愛の官能劇場 『堕天 前編』

 ※作中に性描写がございますので、嫌悪感を持つ方、及び未成年の方はご遠慮下さい。

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「毎度ありがとうございましたぁ」

 商店街の出口で、私は途方に暮れていました。
「…少し買い込みすぎてしまいましたね」
 買い物の荷物が重くて、立ち往生していたのです。

 歩いて十分程度の距離ですから、タクシーを呼ぶわけにもいきませんし…と私が考えていると、
「秋子さん?」
「え?」
 声を掛けられて後ろを振り向くと、祐一さんがいました。
「どうかしたんですか、こんなところで立ち止まって」
「あ、はい。それが、少し買い物をしすぎてしまって…」
 事情を話すと、
「ちょうど良かったですね。じゃあ俺、持って帰りますよ」
「でも、重いですよ」
「大丈夫ですよ。俺も男ですから。よっ」
 ガサッ。祐一さんが荷物を持ち上げました。
「確かに、これは女性には辛いですね」
「あっ、私も少し持ちます」
「ああ、平気ですよ。それじゃ行きましょう」

 祐一さんは先に歩き出しました。
 私が持ち上げることも出来なかった荷物を、平気で持って歩いていく。
「……」
 こうしてみると、祐一さんって背中も大きいし、腕も太くて…もう祐一さんは男の子ではなく、一人の男性なんですね…。
「……」
 逞しい後ろ姿に見とれていると、
「秋子さん? どうかしたんですか?」 
 はっ。私…。 今、何を…
「あ、はい。行きましょうか」

「あの、祐一さん。本当に大丈夫ですか?」
「ええ。もう慣れました」
 祐一さんと二人きりで世間話をしながら歩く。
「最近暑くなってきましたよね」
「ええ、本当に」
 たったそれだけなのに…
「秋子さんは、仕事の夏休みとかは無いんですか?」
「ええ、来週の後半に休みをいただいているんです」
 どうして、こんなに楽しいのかしら…

「夏休みになって一番助かったのは、毎朝名雪を起こさなくても良いって事ですね」
 ピクッ。…? …どうして?
「それでこの間、名雪がプールで溺れたって聞いて飛んで行ったら、あいつ泳ぎながら寝ていたらしいんですよ」
「まあ。あの子ったら」
 …祐一さんが名雪の話をし始めた途端、言い様のない不快感が…。

 気のせいだと思うことにして談笑を続けていると、すぐに家に着いてしまいました。
「ただいまっと」
「ご苦労様でした、祐一さん」
 祐一さんから荷物を受け取りながら、改めてお礼を言う。
「どういたしまして。これぐらいの事でしたら何時でも頼まれますよ」
「はい、ありがとうございます」
 私がじっと見つめると、祐一さんは顔を赤くして、
「え、えっと。じゃあ、これ台所まで運びますから」
「はい」
 うふふ…祐一さん、可愛い…。

 ・
 ・

 夜。家族みんなで晩ご飯の最中です。
「それでね、ねえっ、祐一! 聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
「えへへっ。それでね…」
 名雪は、祐一さんと話している時、本当に楽しそうに笑います。
 当たり前ですよね、この子はずっと祐一さんのことを想ってきたんですから。

「祐一、夏休みになったら一緒にプールに行こうね」
「ああ、良いぞ。でも泳ぎながら寝るなよ」
「ええっ! 祐一、どうして知ってるの!?」
「香里から聞いた」
「ああっ、ひどいっ」
 幸せそうね、名雪。良かったわね、祐一さんが側に居てくれて…。

 晩ご飯を終えて後片付けをしていると、
「あっ、そうだ。お母さん、わたし明日は朝から香里の家に行くから、お昼ご飯は用意してくれなくていいよ」
「はいはい」
 返事をして、ついでにふと思い付いたことを訊ねる。
「…祐一さんは、明日のご予定は?」
 リビングにいる祐一さんに声を掛けると、
「俺は明日は、ちょっと商店街の方に行くつもりですけど」
「そうですか…」
 ……。
 祐一さんが家にいてくれない…そう思っただけで、どうしてこんなに気分が暗くなるのかしら…。

 片付けも終わって三人でテレビを見ていると、名雪が欠伸をして言いました。
「ふぁぁぁ。じゃあわたし、もう寝るね。おやすみ、お母さん」
「お休みなさい」
「おやすみ、祐一」
「ああ、おやすみ」

 しばらくして祐一さんも立ち上がって、
「それじゃあ俺も休みます。お休みなさい、秋子さん」
「はい。お休みなさい、祐一さん」
 祐一さんも二階に上がっていって、私はまた気分が暗くなっていることに気が付きました。
「…どうしたの、私…」
 もう、休みましょう……。

 ・
 ・

 はぁ、はぁ……

 大きな手が、私の身体をまさぐっている。

 アッ! …そ、そんな、ところ…ひぅぅっ!

 はぁ、はぁ…誰…?

『秋子』

 あ、あんっ! …んんっ、あなた…?

 はぅぅっ! あ…、ち、違うぅ…っ、あの人じゃ、ない…

 あ、あぁ…! ふっ、んふぅ…

 はぁ、はぁぁ…誰なの……

『俺です』

 あ…! ゆ、祐一さん!?

 だめ、だめです。私と祐一さんはぁっ…、お、甥と叔母…はぁんっ!

 はぁ、はぁ…だめですぅぅ…あなたには、名雪がぁぁ…あ、あぁ〜!

 あっ、あぁ、あぁっ! んっく、ひぃっ! あっ、アッ! はぁ、はぁ…だめ、です…、だめ…なのぉ…

 …あぁ…祐一さん…………

 ・
 ・

「はぅぅっ!」
 ビクリと身体を震わせ、私は眼を覚ましました。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 暗い天井が見えます。
「…夢…」
 ……私、なんて夢を…。はしたない。

 汗まみれになってしまったパジャマを脱ぎ、箪笥から出した新しい寝間着を着込んで横になりました。
「………」
 祐一さんとあんなことをする夢を見てしまうなんて…。私、欲求不満なのでしょうか。
 最近身体を動かしていなかったし、祐一さんみたいに若い男の人と接するのは久しぶりだったから、あんな夢を見てしまったのかもしれない。

 夢の中の祐一さん、すごく情熱的で…。
「はぁぁ…」
 夢の中のとろけそうな快感を思い出し、私の身体は自然に震えました。
「……」
 気が付いたら、私の指は寝間着の下に滑り込んでいました。
「…はあ、はあ…っ…、…祐一…さん…」
 …何をしているの、私…と頭の中の冷静な部分で考えながら、指を動かし続ける。
「あ、ああ…! …んんっ…くぅ」
 掠れた溜め息が唇から自然に漏れて、もう止められなくなって…。
「…あ、あっ、ああっ、ああっ、あっ…! …あああ………ぅ…ん…」
 久しぶりに得た女としての満足感に浸りながら、私は眠りに就きました。

 ・
 ・

 チュンチュン。チチチ。雀の鳴き声。
「う…ん」 
 朝。今日も良いお天気です。今日は日曜日ですから、お洗濯をして、お掃除をしましょう。
 さあ、起きましょうか。
 
「行って来まーす」
「それじゃ行って来ます、秋子さん」
「はい、行ってらっしゃい」 
 名雪は美坂さんのお家へ、祐一さんは商店街にお買い物に行ってしまいました。
「……」
 祐一さんの後ろ姿を見送っていると、胸が苦しくなっているのに気が付きました。 

 まさか…寂しい? そんな、気のせいですよね…。
「さあ、まずはお洗濯をしましょう」
 わざと声に出して言ってみても、胸のつかえは取れませんでした…。

 パンッ。
「ふう、お洗濯終了」
 考え事をしながらお洗濯をしていたので、気が付いたらお昼前になっていました。
「……」
 …祐一さん、そろそろ帰って来るのでしょうか…。
「…んっ」 
 なぜ、どうして祐一さんのことを想うと胸が苦しくなるのかしら。

 昨日から…いいえ、昨日からじゃない、もっとずっと前からあったような…。
 …まさか…わ、私は、祐一さんのことを…!!
 駄目よ、そんな。私は母親代わり。祐一さんだって、そう思っているはず。
 ……。
 …でも…祐一さんが、私のことを…母親ではなく…。
 …一人の女だと思っていたら…私は、私は…。
 祐一さんと…。

「…駄目っ!」
 いけないわ…きっと私、どうかしてるんだわ。暑さにやられたのかもしれない。
「…お掃除、しなくちゃ…」
 …足取りがおぼつかない。頭の中が、グルグルしている…

 機械的に掃除機を動かし、床に雑巾掛けをする。
「次は、二階…」
 何かに引き寄せられるまま、祐一さんの部屋に入る。

 部屋に入って、祐一さんのにおいを胸一杯に吸い込むと、もう止まらなかった。
「はあ、あぁっ」
 ドサッ。祐一さんのベッドに身を埋める。
「はぁ、はぁ」
 祐一さんの匂いの染み付いたベッド。…頭の奥がどんどん熱くなって、私はいつの間にか、昨夜と同じように服の下に手を差し込んでいました。
 
 ギシッ、ギシッ。ベッドのきしむ音と、
「ふぅ、ふぅ、はぁぁ」
 自分の口から漏れる荒い息を、どこか別の世界の音のように感じながら、
「んっ、ぅぅぅぅ」
 枕に顔を押し付け、声を抑えたまま、
「んぁっ、はぁぁっ」
 私は、行為に没頭する。

 …祐一さんが、たくましい両腕で私を抱き締めて…。
 …唇を重ねて、深く舌を絡ませて…。
 …大きな手の平で、私の身体をさすって…。
 …唇と舌が、私の身体を、激しく愛撫して…。
 …そして、そして、祐一さんが、私の中に……っ!

「はぁっ、はぁっ、あっ、あっ、あっ!」
 祐一さん。祐一さん。祐一さん。祐一さん。祐一さん。祐一さん。祐一さん。……っ!
「っ…は、ぁぁ…」
 …すぅっと意志が薄れ、脱力する。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
 …私、いやらしい女だわ…。

 乱れた服を整え、お掃除を再開する。
「……」 
 今日、祐一さんと名雪が帰ってきたら、私はどんな顔をすればいいのかしら…。
「……」
 お掃除が終わってから、私はシャワーを浴びた。理由は自分でも分からなかった。

「……」
 リビングでぼんやりしていると、祐一さんが帰ってきた。
「ただいま帰りました」
「…お帰りなさい…」
 …眼を合わさないように必死で努力する。
 …もし今、眼を合わせたら…きっと、私は堕ちてしまう。そう、思ったから…。

「……」
 祐一さんは動かない。じっとこちらを見ている。
「秋子さん?」
 ビリッ。…電気が、走った。ただ、名前を呼ばれただけで。

 駄目っ!             (ドクン)
 駄目よ、今眼を合わせたら! (ドクン)(ドクン)
 駄目だったら!         (ドクン)(ドクン)(ドクン)(ドクン)(ドクン)(ドクン)

「―――……」 
 祐一さんと…眼が…合った…。

「…祐一さんっ…」 
「え」
 気が付いたら、抱き締めていた。
 まるで何年も逢っていなかった恋人達が、再会したときのように、 
 抱き締め合い、
 唇を重ねていた……。

 祐一さんは驚いて、唇を離しました。
「あっ、秋子さん?」
 身じろぎをして、離れようとする祐一さん。
「…ああ」
 …いや。行かないで…。一度火が点いた想いは、止まりませんでした。
「…いて」
「え?」
「愛して……! 抱いて、下さい…っ」
 ぐっと身体を押し付けながら、悲鳴じみた声で叫び、また唇を押し付ける。
「んぅっ……あ、秋子さん…。秋子さんっ!」
 祐一さんが、私の身体を抱き締めた。
「ああ…」
 快感への期待に、全身がぶるぶると震えました。

                                                             【後編に続く】


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