええ」

 二人で微笑み合いながら 美味しくいただきます

 はぅ 幸せです♪

 肩を触れ合わせながら こうしていますと

 まるで本物の恋人のような

 きゃあああああん

 だめっ だめよ秋子 それ以上思考を働かせては また錯乱してしまいます

 落ち着いて 平常心を保たないと

「はっ」

 ふと向こうのテーブルで 向かい合わせに腰掛けている方々の姿が眼に入りました

 高校生ぐらいの男の方と まだ幼い顔立ちの女の子

「はい お兄ちゃん あーんしてぇ♪」

「ば ばか 恥ずかしいことするな」

「ああ〜 お兄ちゃん ばかって言ったぁ〜」

 えぐえぐと涙目になる女の子

「う゛〜 う゛〜 ばかって言う方がばかなんだよぅ〜 うわーん」

「な 泣くなっ 分かった 分かったから」

「えへっ じゃあ あ〜〜〜〜ん♪」

「へいへい あーん」

 ぱく

「えへへぇ おいしいでしょお?」

「普通だ」

「うそだぁ〜 わたしの愛がトッピングしてあるんだから 絶対おいしいよぅ〜」

「変わってない」

「う゛〜 う゛〜 お兄ちゃんの意地悪ぅ〜 おいしくなってるって言ってよぉ〜」

 涙目になりながら ぽかぽかと男の方(お兄さん?)を叩く女の子

「お おい」

「ねぇ〜 ねぇ〜 ね〜ったらぁ〜」

 ドガッ バキッ ガツッ

「ぐふっ ちょ 待っ」

「ぐよぐよぐよぐよぐよぐよ〜」

 ボガッ ゴスッ ドガッ やめ バキッ ゴキッ ゴツッ 許し ボギッ ゴリィッ 助け ザシュッ ドシュッ

「お客様 店内ではそのようなことはお控えになって下さい」

 ウェイトレスさんが取りなしています

 はぅ 羨ましいです

 私も祐一さんに 「あーん」してあげたいです

 更に言いますと 「あーん」していただきたいです

 むずむずむずむず

 ああっ ものすごく したくなってきてしまいました

 パフェはまだ残っています

 軽い感じで 言うだけ言ってみましょうか

 ああ でも祐一さんに断られたら

 それにそれに もしかしたら呆れられて軽蔑されてしまうかも

 ううっ でもでも

 はううう むずむずむずむずむずむずむずむず

 決めました 言ってみます

 せっかく二人きりのいい機会なんですから

 ふう 先ずは深呼吸 すーはー すーはー

 後は 清水の舞台から飛び降りる気持ちで

 とりゃあああっ (←鬨の声)

「祐一さんっっっ」

 気負いすぎて スンゴイ勢いで呼び掛けてしまいました

「は はいっ!?」

 びっくりした顔を向ける祐一さん

 私は勢いのついたまま

「はいっ あーんっっっっ」

 スプーンを祐一さんの口元に差し出しました

「え え」

 祐一さんは 強盗に拳銃を突き付けられた人質のような表情です

「あーんして下さいっっっっ」

 ああうう これじゃ私 まるっきり変な女じゃないですかっ

 でもでも 今さらスプーンを引くわけにもいきません

 どきどきどきどきどきどき

 はあ はあ 緊張で目眩が

 早く 祐一さん 何か言って下さい

 出来れば快諾の言葉を

「は はい」

 祐一さんは 恐る恐るという感じで口を開けて

 ぱく

 食べてくださいました

 はにゃ ふにゃ へにゃ

 緊張が緩んで 失神しそうになりました

 でも いま気を失うわけにはいきません

 ええっと こういうときの決まり文句は

「お お 美味しいですか」

 祐一さん なんておっしゃるんでしょうか

 不味いです なんて言われたら 私 何をしてしまうか分かりません

 どきどき

「え ええ うまいです」

 ほひゃあああ

 ああ よかったです

 安堵のあまり泣き出しそうになりましたけど 耐えます

 はあ でもやっぱり緊張しました

 ここは控え目に 食べていただいたことだけで 満足することにしましょう

「じゃあ秋子さん」

「はい?」

「あーんして下さい」

 ほにゃあああああああっ!?

「えっ あっ ええと」

 ひゃええええ

 祐一さん 私が満足していたのに 更にそんなことをして下さるなんて

 言うなれば 激しい逢瀬の後 ほんの少し物足りない気持ちでいるとき

 こちらからおねだりする前に お代わりを求められて

 ほへー

 ひゃああっ ち 違います 似ていますけど違うんです

「あの 秋子さん?」

 びくぅっ

「ひぁっ は はいっっっっっ」

 ええっと ええっと

 お断りするのも失礼ですし 勿論 とっても嬉しいです

 ここは素直に いただきましょう

「は はい いただきます」

「分かりました はい あーん」

 ひぇあぅっ き 来ましたぁ

 どきどきどきどきどきどきどきどき

 お 落ち着くのよ秋子 口を開けるだけです 口を開けるだけ

「あ あ あ」

「あの もう少し開けてくれないと」

 わ 分かってます 分かってますよぅ

 でもでも 緊張して

「あ あ ああああああ〜〜〜〜」

 も もう少し

 あ

 いま気が付きましたけれど 祐一さんの持っているスプーン

 これって 祐一さんがお使いになっていた物ですよね

 これを今から口に入れると言うことは

「!」

 ビシッ 躰が動かなくなりました

 か かっ かっっっ

 関節 違います

 間接キスっっっっっっっっっっ

 ひゃわわわわわ

 だ だめですっ そんな はしたないっ (←?)

 はにゃあああん

 ほええええええ

 ふみゅううううう

 あう あう でも今さら お断りするのは失礼ですし

 うううう どうすればいいんでしょう

 口をちょっとだけ開けてみましょうか

 ちょっとだけ ちょっとだけ

「あーん」 

 ぱくん

「んきゅっ」

 しゅ しゅ しゅぷーんがくひのなかに
 (ス ス スプーンが 口の中に)

 ひゅ ひゅめた ひゅめたいでひゅ
 (つ 冷た 冷たいです)

「んっくん」

 飲み込んで

「ほふぅうぅぅ」

 大きく息を吐きました

 あ あ ああああ

 私 わたし とうとう 一線を越えてしまいました もう戻れません (←大袈裟)

「美味しかったですか」

「は は はい」

 こくこくこくこく と何度もうなずく私

「じゃあもう一口 あーん」

 ふえっ

 ええと

 一口も二口も同じですよね

「は はい あーん」

 ぱく

 ふにゃあ♪

 何と言いますか 冷たいのに温かいような

 柔らかくて温かい 幸せ気分で胸がいっぱいです

「では 祐一さんもどうぞ」

「はい」

「あーん」

「あーん」

 ぱく

 うふふ なんだかとっても楽しいです

 るんら るんら るんらら〜♪

 ・
 ・

 食べさせっこ(きゃああ♪)をしているうちに たくさんあったパフェも残り少なくなってきました

 とっても残念ですけど 仕方ありませんね

 残っているのは サクランボが一つ

 これを私が口にくわえて

 はい どうぞ祐一さん

 はい

 ちゅ

 ふにゃうううううう

 だめ だめです まだ早いです (←?)

 ものすごく 心が惹かれますけど でもでも ああん

 平常心 平常心

 私は平静を装って スプーンでサクランボをすくって

「はい どうぞ祐一さん あーん」

「あーん」

 ぱく もぐもぐ

「ごちそうさまでした」

「うふふ ご馳走様でした」

 ・ 
 ・

 喫茶店を出ますと 雨足が強くなっていました

 しとしとと降り注ぐ雨の中 祐一さんと寄り添って 家路に就きます

 ああ 気兼ねなく寄り添えるなんて

 もう 幸せすぎです

 胸の奥がふんわり温かくなって

 ついでにお腹の奥の方が熱く疼き 違います

 どきどきはしていますけど 疼いてなんていません

「秋子さん 濡れていませんか」

 濡れ

 え あ 

 あ あ あう ひゃえええ

「す すみませんっ ごめんなさい」
 
 はうう 本当は その す 少しだけ

「あ あの でも違うんです 私 誰にでも こんなふうになってしまうわけじゃ」

「へ?」

「は?」

「雨に当たって どうして謝るんですか」

 不思議そうな表情で訊ねる祐一さん

「ほえ」

 飴 ではなくて 雨

 祐一さんは 雨に当たって濡れていないか とお訊ねしたわけで

 つまり私の勘違い

 ほにゃあああああああああ

 ああ また私ったら ああああん

 ふにゅうう 恥ずかしい

 穴があったら 入りたいです

 いっそ そこのマンホールに頭から飛び込んで

「あの 秋子さん」

「は はい」

「誰にでもこんなふうになってしまうって何ですか」

 びくぅっ

「え あ そ それは」

 事細かに説明してしまうわけにはいきません

 祐一さんに はしたない女だと思われたくありませんし

 あああ ああああ

「秋子さん」

 ふみゃああああ

 うー うー うー

 ああん どうすればいいの

 はっ

 いっそのこと 今ここで私の気持ちを告げてしまいましょうか

 いずれは と覚悟をしていたことですし

 身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ という言葉もあります

 うううっ

 とりゃあああああああああっ (←気合い)

「祐一さんっっっっっっっっっっっ」 (←気負いすぎ)

「うわっ」

「大事なお話しがありますっっっっっっっっっ」

「は はい」

 言います 言っちゃいますっ

「わ わた 私はっ 私は祐一さんのことをっ」

「お客様 お忘れ物です」

 ぅわきゃあああああああ―――――あああああああ―――――っ

 ウェイトレスさんが 祐一さんの鞄を持って 追い掛けてきてくださったみたいです

「あっ どうも わざわざすみません」

「いいえ」

 ウェイトレスさんは一礼して またお店に戻っていきました

 ふにゃ はにゃ へにゃ ほにゃ

 残念なような ほっとしたような

「えっと秋子さん 大事なお話しって」

「いえ もういいんです」

 一度言いそびれると 上手く伝える自信がありませんし

「祐一さん 名雪も戻ってきているでしょうし そろそろ帰りましょう」

「そうですね」

 祐一さんは ふと空を見上げて

「あれっ 雨がやんでますね」

「あら」

 本当です

「もう傘は要らないですね」

 ふえ そ そんな

 がっかり

 ・
 ・

 人気の少ない街路を 祐一さんと歩きます

 雨は降っていませんけれど 空は雲に覆われています

 そして 私の心も どんより曇り空です

「はふう」

 だめですね 私は

 今日もあたふたしてばかりでしたし 祐一さんも呆れてしまわれたでしょう

 しょんぼり

「秋子さん」

「はい?」

「今日は楽しかったですね」

「えっ」

「暇が出来たら また二人で どこか行きましょう」

 ほえ

 ぱああああああああ (←心に光が差す音)

「は はいっ 喜んで」

 祐一さんはにっこり微笑んでくださいました

 はううう 嬉しい 嬉しい 嬉しいです

 るんら るんら るんらら〜♪

「あっ 秋子さん見て下さい」

「はい?」

「虹が出ていますよ」

「あら」

 雲の切れた東の空の上に 薄い虹が架かっています

 まるで私と祐一さんの前途を祝福してくれているような

 ああん 何を考えているの 私ったらっ

 いやん いやん いやん♪

「祐一さん」

「はい」

「手を繋いで帰りましょうか」

「えっ」

 はっ

 ああああ わ 私ったら 調子に乗って

 ばかばかばかっ 祐一さんに 変に思われてしまいますっ

「ええ いいですよ」

「ふぇ」

 にぎっ

 祐一さんの大きな手の平が 私の手を包み込みました

「あっ」

 ほわん

 ああん 胸の奥が温かくなって

 お腹の奥が疼き だからそれはもういいんです

「じゃあ 帰りましょう」

「は はいっ」

 ああん 幸せです♪

 今日は とっても素敵な一日でした


                      愛のコント劇場『お茶目な秋子さん 相合い傘編』 おしまい

 @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 星牙でございます。
マキ「マネージャーの小原マキです」

 やったよ、久しぶりのほのぼのだ。
マキ「何故それで喜ぶ?」
 描いても書いても、全部えっちぃな文章になってしまう物書きの苦悩は、余人には理解してもらえないヨ。
マキ「マトモな人間なら、そんな苦悩はしない」
 きゅう。

 お読みいただきありがとうございました。梅雨の時期が近付き、気持ちが滅入りそーなときには、小生の呑気なSSでも読んでまったりして下さい。
マキ「それでは、ご機嫌よう」


戻る