愛の劇場『天使になった女の子』【第三幕:真琴】
ゆさゆさ…ゆさゆさ…。…………。
さっきから、身体が揺さぶられている。
『起きてよ』
イヤ。…眠いの。放っておいて。
『起きてってば』
あぅー、うるさいわよぅ…。なんだかすごく眠いんだから…。寝かせておいてよ…。
『真琴ちゃん、真琴ちゃん』
……。まこと?
…真琴。…あたしの名前…。…真琴、沢渡真琴…。あたしは真琴。
すぅっと身体が浮かぶような感じがして、目が覚めた。
「……んん」
なによ、まだ暗いじゃない。もう少し寝ようっと。
『あ、待って、待ってよ。眠っちゃダメだよ』
また身体が揺さぶられた。
あぅーっ、もうっ。
「なによっ。ご飯ならまだいらないっ」
がばっと身体を起こした。
『あっ、やっと起きてくれた』
目の前に、へんてこな格好をした女の子が立っていた。
「あぅー、あんた誰?」
『ボクはあゆ』
「…変な名前」
『うぐぅ、いきなり?』
格好だけじゃなく、鳴き声も変だった。
「あぅー…ねむ…」
あたしがまた身体を横にしようとしたら、
『そうじゃないよっ。寝たらダメなんだよ真琴ちゃんっ』
腕を思いっ切り引っ張られて、無理矢理身体を起こされた。
「あぅぅっ、いたい、いたい。分かった、起きるわよぅ」
腕を振り解いて、女の子を見る。
「それでっ。あたしになんの用?」
『うぐぅ、そんな怖い顔しなくても…』
「あたしの眠りを邪魔したんだから、ちゃんとした理由じゃないと…ゆる…さ…」
急に眠くなって、身体がふらふら揺れ出した。
『あっ。ダメだよ眠ったら。祐一君に会えなくなっちゃうよ』
…祐一。
祐一の名前を聞いた途端、パッと目が覚めた。
「ゆ、祐一に会えなくなるって、どういうこと?」
あゆはあたしの顔を見つめた。
『…思い出して。真琴ちゃん』
「思い出すって、何を…。……!」
ぱっと目の前が白く光って、あたしは色んなことを思い出した。
「…あぅ、あ…」
ドクンドクンって心臓がなってる。
「……」
脚が痛い 歩けない
ゆういち
温かい おいしいご飯
さわたり まこと
好き
お別れ
どうしてまことをおいていくの
寒い お腹が空いた 哀しい 寂しい 悔しい 憎い
ふくしゅうしてやる
意地悪 優しい 温もり 名雪 秋子ママ 美汐 祐一
熱い 熱い あつい
あたしがこわれる
こわい
たすけて
祐一 祐一 祐一 祐一
「あ、あ、あ…」
……ドクン。思い出すのと同時に、身体が震えだした。
「あ、あ…あた、し…」
『思い出したんだね』
「…あ、あ…あぅ…」
身体の震えがどんどん大きくなって、立っているのが難しくなって、頭がぼぅっとしてきた。
「あ…あぅー」
『真琴ちゃん、しっかりして!』
「う、あぅ…や、やだよ。消えたくないよ。…やだ、やだよぅ」
『大丈夫。大丈夫だから、怖がらなくてもいいから』
あゆが、力いっぱいあたしを抱き締めた。
あたしより小さいのに、震えるあたしを一生懸命に抱き締めてくれている。
「あ…ぅ…」
あゆの温もりが伝わってきて、少し震えが収まった。
『ねえ真琴ちゃん。祐一君と一緒に居たい?』
祐一と…?
「…べ、別に祐一となんか一緒に居たくないわよぅ! 祐一なんて、意地悪で、えっちで…あ…」
と、すぅっと目の前が暗くなって、ものすごく眠くなった。
『あ! ダメだよ、そんなこと考えたら!』
ぎゅうっと痛いくらい強く抱き締められて、また目が覚めた。
「あ、あぅ…」
『真琴ちゃん、正直に教えて。…祐一君と、さよならしたくないよね?』
「……。うん」
こくんと頷いた。
「…美汐と、秋子ママと、名雪と…。…祐一と。…みんなと、一緒に居たい」
『うん。そうだよね。祐一君達と一緒に居たいよね』
「…で、でも…」
『?』
「…祐一は…、あたしが居ない方が、いいって思っているのかもしれない」
『えっ。どうして?』
「…だって、あたしはいつも祐一に意地悪して…祐一も、あたしに意地悪して…けんかばっかりしていたんだもん」
あたしは、祐一に嫌われているかもしれないから。もしそうなら、あたしが帰らない方がいいから。
『…真琴ちゃん。そんなことないよ』
「え…」
『祐一君は、きっと真琴ちゃんのことが好きだよ』
「…どうして、そんなことが分かるのよぅ」
『真琴ちゃん。好きっていうのにも、いろんな形があるんだよ』
あたしの身体を抱き締めながら言うあゆ。
「……」
『祐一君と真琴ちゃんの場合は分かり難いだけなんだよ、きっと』
「でも、まんがとかだったら、こう、二人でぎゅうってしたりしてたよ」
『真琴ちゃん、恋とか愛っていうのはそういうふうにしなくちゃいけないって決まっているわけじゃないんだよ』
あゆは根気よく説明している。
『祐一君と真琴ちゃんみたいに、いつもけんかしていることもあるんだよ。……好きな人のことを想って、ずぅっと遠くから…幸せになって下さいって、見守っていることも…』
「……」
どうしてだか分からないけど、あゆの言うことに口を出せない。
「…祐一」
『逢いたい? 祐一君に、また逢いたい?』
「…うん」
あゆは可愛く微笑んだ。
『そうだよね。…よかった…』
「?」
あゆはまたあたしを抱き締めた。
『じゃあ、ボクが真琴ちゃんと祐一君を逢わせてあげる』
突然あゆの身体がお日様みたいに光り出した。
「あ、あぅっ。なに?」
『ボクと、真琴ちゃんのお母さんやお父さん、お兄さん、お姉さん達の力で、真琴ちゃんを祐一君達と一緒にいさせてあげるよ』
お父さん、お母さん…?
遠くから声が響いてきた。
『今までにも、お前のように人としての生を望む者達はいたのだ。だが皆、大きすぎる力を制御できず、哀しい結末を迎えた』
『私達の力だけでは、人として安定させることができなくて、……人間達に災いをもたらす存在に成り果ててしまった』
『幾度も試みられ、そして俺達はあきらめた。…だが、その少女の力を借りれば、力を一点に集中させることが可能だ』
『そうして、あなたを人として生まれ変わらせることができるはず。…あなたの想い人と共に、幸せになりなさい。…真琴』
…懐かしい声。…パパ、ママ…お兄ちゃん、お姉ちゃん…。
あゆの身体から出ている光がどんどん大きくなっていく。
「あ、あぅぅ」
光が大きくなっていくのと一緒に、冷たくなっていたあたしの身体が温められていく。
「あぅーっ、暑いよぅ」
『我慢して、もう少しだから。祐一君と一緒に居られなくなってもいいの?』
びくっと身体が震えた。
「あ、あぅー」
言われた通り、がまんすることにした。
「……あれ?」
いつの間にか、あゆの身体の感触が感じられなくなっていた。
「あゆ? 大丈夫なの?」
眩しくて眼を開けられないから、眼をつぶったまま訊ねる。
『大丈夫。もう少しで祐一君と一緒に居られるようになるよ』
「そうじゃなくて、あゆの方よ!」
ぴくっとあゆの身体が震えたような気がした。
『…ボクは、平気だよ。…祐一君が幸せになってくれれば、それで…』
最後の方はよく聞こえなかった。
『…じゃあね、真琴ちゃん。祐一君は意地悪だけど、きっと真琴ちゃんのことが好きだから、あんまりけんかばっかりしていたらダメだよ』
もうなんの感触もなくなったあゆの声だけが小さく聞こえた。
「あ、あぅー、余計なお世話よぅ」
遠くの方から、パパ達の声が聞こえてきた。
『さらばだ、真琴』
『身体に気を付けなさい』
『元気でな』
『また、いつか逢いましょう』
すぅっと身体が浮かんだと思ったら、どさっと柔らかいところに落っこちた。
………。
…夢…見ていたのかな。それとも、今こうしているのが夢なのかな…。
さわさわって葉っぱが音を立てているのが聞こえる。
草の匂いが気持ちよくて、また眠くなってきた。
「うなー」
…あ。この声、ぴろだ。
「なぁー」
あ、くすぐったいよ…。ごめんね、あたしまだ眠いの。後で一緒に肉まん食べに行こうね。
「なぅ。…うなぁ」
さく、さくって草を踏んで、誰かが近付いてきた。
なんでだろう。胸がどきどきする。
「うなぁん」
…あ、分かった。きっと、あいつだ。…あいつのことだから、眠っているあたしを見付けて…………。
愛の劇場『天使になった女の子』 第三幕 完
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星牙でございます。
マキ「マネージャーの小原マキです」
ぐああっ、真琴嬢は難しいーっ! ゲームの中で説明しきれていないところが多すぎるーっ!
マキ「だから泣き言を言うなぁっ!」
また公式設定を無視していますが、海より深い心で大らかに受け止めて下さい。
ホント、『真琴が帰ってきて、なぜ美汐の妖弧は帰ってこなかったのか』という理由を説明するのは至難の業ですな。美汐女史の想いが足りなかったなどとは思わないし。
マキ「後書きでごちゃごちゃ言い繕うようではまだまだじゃぞ」
むう。精進精進。
まだあるので、懲りずにお付き合い下さいませ。
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