『ボクの大好きな人たちが、幸せになれますように……』

 ……よかった。

 これで、きっと祐一君も幸せになれるよね。…ボクの用事も終わった。

 ……う……、…泣いちゃダメだよっ。

 祐一君が幸せになれるんだから、これで良かったんだから…。

 ………。さ、もう行かなくちゃ。

 …さようなら、祐一君……。






































         愛の劇場『天使になった女の子』【最終幕:あゆ】

























「…待って」

「え? あっ、舞さん?」

「あぅー、やっと見付けたぁ」

「探しましたよ、あゆさん」

 真琴ちゃん、栞ちゃんも。

「よかった。あゆちゃんがもう行っちゃったのかと思って、すごくドキドキしたよ」

 名雪さんまで…。

「みんな、どうしてここに?」

「…あゆに大切な用があったから」

「用って?」

「あゆさん、私達に言いましたよね。幸せになってって」

「う、うん」

「じゃあ、真琴達を置いてどこに行くつもりだったの?」

「…ど、どこって」

 …ボクが行くところは…。

「あゆちゃん。わたし達の幸せには、あゆちゃんもいてくれないと困るんだよ」

「え?」

「…あれを見て」

 舞さんに指差した方向に目を向ける。

 …あれは…

 ・
 ・

「…寒いな。それで相沢、俺達は何をすればいいんだ?」

「探し物をしてほしいんだ」

「ここにあるのか?」

「ああ。…たぶん」

「おいおい、たぶんか」

「すまない。…本当に大切な物なんだ。だけど、俺一人じゃ見付けられないんだ。…だから、頼む。みんなの力を貸してくれ」

「……。ま、しゃーねぇな。いいぜ」

「ありがとう、北川」

「あたしもいいわよ。相沢君に恩を売るいい機会だし」

「お姉ちゃんたら、素直じゃありません。祐一さん、私もお手伝いします」

「いいのか、香里、栞」

「ええ」

「はいっ」

「…ありがとう」

「わたしも手伝うよー」

「ありがとう、名雪。…斎藤、お前も手伝ってくれるのか」

「ああ…話を聞いてしまったからな」

「すまない」

「成り行きだ。気にすることはない」

「ありがとう、斉藤」

「さ、手分けして行くわよ。あたしと栞と北川君は西側から、名雪と相沢君と斉藤君は東側から始めましょう」

「はい、お姉ちゃん」

「よっしゃ」

「おっけーだよ」

「了解した」

「……。ありがとう、みんな」

 ・
 ・

「あっ。祐一、何してるのぉ」

「おう、真琴か。探し物をしてるんだ」

「ふーん。なんかみんなで楽しそう。真琴もやるっ」

「…真琴。わたしもですか?」

「うん」

「ふぅ…分かりました」

「ありがとう、真琴、天野」

 ・
 ・

「あははーっ、祐一さん、何をしてらっしゃるんですか?」

「あっ、佐祐理さん。舞も。ちょっと探し物をな」

「そうですかー。人手は足りているんですか?」

「うん…ちょっときついけど、何とかなるよ。…いや、するから」

「ふぇ〜。…分かりました、佐祐理もお手伝いしますー」

「…私も」

「えっ。でも」

「いいんですよー。困ったときはお互い様です。ね、舞?」

「…(こく)」

「佐祐理さん、舞…。ありがとう」

「相沢、何をしている」

「ん。なんだ久瀬か。何か用かよ」

「ほう、いい態度だな」

「久瀬さん、祐一さんはお探し物をしてらっしゃるんですよー」

「はっ、倉田さん。そうなんですか。…それで、倉田さんは何を?」

「佐祐理は祐一さんのお手伝いですー」

「! …分かりました。おい相沢、私も手伝ってやる」

「いらん。向こう行け。シッ、シッ」

「………………………………………………………………………」

「…拗ねるなよ…。分かった、手伝ってくれ」

「うむ、任せろ!」

「(…舞、こき使ってくれ)」

「(…こく)」

 ・
 ・

「あらあら、みなさんお揃いですね。祐一さん、これはなんの集まりですか?」

「あっ、お母さん」

「秋子さん。ええ、ちょっと探し物を」

「そうですか。私も参加していいですか?」

「えっ。でも秋子さん、身体の方は大丈夫なんですか? 病み上がりなのに」

「あら祐一さん、私はのけ者ですか?」

「いえ、そういう訳じゃないですけど」

「私にも手伝わせて下さい」

「はぁ…。じゃあ、お願いします」

「あー、相沢。これは何の集会だ?」

「げっ、先生。あ、いや、これはですね」

「ご無沙汰しています、石橋先生」

「はっ、み、水瀬さん」

「先生、これは不穏当な集まりなどではないことは私が保証します。大目に見てあげて下さいませんか」

「はい。水瀬さんがそうおっしゃるのなら。………あー、相沢。儂も手伝おう。何をすればいい?」

「え? じゃあ、向こうの栞…美坂達の方を手伝ってくれませんか」

「うむ、心得た」

「…名雪、石橋先生って…」

「うん。お母さんのファンなんだよ」

 ・
 ・

「よいしょ、よいしょ…ふぅ、ふぅ」

「栞ちゃん、力仕事は俺に任せておいてくれよ」

「はぁ、はぁ、はい…。ありがとうございます、北川さん」

「いいってことよ」

「…北川さんって、優しいんですね」

「え? そ、そうかな」

「………………………………………………………………………」

「うわ! みっ、美坂、いつからそこに!?」

「…ずっといたわ。北川君、あたしにそんな優しい言葉を掛けてくれたこと、一度もなかったわね?」

「い、いや、それはだな」

「栞と違って、あたしはたくましいとでも言いたいのね」

「ギク」

「………。そう、分かったわ」

「ま、待ってくれ! 違うんだ、美坂!」

「これからの北川君との付き合い方、少し考えさせてもらうから」

「だから待っ」

「なに? あんまり、馴れ馴れしく話し掛けないで欲しいんだけど」

「あああああああああ!」

 ・
 ・

「わーい、わーい」

「真琴、あんまりはしゃいでいると、危ないですよ」

「平気へいきー。…わっ」

 ずるっ

「あっ、真琴っ」

 がしっ

「あ……あぅ?」

「あ…。あ、ありがとうございます、斉藤先輩」

「ああ」

「…ほ、ほら、真琴。ありがとうございますは?」

「う、うん。…あ…ありがと…」

「成り行きだ、気にすることはない」

「あぅ。…あ、行っちゃった」

「………」

「美汐、どうしたの? ぼーっとして」

「……ほぅ」

「…み、美汐? 顔が赤いよ?」

「……素敵な方」

「え」

 ・
 ・

 ざくざく

「…ぜぇっ、ぜぇっ……し、死ぬ……」

「…次はここ」

「はぁ、はぁ、…ま、待ってくれ川澄。少し、休ませてくれ」

「…休んでいる暇はない」

「…川澄…私に、何か恨みでもあるのか」

「……。……別にない」

「なぜ目線を逸らす?」

「久瀬さん、がんばって下さいねー」

「はいっ、倉田さん! さ、川澄。どいていてくれたまえ」

 ざくざく

「……佐祐理、ないす」

「あははーっ」

 ・
 ・

「おう、誰かと思えば相沢の祐ちゃんじゃないかい。こんなところで何してんだい」

「あっ、おっちゃん。ちょっと、探し物をさ」

「そうかい。なんだか大変そうだな。よっしゃ、俺っちも手伝うぜ」

「えっ。でもおっちゃん、屋台は?」

「ンなことは、気にすんな。祐ちゃんが困ってるみたいだからな、迷惑かも知んねーが、まあ手伝わせてくれや」

「おっちゃん…」

「なんでい、その湿気た顔は。こういう時ぁ、もっと嬉しそうにしとけよ」

「う、うん。ありがとう、おっちゃん」

 ・
 ・

「よいしょ、よいしょ」

「あれぇ。栞ちゃん、何してるの〜?」

「あ、めぐみちゃん。知り合いの人の探し物を、手伝ってるんです」

「そぅなんだぁ。ねぇ栞ちゃん、私も手伝っていいかなぁ?」

「はい、もちろんです」

「わぁ」

「栞ちゃん、その子は?」

「私のお友達で、巫女原めぐみちゃんです。めぐみちゃん、この人は北川さん」

「巫女原めぐみです〜。北川先輩、宜しくお願いします〜」

「北川潤だ。よろしく、巫女原さん」

「…ねえ栞ちゃん、北川先輩って、格好良いね」

「へ?」

「わっ、めぐみちゃん、大胆なアプローチですね」

「えへへぇ」

「…いや、ええと…。まいったな」

「……………………………………………………………………………………………………………」

「うわ! みっ、美坂!?」

「誰、あなた」

「みっ…」

「あたしに、北川なんて知り合いはいないわ」

「おあああああああああ!!」

 ・
 ・

「ふう」

「祐一、ちょっとがんばりすぎだよ。少し休んだ方が…」

「いや、まだ大丈夫だ」

「でも」

「みんなが手伝ってくれてるんだ。俺が休んでたら申し訳ないだろ」

「祐一…」

「でもみんな、人がいいよな。穴掘りの手伝いをしてくれるなんて」

「違うよ、祐一」

「何がだ」

「みんな、祐一のことが好きなんだよ。だから、困っている祐一のために何かしてあげたいって思って、手伝っているんだよ」

「…そうか」

「うん」

「……俺、この街に帰ってきて良かったよ」

「そう思ってくれたら、わたし達も嬉しいよ」

「よし、もう一頑張りだ」

「おっけーだよっ」

 ・
 ・

「祐一君、みんな…」

「あゆちゃん。祐一は、あゆちゃんのためにがんばってるんだよ」

「…うん」

「あゆちゃん、祐一のことを好きなんだよね」

「えっ、えっ…、え、ええと…」

「あゆさん、私に言ったじゃないですか。好きだっていう気持ちを恥ずかしがることなんてないですよ」

「…うぐぅ…。…う、うん…」

「じゃああゆ、あたし達と一緒に祐一の所に帰ろうよ」

「……」

「ねえ、あゆちゃん。わたし達も、あゆちゃんと同じなんだよ」

「え?」

「祐一さんが大好きなんです。祐一さんが幸せになってくれると、私達もとっても幸せなんです」

「…だから、祐一のところに帰って上げて」

「それと、もう一つ理由があるわよぅ」

「うん、そうだね真琴。わたし達も、あゆちゃんが好きだってこと」

「えっ」

「あゆさんが帰ってきて、祐一さんは幸せになって、私達も幸せ。一緒にあゆさんも幸せになって、私達ももっと幸せになってと、良いこと尽くめですよ」

「…いいことは、いくらたくさんあっても困らない」

「そういうことだから、あゆちゃん。一緒に帰ろうよ」

 みんな…。

「…うぐっ…、…ありがとう…名雪さん、栞ちゃん、真琴ちゃん、舞さん」

 …でも…。

「…でも、だめなんだ」

「えっ」

「どうしてですか?」

「…ボクはもう、帰れないんだ。…天使さんの力も、もう残っていないから…」

「…わたし達を、助けたから?」

「うん…」

「そんな…」

「……あっ!」

 ………。

「…時間が来ちゃったみたいだ」

「時間って…あゆちゃん、まさか!?」

 …ボクの身体が、ゆっくり宙に消えていくのが分かる。

「あゆさんっ!」

 ボクは精一杯の笑顔を浮かべて、

「…みんな、本当にありがとう。みんなの気持ち、ボクは本当に嬉しかった」

「あぅーっ。なによ、そんなこと言われても、ちっとも嬉しくないわよぅ」

「そうです、あゆさん。私達、お礼を言ってもらいたくてここに来たんじゃありませんっ」

「…ゴメンね、みんな」

「だめだよあゆちゃん、諦めないで!」

「…ボクも、みんなのことが大好きだから」

「あゆさんっ!」

「…さようなら………」

 …………

 ………

 ……

 …

「…そ、そんな…。…あゆさん…どうして…」

「…栞、まだ諦めちゃだめ」

「…舞さん…」

「そうだよ、栞ちゃん。だめだって思ったら、本当にだめになっちゃうよ」

「……。…そう…ですよね。まだ、まだ大丈夫ですよねっ」

「もちろんだよ」

「当ったり前よぅっ」

「うんっ。じゃあ、みんな。わたし達、みんなあゆちゃんに助けてもらったんだよね」

「はい」

「うん」

「…(こく)」

「今度はわたし達の番だよ。わたし達が、あゆちゃんを助けるあげるんだよ」

「はいっ、名雪さん」

「分かってるわよぅっ」

「…(こく)」

 ・
 ・

 …暗いよ

 …寒いよ

 …恐いよ

 …寂しいよ

 身体が動かせない。

 頭を下にして、真っ直ぐにまっ暗な空間を堕ちていく。

 どんどんと、どんどんと…

 眼を開けて下を見ると、一際暗い色をした渦のような物が見えた。

 …あそこに飲まれたら、きっともう助からないな…。

「…うぐぅ」

 覚悟はしていたつもりだったけれど、やっぱり恐かった。

 でも後悔はない。ボクは、祐一君が幸せになるお手伝いが出来たんだから。

「…さよなら、祐一君」

 …ボクは、静かに眼を閉じた。

「…………………………………………………………………ぁゅ〜」

 えっ?

 今、誰かがボクを呼んだような…。

「………………………………………………あゆちゃーん」

 まただ…。

「…………………………………あゆさ〜ん」

 …空耳にしては、ずいぶんはっきり…

「…………あゆっ!」

 どさっ!

「わああーっ!」

 いきなりのし掛かられて、ボクは心臓が停まりそうなほど驚いた。

「真琴、落っことすんじゃなくて、引き上げるんだよっ」

 名雪さん?

「あ、あぅー…。ごめんなさい…」

 真琴ちゃん?

「真琴さんも、名雪さんも、舞さんも速いですよ〜」

 栞ちゃん?

「…ゆっくりしてはいられないから」

 舞さん?

 ボクの周りに集まったみんなは、ボクを優しく抱きかかえるようにして、暗い空に浮かび上がった。

「…み、みんな……」

「なあに、あゆちゃん」

 な、何から訊けばいいのかな…

「みんな、どうしてここに?」

「もちろん、あゆさんを助けるためですよ」

 あっさり言う栞ちゃん。ボクは驚いて、

「え…。だ、だめだよ、みんなっ。危ないよ、早く帰ってっ」

「うん。こんなイヤーなとこ、すぐ帰るわよ。あゆと一緒にね」

 明るい笑顔で言い切る真琴ちゃん。

「…だから、それは…うぐぅ、そ、それと、…その羽は?」

 そう。みんなの背中には、真っ白い羽が生えていた。

「よく分からないよ」

 ほぇっと答える名雪さん。

「はい。あゆさんを追い掛けようって思ったら、背中に生えていました」

 いいの、そんなあっさり受け入れて? と訊ねる前に、

「…話しは、後」

 舞さんが、下を見下ろしながら、恐い顔で言った。

「どうしたの?」

「…………。…来る」

 舞さんが言った途端、真下の渦から、土色に干涸らびた腕が伸びてきて、ボクの脚を掴んだ!

「わーっ!」

 冷え切ってガサガサした腕は、ボクの脚をすごい力で引っ張った。

「あゆちゃんっ!」

 慌ててみんながボクの身体にしがみついて、ボクを支えてくれた。

「…う、う…、す、すごい力ですっ」

「あぅー」

 みんなが苦しそうにボクを支えて飛び続けている。

「離して、みんなっ。このままじゃ、みんなも落っこちちゃうよっ!」

「いやだよっ」

「嫌です!」

「イヤよぅっ」

「…嫌」

 間髪入れず、断るみんな。

「…ど、どうして、みんな…」

「帰るのなら、あゆちゃんも一緒だよ」

「そうですっ」

 背中の羽を一生懸命に羽ばたかせながら、無理矢理に笑顔を作る名雪さんと栞ちゃん。

「みんな…どうして、ボクなんかのために」

「…なによぅ、それっ! 真琴達ががんばっているのに、『ボクなんか』なんて言うなーっ!」

 真琴ちゃんが本気で怒った顔をして、大きな声で怒鳴った。

「うぐぅ」

「…みんな、あゆは任せた」

「えっ、舞さん?」

 舞さんはボクから手を離して、どこからか長い剣を取り出した。

「……せぃっ!」

 ズドッ! 舞さんの剣が閃き、ボクの脚を掴んでいた腕が断ち斬られた。

「わっ。すごいです、舞さん」

「…まだ来る」

 舞さんの言葉通り、黒い渦の中から何本もの腕が伸びてきた。

「あぅーっ」

「真琴、怖がってないで、少しでも上に行くんだよ」

「わ、分かってるわよぅ」

 名雪さんと栞ちゃんと真琴ちゃんの羽が羽ばたき、ゆっくりボクの身体が上にあがっていく。

「…せぃっ、たっ!」

 ズドッ、ザスッ! 舞さんはボクの真下を護りながら、押し寄せる腕をたった一人で切り返している。

「…くっ!」

 捌ききれなかった腕の一本が、舞さんの腕を傷付けた。

「舞さんっ!」

(…私はずっと、自分は普通になれないと思っていた)

 …え?

(…特別な『力』がある私は、普通の女の子のようになれないと思っていた)

 これは…舞さんの声…想念?

(…でも、それは間違いだったって、祐一や佐祐理や、みんなが教えてくれた)

(…佐祐理は、私よりずっと上手に料理を作ることが出来る)

(…祐一は、可笑しいことを言ってみんなを楽しませてあげることが出来る)

(…そして、私は剣を振るって、みんなを護ることが出来る)

(…みんなが、特別な『力』でお互いを助け合っている)

(…それが当たり前。それが普通。みんなで助け合うことが、本当の普通)

(…あゆ。あゆがあゆの『力』で私を助けてくれたように、私も今、私の『力』であゆを助けたい)

「…舞さん…」


(…あゆさん)

 栞ちゃんの声だ。

(私、あゆさんに憧れていました。いつも元気いっぱいなあゆさんが、すごくうらやましかった)

(生きる気力を失くし掛けていた私には、明るいあゆさんはとっても素敵に見えて…少し、妬ましかったです)

(私は、あゆさんと祐一さんに元気を分けてもらって、あゆさんのようになりたいって思って、がんばりました)

(あゆさん、祐一さん、お姉ちゃん、名雪さん、お母さん、お父さん、めぐみちゃん…みなさんのおかげで、元気になりました。あゆさんに負けないぐらい、元気になれました)

(でも、それなのにどうして、あゆさんがいなくなってしまうんですか)

(私が元気になれた代償に、あゆさんがいなくなってしまうなんて、絶対に嫌です。そんなの、おかしいです)

(あゆさん、お願いです。元気で明るいあゆさんを、もっと私に見せて下さい。元気になった私を、見て下さい)

「…栞ちゃん…」


(…あぅ…。あたし頭が悪いから、あんまり上手に言えないけれど…)

 真琴ちゃんの声だ。

(あたし、あゆのことが好きだから。あゆがいなくなるのは、絶対にイヤ)

(美汐とか、秋子ママとか、名雪とか。…ついでに祐一とかと一緒で、大好きだから)

(だから、一緒にいたい。ずっと、ずぅっと一緒にいたい!)

「…真琴ちゃん…」


(あゆちゃん)

 名雪さんの声だ。

(ねえ、あゆちゃん。奇跡って、なんなのかな)

(お母さんが事故の後遺症もなくて元気になったこと。栞ちゃんの病気が完治したこと。真琴が元気に帰ってきたこと。舞先輩の大怪我が治ったこと…みんなが『奇跡だ』って言っていたよ)

(でもわたし、そうは思わない。よく分かんないけど、違う気がするんだよ。奇跡って、そんな大袈裟なものじゃなくて、もっと当たり前にあるものなんじゃないかなって)

(お母さんとかみんなに聞いたよ。あゆちゃんがみんなの所にも行って、励ましてあげたり、いっぱい頑張っていてくれたこと。わたし、それを聞いてあゆちゃんを尊敬したよ)

(あゆちゃん。わたしね、7年前にあゆちゃんを失って傷付いていた祐一を見て、『なんてわたしって無力なんだろう』って思ったよ)

(祐一を慰めてあげられない自分が、悔しくてしょうがなかった。ずっと、ずーっとそう思っていた。…祐一が帰ってくるまで、そう思っていたよ)

(このあいだね、祐一が言ってくれたんだよ。『名雪がいなかったら、俺はどうなっていたか分からないな』って)

(わたし、何となくだけど分かったんだよ。自分が傲慢だったってこと。わたし一人で祐一を支えてあげられることが出来るって、本気で考えていたんだって。…すごい自惚れだよね)

(人が、誰かを一人で支えてあげるなんて、そんなこと出来るわけがないんだよ。ううん、きっとそんなことする必要もない)

(たくさんの人がほんの少しずつ、お互いを支え合っていればいいんだよ。わたし、祐一、お母さん、みんなで。それが当たり前の形なんだよ)

(疲れたときは肩を貸してもらう。寂しいときは側に寄り添っていてもらう。元気なときは自分が支えてあげる。人はきっと、ずっと昔からそうやって生きてきたんだよ。お互いを支え合って、世界を創ってきたんだよ)

(お互いを支え合う、小さな力。世界を創り、未来を生み出す力。それが人の持つ本当の力、本当の奇跡なんじゃないかな)

(『出逢いは奇跡』っていう言葉があるけれど、きっと本当のことなんだよ。信頼して、お互いを支え合える相手と出逢えることは、本当の奇跡だって思えるもん)

(代償が必要な、大袈裟な奇跡なんて要らない。わたしが欲しいのは、出逢えた奇跡を大切に出来る、大好きな人たちと創る未来そのものだけだよ)

(だからあゆちゃん、あゆちゃん一人でわたし達を支えるなんて、無理なことはしなくてもいいんだよ。わたし達だって、あゆちゃんを支えてあげられるんだから)

(あゆちゃん、帰ろうよ。そうして、一緒に生きていこうよ)

「名雪さん…」


「あぅーっ」

「きゃーっ!」

 いつの間にか、数え切れないほどの腕が渦の中から伸びて、ボク達を捕まえようとしていた。

 もう腕はボクだけじゃなく、みんなも一緒に捕まえて渦の底に引きずり込もうとしているみたいだった。

「…せぃっ、はぁっ! …くっ!」

 目にも停まらない速さで剣を振るい、腕を薙ぎ払っていく舞さんの身体は、もう傷だらけになっている。

「…うーっ、負けないよ。あゆちゃんは、わたし達のものなんだから!」

 名雪さん。

「そうですっ。あゆさんは渡しませんっ」

 栞ちゃん。

「欲しくたって、絶対にあげないわよぅっ! べぇーっ、だ!」

 真琴ちゃん。

 ボクを支えているみんなも、懸命になって飛んでいる。

「みんな………」

 みんな、ボクのためにこんなにがんばってくれている。

「………ボクは」

 ボクはみんなにあんなに偉そうなことを言っていたのに、諦めようとしていた。

「…ボクも」

 背中が熱い。

「…ボクも、ボクも生きていきたい!」

 ボクの背中から広がった光り輝く翼が、みんなを包み込んだ。

「祐一君、名雪さん、栞ちゃん、真琴ちゃん、舞さん…大好きなみんなと、もっと一緒にいたいよ!」

 広がった翼から放たれた光を浴びると、渦から伸びた腕は霞むように消え去ってしまった。

「…あゆちゃん」

「…あゆさん」

「…あゆー」

「…あゆ」

 みんなが、ボクを支えてくれたみんなが、ボクを優しく見つめてくれている。

「…うん。…帰ろう」

 みんなが、うなずいた。

 みんなで手を繋いで、『帰りたい』と思った瞬間、すごい速さでボク達の身体が浮かび上がっていって…

 ・
 ・

 ……「おかーさん、あのきれーなおねえちゃんたち、だぁれ?」

 ……「え? …どこ?」

 ……「ほら、あの森のうえで、手をつないで、にこにこわらってるおねえちゃんたちー」

 ……「…………。……あれは、あれはね」

 ……「うん」

 ……「……天使よ。絵本に描いてあったでしょう?」

 ……「わあ、あれが天使さんなんだぁ」

 ……「ええ、そうよ」

                                        愛の劇場『天使になった女の子』 最終幕:完 

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 星牙でございます。エピローグに続きます。


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