愛の劇場『お茶目な秋子さんR誕生日編 後日その参』
愛の劇場『お茶目な秋子さんR誕生日編 後日その参』
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寒くなる前に出ましょうかという秋子さんの提案に従って、三人揃って家を出た。
「じゃあ、行きましょうか」
「れっつごー、だよっ」
当たり前のように俺の両腕を取る名雪と秋子さん。俺を真ん中に、秋子さんは右隣、名雪が左隣になって歩き出した。
歩き始めてすぐに、名雪が腕を引っ張ってきた。
「ねえねえ、祐一」
「うん?」
名雪はきらきら光る瞳で俺を見上げて、
「おんぶして」
「却下」
「うー。じゃあ、抱っこ」
「棄却(一秒)」
「うー、新しい技だよ〜」
ぷくっとほっぺたを膨らませて拗ねる名雪。
今度は秋子さんが俺の腕を引っ張って、
「祐一さん、今晩は何を食べたいですか?」
「名雪と秋子(一秒)」
「了承(0.0003秒)。うふふ、たっぷりお召し上がり下さいね♪」
ほほを赤らめながらにっこり微笑み、微かに躰を震わせる秋子さん。
「今度はお前か、名雪ーっ!」
三行上の答えは、俺じゃなくて名雪だ。
「秋子さんも、とんでもない速さで返事をしないで下さいっ」
「あらあら、うふふ」
「でも、元気がいっぱい出るご飯がいいよね。赤マムシとか、スッポンとか」
何事もなかったよーに話しを続ける名雪。
「そうね…少し遠くの漢方薬局に行けば、そういう食材もあると思うけど」
ほほに手を添えた秋子さんが、考えながら返事を返す。
「じゃあ行こうよ。お料理は、わたしも手伝うし」
「ええ、そうね。そうしましょうか」
微笑みながら、秋子さんもうなずく。
「それで、その後は勿論…えへへ♪」
「うふふ♪」
うっとりと媚笑を浮かべて、二人同時に俺を見つめる名雪と秋子さん。
「……」
買い物に行く途中の会話としては、微妙な線を行ったり来たりしているよーな気がするのは、俺の思い過ごしなのだろーか。
先にその漢方薬局に行きましょうという話しになり、駅向こうまで行くことになった。
「こっちが近道なんです」
小径を指し示し、秋子さんが裏路地に入った。
「ここらへんは、わたしもあんまり来ないからよく分かんないな」
俺の腕を掴んで、名雪が小声で呟く。
「二人とも、はぐれないようについてきて下さいね」
秋子さんが、俺の手を引っ張りながら言った。秋子さん、俺、名雪の順に、ぞろぞろと狭い道を歩く。
「こっちです」
昼尚暗い裏路地を、迷うことなく進んでいく秋子さん。
あからさまにいかがわしい系の店が建ち並ぶ、ホテル街に入った。……なんか、イヤな予感がしてきたぞ。
「ここで少し休んでいきましょうか」
「って、自然な仕草でホテルに入ろうとしないで下さいっ!」
俺の手を握ったままホテルに入ろうとする秋子さんの腕を、引っ張って引き留める。
「いいじゃありませんか。たまには、こういうところでするのも趣がありますよ」
のほほんと微笑んで答える秋子さん。
「お、趣って、その…そういうことをし始めたのは、昨日からでしょうが」
「へえ、これそういう建物なんだ」
建物をしげしげと見上げていた名雪が、ほえっとした口調で言った。
「わたし、入ったことないから、ちょっと中を見てみたいなぁ」
恐ろしげなことを言い出す名雪。
「そう? じゃあ入ってみましょうか」
いつもの柔らかい微笑みを浮かべたまま、秋子さんが優しく訊ねた。
「うん」
「って、あっさりうなずくな、名雪!」
「うふふ。勿論、祐一さんも一緒ですよ♪」
秋子さんがキラリと瞳を輝かせながら言った。
「え!? ちょ、ちょっと?」
俺の後ろに回った名雪が、背中を押した。
「ほら祐一。早く入ろうよ」
「うふふ」
秋子さんはにこにこ柔らかい笑顔を浮かべたまま、凄まじい力強さで俺の腕を引っ張っていく。
「おっ、おい名雪っ。秋子さんもっ……あ――」
・
・
「……はぅ」
「…ん…はぁ…」
もつれ合うように絡み合ったまま、うっとりと吐息を漏らす名雪と秋子さん。二人の躰を薄暗い電灯が照らしている。
「…ねえ、お母さん。こういうところに居ると、何にもしないでいても、そういう気持ちになっちゃうね」
名雪がほにゃっとした表情で、呟くように言った。
「そうねぇ…」
物憂げに微笑み、うなずき返す秋子さん。そういう気持ちって、どんなんだよ。
「えへへ…気になる?」
名雪がにんまりと媚笑を浮かべ、訊ねてきた。声に出していたらしい。
「いや、知りたくない」
「遠慮しないでいいよ…教えてあげる」
そう言って、ゆらりと躰を起こす名雪。秋子さんもその隣で、ふらりと躰を起こした。
「それは…こういう気持ち♪ えーいっ♪」
「それーっ♪」
がばっと覆い被さってくる名雪と秋子さん。
「あ――」
・
・
「んーっ…いい風」
「うふふ、そうね」
血色のいい顔に、晴れ晴れとした笑顔を浮かべた名雪と秋子さんが、ホテルの建物の前で微笑み合った。
「……」
普段の5倍ぐらいの重力を感じながら、壁に寄り掛かって躰を支える俺。
「少し遅くなっちゃったけど、まだ平気だよね」
「ええ。確か、夜九時まで開いているはずだから、大丈夫よ」
秋子さんがスカートのポケットから時計を取り出して、それを見ながら答えた。
「なぁんだ。じゃあ、もっとゆっくりしてもよかったね」
「そうね。でも、これ以上遅くなると、晩ご飯の準備も遅くなってしまうし」
「それもそうだね」
ほえっとうなずいた名雪は、ぐったりしている俺に歩み寄って、
「じゃあ、行こっか」
にっこり微笑み、俺の腕を取った。
「うふふ」
秋子さんも反対側の腕を取って、柔らかく微笑む。
「うう…もう少し休ませてくれ〜」
泣き言を言うと、名雪はほえっと小首を傾げて、
「え? 今までずっと『ご休憩』してたのに、まだ休み足りないの?」
「いや、そーじゃなくて」
「もう少し、何処かに寄りますか? 同じ建物ですと少し気恥ずかしいですし、余所にでも…」
秋子さんが瞳をきらきら輝かせながら言う。
「だから違いますっ」
そんな漫才のようなやり取りをしているうちに、俺の体力も幾らか戻ってきて、三人でまた歩き出した。名雪と秋子さんは、残念そうだったけど。
普段はあまり来ない、水瀬家とは駅を挟んだ向かい側にある商店街に着いた。
「るんたった〜、るんららら〜♪」
名雪が俺の腕にしがみついたまま、のんびりしたテンポで歌を唄っている。
「るるら〜る〜る〜…あ」
ふと、名雪の歌声が途切れた。名雪の横顔をうかがってみると、名雪は真っ直ぐに前を向いている。
「?」
名雪の目線を追って見てみると、赤ん坊を抱っこした若い女性が、商店街の向こうから歩いてきていた。
その女性は俺達三人のことは気に留めずに、すぐに通り過ぎて、すれ違った。俺はしばらく歩いて、女の人が充分離れてから、名雪に話し掛けた。
「なあ名雪。今の人、知ってるのか?」
「うん。わたしの、本当のお母さん」
名雪は前を向いたまま言った。冷水を頭から被ったような寒気に襲われる。
「…う、嘘だろ?」
「うそだよ」
ぺしっ。
「うー、祐一がぶったー」
頭を押さえながら、非難がましい視線を向ける名雪。
「どうしてあの人に気を取られていたんだ」
「うー、祐一が何事もなかったみたいに話しを進めてるよー」
俺が無言で腕を振り上げると、名雪は『ひゃっ』と言って頭を押さえた。
「えっとね、女の人じゃなくて、赤ちゃんを見ていたんだよ」
「赤ん坊? なんでまた」
名雪は寂しげに瞳を伏せて、
「うん…あの子、わたしの赤ちゃ」
ぺしっ、ぺしっ。
「うーうー、祐一が最後まで聞かずに、しかも二回もぶったー」
叩かれた頭を撫でながら、名雪が唇を尖らせた。
「いいから、真相を言え」
ドスの効いた声でそう言うと、名雪は首を竦めて、恥ずかしそうに口を開いた。
「あのね…わたしも、赤ちゃんが欲しいなぁって」
もじもじしながら、可憐な仕草で、俺を上目遣いに見上げる名雪。
「……。名雪、赤ん坊が可愛いからって、連れて帰ってきたら駄目だぞ。それは未成年者略取という立派な犯罪だ」
「そんなことしないよ。わたし、祐一の赤ちゃんを産みたいんだよ」
むーっと唇を尖らせて、名雪が反論した。
「…分かってる。俺だって名雪との付き合いはそこそこあるんだからな」
名雪はぱっと顔を輝かせて、
「じゃあ、作ろう」
「待て! なんでそこまで飛躍するっ。夏休みの工作みたいに言うなっ」
「うー」
「祐一さん、子どもはお好きですか?」
俺と名雪のやり取りを見つめていた秋子さんが、柔らかく微笑みながら訊ねてきた。
「え? うーん……まあ、好きです」
好きか嫌いか考えれば、好きな方だ。
「そうですか…そうでしょうね」
何か納得するようにうなずいて、にっこり微笑む秋子さん。
「なんでですか?」
「うふふ。祐一さんが名雪達に接している様子を見れば、それもうなずけると思ったんです」
秋子さんはほほに手を当てて、いつもの仕草で微笑んだ。
「あっ、そうなんだ。じゃあ作ろうよ。早速、今日お家に帰ってから」
俺の腕にしがみついた名雪が、勢い込んで言った。
「だから、どうしてそうせっかちなんだ、お前は」
「祐一さん」
秋子さんが俺の腕を引っ張る。
「はい?」
「…私も、更年期を迎える前に、もう一人ぐらい生んでみたいんですけれど」
はにかむように俯きながら、秋子さんが小声で囁いた。
「え!?」
「わたし、最初は女の子がいいな。勿論、男の子でもいいけど…あっ、でも男の子で祐一に似ちゃったら、女の子に意地悪するえっちな子になっちゃうかも」
名雪は瞳をきらきらと輝かせながら、何やら勝手な未来を想い描いている。
「ねえ、お母さんはどっちがいいと思う?」
「うふふ。私は、どちらでも構わないと思うけど。でも男の子でも女の子でも、名雪に似てしまうと、お寝坊さんが増えることになってしまうわね」
のほほんと受け答えする秋子さん。
「うー…ひどいよ、お母さん」
名雪はふにゅうと鼻を鳴らして拗ねた。
いつの間にか、赤ん坊がどうのという話しになってしまっている。
名雪と秋子さんの二人と俺とで子どもが出来たら、全員が全員とも、のほほんほえほえとしていそうだな。名雪と秋子さんは勿論、俺も躾けとかには甘そうだし。
「って、真剣に考えてどうする」
まあ俺だって、いつかは父親になってみたいとは思うけど、もう少し先の話しだろう。
「…はっ」
ふと気が付くと、名雪と秋子さんがきらきらした瞳で俺を見つめて微笑んでいた。
「えへへ、祐一もその気になってくれたみたいだし、わたし頑張るよっ」
胸の前でぐっと握り拳を作って、力強く決意をする名雪。
「私も、少し張り切りましょうか…うふふ」
ほほに手を添え、にっこり微笑んだ秋子さんの瞳が、キラリと輝いた。
「え」
また口に出してしまっていたことは、想像に難くない。
「そうと決まれば、急いでお買い物して、家に帰ろうよ」
「ええ、そうね」
がしっ、がしっと左右の腕を取られた。そのまま、ずるずると引きずられ始める。
「あ、あの、二人とも?」
「うふふ。祐一さんがその気になってくれて、私も嬉しいです」
秋子さんが、少し興奮した面持ちで微笑んだ。
「わたし、頑張っていい子を産むよ。だから祐一も、そのために頑張ってね」
名雪も活き活きと顔を輝かせて、『ふぁいとっ、だよ』と言った。
「ちょっ、ちょっと…おーい」
・
・
「はぅん…………えへへ…祐一ぃ〜」
「うふふ…だめですよ祐一さん、もっと頑張って下さらないと…」
「…ぅぅ…もう無理…」
「大丈夫。ふぁいとっ、だよ♪」
「ふぁいとっ、です♪」
「あー」
子どもが出来るより早く、俺が枯死してしまうー。
・
・
「…はぅ」
窓から見える西日が、真っ黄色だ。
「えへへ〜」
「うふふ」
名雪と秋子さんは全身を真っ赤に火照らせて、うっとりとした表情で俺に躰を寄せている。
「よいしょ」
名雪が裸のまま、俺にまたがってきた。
「お、おい」
「えへへ…祐一ぃ〜」
ほにゃっと微笑み、甘えた仕草で頬ずりし始める名雪。お餅のように柔らかい名雪のほっぺたの肉が、ふにふにと…うう。
「あらあら、うふふ。名雪は甘えん坊さんね」
「うー、そうかな」
秋子さんに指摘され、名雪も気恥ずかしそうにもじもじした。
「でも、祐一の躰って温かいし、こうしているとすっごく気持ちがよくて、落ち着けるんだよ」
俺は落ち着かない。
「お母さんもしてみれば分かるよ。きっと、病み付きになるよ」
「そう? それじゃあ、ものは試しとも言うし、私もしてみようかしら」
秋子さんがほほに手を添えてにっこり微笑み、恐ろしげなことを言いだした。
「あの、ちょっと」
俺の呼び掛けを軽やかに聞き流し、名雪と入れ違いに俺にまたがる秋子さん。
「うふふ、失礼しますね」
「あの、秋子さん…ああーっ」
豊潤な質感に満ちた肢体が、包み込むように覆い被さってきた。
「うう〜」
秋子さんの熟れた躰は火照って熱くなっていて、得も言われぬ柔軟性と共に、秋子さんの体温がじんわりと伝わってくる。
「はふぅ…」
「ね、気持ちいいでしょ?」
うっとりとした表情で自然に甘い吐息を漏らした秋子さんに、名雪はにっこり微笑みながら訊ねた。
「ええ…そうね」
秋子さんは潤んだ瞳で名雪に微笑み掛けて、すぐに俺に向き直った。
「ふぅっ…祐一さん…」
媚笑を浮かべた秋子さんの相貌が、ゆっくり近付いてきた。
「あ、ちょっ…んぐ」
流れるような自然さで、秋子さんの唇が俺の唇に重なる。
「ん…ん、うぅん」
秋子さんは小さくのどを鳴らして、舌を俺の口の中に差し込んできた。
「う…ん」
秋子さんの舌は俺が応えるまでもなく、とろとろと口の中を滑るように動き回る。
「んんっ…ふ、ぅんっ…ちゅ、んちゅっ…ぅん、んんっ…ふぅっ、んん…ちゅ」
俺と秋子さんの唇の端から、唾液の混じり合う湿った音が漏れ出て、頭がぼーっとしてきた。
「んっ…ちゅ…、…ふぁ」
秋子さんが唇を浮かせて、熱い溜め息を漏らした。秋子さんの熱く潤んだ瞳と、眼が合う。
「うふふ…好きですよ、祐一さん…」
うっとりと瞳を細めて、情熱的に囁く秋子さん。
「はい…俺も、秋子さんのことが、好きです」
ぼんやりしたまま、返事を返す。
「ありがとうございます」
にっこり微笑んだ秋子さんと、軽く触れるだけのキスをした。
「うー…わたし、放置ぷれいだよ。さすが祐一、7年間もわたしを放ったらかしにしていた手腕は伊達じゃないよ。放置ぷれいのえきすぱーとだよ」
置いてけぼりになっていた名雪が、ベッドの端で拗ねていた。
名雪の気を逸らすために、何か話題を探す。
「え、ええと…秋子さん、俺のこといつごろから、その…好きになってくれたんですか?」
「うー、祐一があからさまに話しを逸らしてるよ」
普段はのほほんほえほえなのに、こんな時ばかり鋭い名雪。
「うふふ、そうですね…いつぐらいからでしょうか」
秋子さんは俺の話しに乗ってくれて、考え込むようにほほに手を当てた。
秋子さんはしばらく黙って考え込んでから、
「32年前からですね」
「まだ祐一、生まれてないよ」
日頃のボケっぷりからは想像もできないような、的確な突っ込みを入れる名雪。まだ怒っているのだろーか。
「冗談よ」
のほほんと微笑み、名雪の突っ込みを受け流す秋子さん。
「正直に言いますけど、よく覚えていません。……ずいぶんと前からです」
秋子さんは小声で呟くと、可愛らしくはにかむように瞳を伏せた。
「…秋子さん」
秋子さんの可憐な仕草に、胸の奥が疼くように熱くなる。
「うー、わたしだって、ずぅっと前から祐一のこと好きだったもん」
名雪がぷくっとほっぺたを膨らませて、憮然とした表情で言った。
「それなのに祐一は、全然わたしとお母さんの気持ちに気付かないで…にぶにぶだよ」
「すまん。それに関しては、謝る」
素直に頭を下げると、名雪も機嫌を直してにっこり微笑んだ。
「名雪は、秋子さんの気持ちに気付いてたのか」
「うん」
俺の横に寝そべって、こくんとうなずく名雪。
「もちろん、なんとなくだけどね。お母さんが、わたしとおんなじ眼で祐一を見てるって」
「あら、そんなに分かりやすかったかしら」
秋子さんは恥じ入るように顔を伏せて、名雪に訊ねた。
「うーん、どうかなあ…やっぱり、同じ人を好きになったからなのかな」
名雪と秋子さんの会話は、当事者の俺としては気恥ずかしい。
「ねえ、祐一は全然気付いてなかったんだよね?」
「ああ」
そんなことに気付けるほど、俺は世慣れていない。
「ふぅっ………祐一はやっぱり石部金吉だよ」
重々しい溜め息を吐いて、名雪が呟いた。
「誰だ、そりゃ」
「うふふ。違いますよ、祐一さん。石部金吉(いしべきんきち)というのは、頭の固い融通の利かない人、転じて恋愛感情に疎い人のことです」
秋子さんが可笑しそうに微笑みながら、丁寧な注釈を入れてくれた。
「祐一、勉強不足だよ」
「ぬう」
俺が唸っていると、
「そうよ、相沢祐一君」
いきなり凛とした声が、背後から掛かった。
「へ?」
振り向いて見てみると、四角いフレームのメガネを掛けた秋子さんが、レンズ越しに俺を見据えていた。
「あ、秋子さん?」
秋子さんはメガネのフレームをついっと持ち上げて、
「いけません、相沢君。教師を名前で呼ぶなんて、馴れ馴れしいにも程がありますよ」
ぴしゃりと言い放った。
「きょ、教師?」
確かに、銀縁の四角いフレームのメガネを掛けた秋子さんは、美貌の女教師に見えなくもないけど、全裸なのは違うんじゃなかろーか。
取り敢えず、そのメガネはどこから持ってきたんですか、と訊くべきかと俺が考えていると、
「わ、お母さん格好いい」
名雪がピントのずれた感想を呟いた。
「お母さんが先生だったら、わたしは…うーんと、うーんと」
人差し指を唇に当てて、考え込み始める名雪。
「うーん…あっ、そうだ」
名雪はぱっと顔を輝かせると、
「えへへ……先輩っ♪」
がばっと飛び込むように抱き付いてきた。お湯の詰まった風船のような温かな柔らかみが、腕の中に収まる。
「うっ」
名雪は顔を上げて、潤んだ瞳で俺を見据えた。
「先輩…わたし、ずっと先輩のことを見ていました」
名雪の腕が、背中に回る。
「…好きです、先輩! わたしの気持ち、受け取って下さいっ」
ぎゅうっと力いっぱい抱き締めてきた。
名雪の躰の感触と、堂に入る演技に、頭がくらくらする。
「お、おい名雪、お前どこでこんなこと覚えたんだ?」
掠れた声で訊ねると、名雪はほえっと小首を傾げて考え込んで、
「この間学校の体育倉庫で、陸上部の後輩の子が、男子陸上部の部長さんとしてたよ」
おーい、うちの学校の風紀はどうなってるんだ。
「せ・ん・ぱ・い♪」
うっとりと顔をほころばせ、うずうずと躰を揺する名雪。柔らかな肢体が、ふにゅふにゅと押し付けられる。
「ああっ」
「…相沢祐一君、余所見はいけないわね」
細くしなやかな腕が、俺の背後から伸びてきた。次いで、弾力性のある柔らかな膨らみが二つ、背中に押し付けられる。
「はぅっ」
「そんないけない子は…私が、お仕置きしてあげる…」
秋子さんの艶めいた吐息が頭の後ろから吹きかけられ、耳朶をくすぐった。
「はぅぅっ」
秋子さんの細指が、俺の胸をくすぐるように撫でる。
「うー、祐一…じゃなくて、先輩、幸せそうな顔し過ぎですっ」
むーっと唇を尖らせて拗ねる名雪。
「先輩っ、わたしも見て下さいっ。……えいっ♪」
名雪は掛け声を上げると、躰を伸ばして、乳房で俺の顔を包んだ。
「むぐっ」
一体どういうシチュエーションなんだ、これは!? 背後からは美貌の女教師、正面からは朗らかな後輩が迫ってきていて…って、そのまんまだ。
「はぅんっ、せんぱぁい…♪」
「…うふふ、相沢祐一君…♪」
「あ――」
《エピローグに続きます》
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星牙でございます。
マキ「マネージャーの小原マキです」
作中で秋子さんが更年期がどうのとおっしゃってますけど、実際のところ、秋子さんの実年齢は…【ボヒュッ】
マキ「待て、その話題は…ああっ、既に灰になっている」
マキ「お読みいただきありがとうございました。それでは、ご機嫌よう」
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