注意:ネタバレのオンパレードです。お気を付け下さい。

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     【プロローグ】

 …一条の光さえ射さない、闇の深淵。

 …虚空の空を堕ちて、

 …ひび割れた大地を彷徨って、

 …絶望の海を漂って、

 …永遠の悪夢の中で、眠りに就く…。


『探し物、見つかったんだ…』

 大切な物。本当に大切な物。

 ボクが探していたのは、ボクの物じゃなかった。

 ボクが探していたのは、祐一君の物だった。

 祐一君にとって本当に大切な物を、ボクが祐一君の代わりに探していたんだ。

『……』

 ずっと、ずっと探し続けていた。

『……』

 …でも、祐一君は、自分で見付けたから、

『だから、もう』

『この街には、来ないと思うんだ…』

 この世界に

『ボクがいる理由がなくなっちゃったから…』

『もう、祐一君とも』

 二度と

『逢えなくなると思うんだ…』

 さようなら。

『バイバイ、祐一君…』

 ………。

 でも、ボクには、…まだしなければいけないことが残っている。








          愛の劇場『天使になった女の子』 【第一幕:舞】






 ………。ここは、どこ? …暗い…。…夜?

 夜なら、校舎に行かなければ。

 私は、魔物を討つ者だから。

 …? 剣が手元になかった。

 おかしい。いつも身に付けていたのに、どうして今日に限って…。

 考え込んでいると、ふと誰かに名前を呼ばれたような気がした。

 …胸騒ぎがする。

 どきどきする胸を押さえながら、意識を向ける。

 自然と身体が動き、私を呼ぶ声の方に向かって歩き始めた。

 窓から差し込む月明かりが廊下を照らしている。

 …学校。いつの間に来ていたのだろう。

 何故か上手く動かない脚を、一歩一歩前に出す。

 変だ。私は、緊張している。…ううん、それも正確じゃない。

 魔物とは違う何かに、怯えている…?

 ふらふらと身体を揺らしながら、私は一つの教室に脚を踏み入れた。

 薄暗い教室の中で、窓から差し込む月明かりを浴びながら、誰かが泣いていた。

 この声…祐一? どうして祐一が夜の校舎で泣いているのだろう。

 祐一が私を呼んだのだろうか。

 近付いてみると、祐一は私の名前を呼んでいた。

「私はここにいる」

 返事をしたが、祐一は聞こえないのか、まだうずくまって泣きながら私の名を呼んでいる。

 よく見ると、祐一は何かを抱きかかえていた。

 スカートから伸びた脚が見えた。

 …祐一は、女の子を抱きかかえている。

「……」

 そう分かった途端、なぜか不愉快になった。

 えい。祐一に手刀を入れようとしたが、なぜかすり抜けた。…もっと不愉快になった。

 えい。えい。えい。えい。えい。えい。えい。えい。えい。えい。えい。えい。…少し気が晴れた。

 祐一、いやらしい。こんな夜中に、女の子と一緒にいるなんて。

 …私もずっと祐一と一緒にいたことを思いだした。

 私は普通の女の子じゃないからと、自分を納得させた。

 まだ祐一は女の子を抱き締めている。

 ………。女の子の様子がおかしいことに気が付いた。

 四肢を力無く折り畳んでいる。床には、赤黒い液体が広がっている。

 どきどきする胸を押さえ、覗き込んでみた。

 祐一の腕の中で動かなくなっていたのは、私だった。

 ギシッ、と身体全体が重くなったような気がした。

「……思い、出した」

 私は、魔物を生み出して佐祐理や祐一を傷付けた自分が、許せなかった。

 だから私は、私の罪を償うために、自分で剣を……。

 祐一は私の名を呼びながら泣き続けている。

 胸の奥が、ぐっと苦しくなった。

「…泣かないで、祐一」

 でもこの声も祐一には届かない。

 祐一が泣いているのを見ていると、私も哀しくなる。

 祐一が私のために泣いているのだと思うと、もっと哀しくなる。

 どうすれば、祐一は泣き止むのだろう。

 私に何か、出来ることは…。……。

「…また私は、何も出来ないの」

 私の力は、みんなを哀しませることしか出来ないのだろうか。

 お母さん。佐祐理。祐一。みんなを傷付けることしか、私には出来ないのか。

 …悔しい。やっぱり、私は…。

『帰ればいいんだよ、舞さん』

 さっ 突然声を掛けられ、私は身構えていた。

『わっ。待って、違うよ』

 見ると、私のすぐ側に小さな女の子が立っていた。

 ぱたぱたと慌てたように手を振っている女の子。

 …どこかで逢ったことがあるような気がした。ずっと昔…。…思い出せない…。

 少女は優しげな微笑みを浮かべた。

『舞さん、祐一君を哀しませたくないって思っていたでしょう』

 内心を言い当てられ、驚いた私が口ごもっていると、

『だったら、舞さんが祐一君の所に帰ればいいんだよ』

 …帰る。私が…。

 一瞬、すごくいい考えのように思えたが、すぐに首を振る。

「……。それはだめ」

『どうして?』

「…私は、魔物を生み出して、佐祐理や祐一を傷付けた」

 そう。そんな私に、帰る権利なんてない。きっと佐祐理も祐一も、私のことを許さない。

『じゃあ、祐一君はずっと泣いたままだよ』

 祐一が、泣いたまま。

 ドクンと心臓が跳ねた。

『舞さんのことを想いながら、ずぅっと泣き続けるよ』

 祐一が、ずっと…。

『舞さん。祐一君の涙を止められるのは、舞さんだけなんだよ』

 …それは…とても哀しい。……だけど。

「それでも…私は」

『でもじゃないよ』

 私は、いつの間にかこの小さな少女に圧倒されていた。

「………。わ、私は、…帰っても、いいのだろうか」

 私が怖ず怖ずと訊ねると、少女は優しく微笑み、こっくりとうなずいた。

『それは、帰ってから祐一君と佐祐理さんに直接訊けば良いよ』

「……。でも、どうすれば帰れるのか分からない」

『それなら大丈夫』

 少女の言葉には、不思議な力強さが満ちていた。

『ボク一人の力じゃ舞さんを生き返らせることは出来ないけれど、舞さんの力を借りれば平気だよ』

「……」

 少女の言っている意味はよく分からなかった。

 少女は私を真っ直ぐに見つめて、

『舞さん。祐一君のところに、帰りたい?』

「……、……帰りたい」

 こっくりとうなずきながら言うと、少女は柔らかく微笑み、

『うん』

 力強くうなずいた。同時に、少女の全身から淡い光が漏れだした。

「…あ」

 眩しくて、暖かい…。朝陽のような光。

 その光を浴びている内に、身体の奥が徐々に暖められていく。

 私の身体が暖かくなるのに反比例するかのように、少女の身体から発せられる光はか細くなっていく。

 闇に溶け、もう輪郭さえ見えなくなった少女の声が、小さく聞こえた。

『じゃあね、舞さん。祐一君と、幸せになってね』

「待って」

 私は思わず手を伸ばしたが、少女の肩をすり抜けただけだった。

『…さようなら…』

 その瞬間、ふっと思い出せた。

 …天使。子どもの頃、お母さんと読んだ絵本に描いてあった天使。

 …少女は、私と祐一を助けるために天から来た天使だったのだろうか。

 私が呆然と考え込んでいると、

『…舞』

 背後から、懐かしい声がした。

「……」

 ゆっくりと振り向く。そこには、私がかつて自ら切り離した『私』がいた。

「……。ごめんなさい」

 自然と、唇から謝罪の言葉が出た。

 『私』は呆れたように微笑み、

『あたしに謝るのは、後。それよりも、早く祐一君を安心させなくちゃ』

 そうだった。

 私は、怖ず怖ずと手を伸ばし、『私』の手を取った。

『行くよ、舞』

「…来て」

 『私』の身体の輪郭がぼやけ、同時に私の身体も希薄になる。

 互いに霞んだ私と『私』は、静かに身体を重ね合わせた。

「…う…」

 私の中に『私』が戻ってくるのが分かる。

 本当なら自分の中にあるはずだったもの、あるべきだったはずのものが、私の中に融けていく。

『…ただいま、あたし』

「…お帰りなさい、私」

 『私』達が一つになった瞬間、意識が何かに引っ張られるように遠くなった。

「…い…まい…舞…!」

 …祐一の声が聞こえる。祐一が、私を呼んでいる。

 起きなければ。起きて、祐一を安心させてあげたい。

 それから、謝らないといけない。『心配させて、ごめんなさい』と言わないといけない。

 佐祐理にも、謝りに行かないと。

 …しなければいけないことはたくさんあるけれど、きっと大丈夫。

 私はもう、一人じゃないから。 

                                         愛の劇場『天使になった女の子』第一幕 完

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 星牙でございます。
マキ「マネージャーの小原マキです」
 『公式設定と違う』『舞のストーリーであゆが絡んでいるわけねーだろ』等のツッコミが津波のよーに聞こえてきますが、二次創作だということで見逃して下さい。
マキ「いきなり言い訳をするな」
 むい。取り敢えず続きがありますので、このノリが駄目でなければお付き合い下さい。


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