愛の劇場『お茶目な秋子さんR誕生日編 後日その弐』

 @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 名雪がちょんちょんと俺の肩をつついた。
「ねえ、祐一。わたしは、祐一にとって妹なんだよね」
「そんなことまで話してたのか…うん、まあ、そんなふうに見えることもある」
「そうなんだ。じゃあこれからは祐一のこと、お兄ちゃんて呼ぶよ」
 名雪がいつものほえっとした表情で、恐ろしげなことを言いだした。
「…呼ばなくていい」
 脱力感に耐えながら答える。
「えー、どうして? 『お父さん』って呼んでいるときの祐一はすっごく優しいから、わたし『祐一』以外の呼び方がいいなぁ」
「そんな理由で呼称を変えるな」
「うー」

「祐一さん」
「はい?」
「これからは私のことは、お姉ちゃんと呼んで構いませんよ」
 ほほに手を添えて、にっこり微笑んだ秋子さんが、さらに恐ろしげなことを言い出す。
「え!?」
 秋子さんは可笑しそうに微笑むと、ずいっと身を乗り出した。
「うふふ…さあ、祐ちゃん、いらっしゃい」
 ゆったりと迎え入れるように両手を広げ、柔らかく微笑む秋子さん。
「怖がらなくてもいいのよ。みんなお姉さんに任せておいて…ね?」
 何を? とは怖くて訊けない。
「あ、あの、秋子さん?」
「うふふ…違うでしょう? お・ね・え・ちゃ・ん、でしょ?」
 俺の鼻先に人差し指を触れさせながら、蠱惑的な媚笑を浮かべる秋子さん。
「あ、あぅ」

 秋子さんのふくよかな胸元に、ふらふらと引き込まれそうになっていると、
「うー、わたし置いてけぼりだよ。……えい、おにぃちゃ〜ん♪」
 甘えた声を上げながら、名雪が負けじと抱き付いてきた。安易な『お兄ちゃん』ではなく、舌足らずな『おにぃちゃん』な点がポイントが高い(←?)。
「そうじゃないっ。離れ……あー」
 手遅れだった。

 ・
 ・

「んっ、んぁっ、あっ、あん……お、おにぃちゃぁ〜ん…わたしぃ、どんどんえっちになっちゃうよぉ…」
「…はっ、あ…んん、…ゆ、祐ちゃん…っ…、…そ、そう、上手よっ……あっ! …あっ、んんっ!」

 ・
 ・

「ふゅ〜…」
「…ぁはぁ…」
 名雪が大きく息を吐き、秋子さんが満足げな溜め息を漏らした。
「……」
 その二人の下敷きになっている俺を合わせて、三人でもつれ合うようにして寝そべる。

「…う、うう」
 名雪のお尻を押して左にどかして、秋子さんのわき腹を支えて右にどかす。
「あれ…どうしたの〜」
 うつ伏せになってお尻を向けたまま、首を振り向かせて訊ねる名雪。
「水」
 短く答えて、よろよろと躰を起こし、ベッドから降りた。何故か机の上に準備されている水差しからコップに水をそそぐ。
「…んぐ」
 むせないように気を付けながら、ゆっくりとのどを潤す。温めの水がうまい。
「……」
 秋子さんが火照ったほほに手を添えて、微笑みながら俺の行動を見つめている。

「はあ」
 コップから口を離して、一息つく。
「祐一、早くこっち」
 名雪がほえっと微笑んで、ぽすぽすと布団を叩く。…早くこっちと言われても困るんだが。
「えへへ〜…今度は、わたしが祐一のお姉ちゃんになりたいなぁ」
「は?」
「わたしが祐一のこと『祐ちゃん』って呼んで、それで祐一はわたしのこと『お姉さま』って呼ぶの〜」
 瞳をきらきらさせながら、物騒なことを言い出す名雪。
「待て。名雪は俺より年下だろ」
「祐一、いめーじぷれいに現実を持ち込むなんて無粋以外の何物でもないよ」
 そーゆーものなのだろーか。

「それじゃあ、私は祐一さんの『ママ』になろうかしら」
 秋子さんもにっこり微笑みながら呟く。
「え!?」
「じゃあ、決まりだね。お母さんが『ママ』、わたしが『お姉ちゃん』、祐一は『弟』」
 朗らかに微笑みながら言う名雪。俺の意見が求められることはないのか?
「あの、二人とも…」
 ガシッ! 言葉の途中で、名雪と秋子さんに腕を取られた。
「えいっ」
「それっ」
 勢いよく引っ張られて、名雪と秋子さんの待つベッドに引きずり込まれた。
「ああっ」
 素早くのし掛かってくる名雪と秋子さん。
「ちょ、ちょっと…あぅっ」
 たゆたゆ波打つ乳房が目の前に迫り、言葉を失う。
「えへへ…祐ちゃん♪ お姉ちゃんといっしょに寝ようね〜」
「うふふ…ほら、祐ちゃん…ママのおっぱいが欲しくない?」
 名雪と秋子さんのしなやかな肢体が、這うように絡み付いてきた。
「あー」

 ・
 ・

「あっ、はぁ、あっ、ああ…! …ゆ、祐ちゃん…も、もっと…もっと甘えて…あっ、んっ、んぁっ、あっ、あぁ、ああっ!」
「…んっ、んぅっ、ふぅ、うぅんっ…! …んんぁ…はぁ、はぁ、…いいのよ、もっと…ママを感じて…あ、んっ! …ああぁぁ!」

 ・
 ・

「…う〜……祐一ぃ…」
 俺にすがり付いた名雪が、上擦った声で呟く。
「…はぁ…祐一さん…」
 秋子さんも慎ましくしながらも、しっかり俺に寄り添って躰を押し付けている。
「……」
 押し退ける力もない俺は、為す術もなく二人の下敷きになって天井を見上げていた。

「…んしょ」
 名雪がよたよたと躰を起こして、おでこに張り付いた髪の毛を横に払った。
「…ふぅ…えへへ」
 ぼんやりと物憂げな溜め息を漏らしていた名雪は、俺の視線に気が付くと、うっとりと女っぽい媚笑を浮かべた。
「はふぅ…」
 秋子さんは気怠い微笑みを浮かべたまま、うっとりと微笑んでいる。

「うー、お腹が空いてきた」
 名雪が引き締まったお腹を撫でながら呟いた。
「そうね。朝ご飯もまだだものね」
 秋子さんも躰を起こして、ほほに手を添え、いつもの仕草でうなずいた。
「祐一も、お腹空いてる?」
「…う〜」
 声が出ないから、呻いて賛意を示す俺。

「じゃあ、昨日の残り物を温めようか」
「ええ、そうしましょう」
 手早くパジャマを布団の奥から発掘して、羽織る名雪と秋子さん。
「祐一さん、起きられますか?」
「…ええ、何とか」
 よろよろと起き上がり、秋子さんから手渡されたトレーナーに袖を通す。

「じゃあ、行こうか……わあ」
 と、ベッドから降り掛けた名雪が、こてんと倒れた。
「大丈夫? 名雪…きゃっ」
 名雪の側に寄ろうとした秋子さんが、同じように肩から頽(くずお)れた。
「あ、あらあら、私ったら」
 恥ずかしそうに顔を染め、瞳を伏せる秋子さん。
「…うー、腰がふにゃふにゃ」
 名雪がへろへろとした声で言った。

 手を貸して、秋子さんを助け起こす。
「大丈夫ですか、秋子さん」
「はい。ありがとうございます、祐一さん」
 恥じらって瞳を伏せたまま、たおやかに微笑む秋子さん。
「ほら、名雪。怪我はないか」
「うん。ありがと、祐一」
 手を貸して起こすと、名雪もにっこり微笑んでうなずいた。

 ・
 ・

 三人で支え合うようにしながら、階段を降りる。女性陣二人は本当に腰砕け状態らしく、真ん中の俺が抱き上げながら歩いているような格好だ。
「ふう、はあ」
「すみません、祐一さん」
「ごめんね、祐一」
 二人とも本気で申し訳なさそうな表情で、精一杯歩こうとしているから、俺としても弱音は吐けない。
「大丈夫です」
「でも祐一、すごい体力だね。陸上部に入れば、長距離の選手になれるよ」
「そんな勧誘の理由は嬉しくない」

 やっとの思いで一階に降りて、台所まで名雪と秋子さんを運ぶ。
「ありがとうございました、祐一さん」
「後はわたし達に任せて、待っててね。祐一」
 台所は女の戦場という言葉通り、名雪も秋子さんもふらふらしながらも、しっかりした手付きで包丁と火を扱い始めた。
「じゃあ、俺は居間にいますから」
「はい」
「うん」
 名雪と秋子さんに見送られて、居間に向かう。
「ふう…」
 ソファに辿り着いて腰掛けた途端、睡魔に襲われ、俺は為す術もなく寝入ってしまった。

「ご飯できたよ〜…あれ? 祐一、寝ちゃってる」
「あらあら」
「起こそうか」
「……。ちょっと待って、名雪」
「なあに、お母さん」
「起こす前に…」
 ごそごそ。
「…うー、寒いよ」
「我慢よ、名雪。すぐに祐一さんが温めてくれるから」
「うん。じゃあ祐一を起こすね」
「ええ」

「祐一、ご飯だよ〜。起きて〜」
 ゆさゆさと躰が揺さぶられて、意識が取り戻される。
「…ん…寝ちゃってたか…」
 目元をこすりながら、知らないうちに横になっていた躰を起こす。
「お目覚めになりましたか、祐一さん」
「ええ、秋子さ………ん?」
 ソファのすぐ側で、穏やかに微笑んでいる秋子さんと、はにかむように肩をすくめている名雪。二人とも、綺麗にアイロン掛けされた白いエプロンを身につけている。…っていうか、それしか身に付けてない。
「……」
 夢とか、目の錯覚にしては、ずいぶんと鮮明だ。

「うふふ」
 秋子さんの豊かな乳房の丸みが、エプロンの胸当て部分を盛り上げ、エプロンで覆いきれない分が脇から覗いている。肉付きのいい太ももが、前掛けのフリルの下から伸びているのが見えた。
「えへへ…」
 名雪が恥じ入って身じろぎすると、丸くて大きなお尻がエプロンと一緒にゆらゆら左右に揺れる。すらりと引き締まった脚は、白いエプロンに負けないぐらい綺麗だ。

 ――名雪と秋子さん、美女二人の裸エプロン――状況把握に手間取って、ようやく目の前の突拍子のない事態に気付く。
「うわああっ!」
 声を上げながら後ずさって、ソファの背にぶつかる。
「あー、よかった。祐一が驚いてくれて」
 ほっと肩の緊張を緩ませながら微笑む名雪。
「そうね。こういうのは相手に無感動でいられると、立場がなくなってしまうし」
 秋子さんもほほに手を添えながら、名雪に同意する。なんて言うか、余裕がある。

「いえ、そうじゃなくて。二人とも、その格好はっ」
 無為だと知りつつ、訊ねてしまう。地震が起こったとき『地震だ』と口にしてしまう心理の如し(←錯乱)。
 秋子さんはほほに手を添えて、いつもの微笑みを浮かべて
「新婚の朝の、新妻の格好と言えばこれしかないじゃありませんか」
「そうだよ、祐一」
 朗らかに微笑んでうなずく名雪。
「そ、そうなんですか? それ、何か勘違いしている夫婦だと思うんですけど」
「まあまあ、いいじゃありませんか」
 秋子さんがずいっと身を乗り出してきた。豊かな乳房が、波打つように揺れながら目の前に迫る。
「あぅぅ」
 胸の谷間が、深い峡谷がぁー。

 秋子さんの顔と胸の谷間を交互に見ながら、
「え、ええと、朝ご飯が出来ているんですよね? 冷める前に、食べないと」
 掠れた声でそう言うと、名雪と秋子さんは親子揃ってにっこり微笑んだ。
「えへへ…そうだね」
「うふふ…冷める前に」
 二人は声を揃えて、
「「召し上がれ♪」」
 がばっと覆い被さってきた。
「あー」

 ・
 ・

「…ぅん…んん…祐一ぃ〜……お代わり…」
「はぁ、はぁ……うふふ…私も、お願いします…」

 ・
 ・

 食べたのか、食べられたのかよく分からん食事が終わってから、本来の食事も終え、三人で居間でのんびりする。
「えへへ〜」
 名雪は俺の肩に寄り添い、幸せそうに微笑んでいる。
「うふふ」
 秋子さんも穏やかな微笑みを浮かべながら、俺の手の上に手の平を重ねて、ゆったりとくつろいでいる。
 ちなみに二人とも、俺が頼んで服は着てもらった。そのとき『服を着たままがいいんですか?』と秋子さんに訊ねられて、『何がですか』とは怖くて訊き返せない状況に陥ったりもした。

「お〜に〜ぃ〜ちゃん♪」
 間延びした声を上げながら、名雪がふぃふぃと頬ずりしてきた。
「……。名雪、家の外ではちゃんと今まで通り、『祐一』って呼べよ」
「どうして?」
 ほぇっと小首を傾げて訊ねる名雪。
「当たり前だろ。『お父さん』とか『おにぃちゃん』とか、余所の人に聞かれたら誤解を招くじゃないか」
「うん。分かったよ」
 名雪はこっくりとうなずいて、頼もしげに請け合った。

 翌日、学校の昼休みに、寝惚けた名雪が、
『お父さ〜ん…じゃなかった、おにぃちゃ〜ん…でもなくて、祐一〜、ご飯一緒に食べよ〜』
 と何もかもを台無しにするよーなボケっぷりを披露するとは、この時の俺は知る由もなかった。

 さらにその直後、錯乱した香里が、
『名雪が相沢君のことをお父さんって!? …え? 名雪は相沢君の娘? 待って、それじゃあ相沢君は生後三ヶ月のときに名雪を作ったってことに…いいえ、おかしいわね…あっ、分かったわ! 相沢君は年齢詐称をしていて本当は20歳で、名雪は今2歳なのよ! 秋子さんの異様な若さにもつじつまが合うわっ!』
 と騒ぎだして、説明しようと俺が口を開き掛けたのと同時に、ガシャアーン! と、栞がドアを蹴破って教室に乱入してきて、
『駄目です、名雪さんっ! 祐一さんのことをお兄ちゃんって呼んでいいのは、私だけですっ!』
『えー。わたしのは『おにぃちゃん♪』だよ〜』
『むー、音符マークを付けるなんて、高等技術を…いえ、そうじゃないですっ。お兄ちゃまも、兄ぃも、お兄様も、おにいたまも、兄上様も、にいさまも、アニキも、兄くんも、兄君様も、兄チャマも、兄やも、全部私専用ですっ!』
 一気呵成に言い募ると、栞はキッと俺を見据えて、
『祐一さんも祐一さんです! 私というものがありながら、新しい妹を作るなんてっ! この裏切り者ーっ!』
『俺かっ? 俺が悪いのか!?』

 俺が深い脱力感に抗いながら、説明しようとすると、
『ざっ……せいっ!』
 ズシャアッ! とゆー格好いい擬音と共に舞までが現れて(もうパニック)、
『…栞…他のはどうでもいいけど、『兄くん』は私が使った方が似合う…オカルト能力もあるし…』
『何を言っているんですか、舞さん。舞さんは祐一さんより年上でしょう』
『…大丈夫…元ネタの方も、どー見ても妹じゃない…。…それに私は何だかんだ言って、佐祐理や祐一に依存しているし…何より祐一は私のことを年上だと思っていない』
 そう言って、じろっと俺を見据える舞。
『…秋子さんも佐祐理も敬称をつけて呼んでいるのに、私だけ呼び捨てなのはどうして。…答えてくれたまえ、兄くん』
 いや、兄くんと呼ばれても。

 誰に何から説明をしようか、まずは名雪に突っ込むべきか、と俺が考えていると、ズドコォン! と爆音を立てて香里の目の前の机が木っ端みじんに砕け散った。
 今度は何だよ、と半ばやけっぱちになりながら振り向くと、香里が虚ろな瞳をして立っていた。
『…………妹』
 呆然とした表情の香里の腕が、軽く振り下ろされて、また一つ机が粉々になる。
『…妹、妹、妹! …妹妹妹妹! 妹妹妹妹妹妹妹妹!!』
 ドガンッ、ガスッ、バゴォッ! 徐々にヒートアップしていく香里の足元に、残骸と化した机が小山のよーに積み上がっていく。
『誰も彼も猫も杓子も、妹! 他に何か思い付くことはないの? 12人の妹なんて、嘲笑の種にもならないって、まだ分からないの!?』
 オラオラオラァッ! と香里が腕を動かすと、香里の手近に残っていた机と椅子が瓦礫と化した。
『寝ても覚めても妹、妹! 朝、眼を覚ましたら妹! 朝食を食べている最中に妹! 登校途中に妹! ホームルームに妹! 授業中に妹! 休み時間に妹! お昼休みに妹! 放課後に妹! 下校中に妹! 商店街で寄り道している途中に妹! 家に帰って妹! おやつに妹! 晩ご飯の前に妹! 晩ご飯の最中にも妹! 食休みに妹! お風呂に入って妹! 歯磨きしながら妹! 寝る前に妹! 眠っている最中に妹! 朝から晩まで妹! おはようからお休みまでを見つめる妹! 妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹、妹ばっかり! そんなに妹がいいの? 妹という単語が付いていれば、後は何だっていいの!?』
『何が言いたいのか分からんぞ、美坂』
『うるさいわね!』
 無駄無駄無駄無駄ァッ! と香里は腕を振り回し、真っ当な突っ込みを入れた北川を粉微塵にした。
『つまり妹がいれば姉は必要ないって言いたいの!? あたしは要らない人間!? 世の中一体、どうなってるのよ! もう何も分からない!!』
 逆ギレして大暴れする香里。

 一方、教室の片隅では、
『おっぱいの大きい女の子は、妹になれません! 秋葉さんを見て下さい、まさに妹の鑑です!』 (←暴言)
『えー? でも千紗都さんとか空さんは大っきいよ?』
『あれは、例外です! 千歳さんはぺったんこじゃないですか!』
『…乃絵美も雪希も、小さくはないと思う』
『やっぱり妹でも、それなりの大きさは求められている時代なんじゃないかな』
『え、えぅー』
 と、妹論について舌戦を繰り広げている名雪と栞と舞。
 なんかもう、こっちこそ何をどーすりゃいいのか見当がつかないとゆーか、何がなにやらとゆー惨状に陥ることなど、知る由もなかった。

 ・
 ・

「一休みしたら、お買い物に出掛けましょうか」
「うん。お父さんも一緒にね」
 名雪が俺の腕にぎゅっとしがみつきながら言った。
「まあ、いいけど」
「えへへ〜…ねえ、お父さんは、今夜は何が食べたい?」
 俺の腕が温かいのか、名雪がご満悦な微笑みを浮かべながら訊ねてきた。
「名雪と秋子(一秒)」
「えっ、そんな………わざわざ言わなくても、いっぱい食べさせてあげるよ〜♪」
 顔を赤らめて、ふにふにと身悶える名雪。
「ちょっと待て! 秋子さん、勝手に答えないで下さい! 名雪もそのまんま返事するなぁっ!」
 三行上の答えは、俺じゃなくて、秋子さんが言ったものだ。
「うふふ、いいじゃありませんか」
 のほほんと微笑む秋子さん。
「よくないです」

 ふと、腕が引っ張られて、振り向いてみると、名雪が俺を上目遣いに見つめていた。
「……お父さん、食べてくれないの?」
「は?」
「…わたしのこと…もう、食べてくれないの…?」
 名雪の瞳が滲み始めた。
「……ひぅっ……お父さん…もう、わたしに飽きちゃったの? …うっ、うゅ…」
「えっ!? そ、そんなことないぞっ」
 慌てて名雪を抱き締めて、あやすように背中を叩く。
「大丈夫。俺は名雪のことを飽きたりしない」
「…ん……」
 俺の胸に顔を埋めて、こくんとうなずく名雪。

「…そうですか…では、私のことを飽きてしまわれたんですね」
 抑揚のない呟きが背後から聞こえた。
「はっ」
 振り向いてみてみると、感情を捨て去った形相の秋子さんが、真っ直ぐに俺を見据えていた。
「…老いさらばえた私は早々に捨てて、若くて綺麗な名雪に乗り換えると…そういうことですか。……ふふっ」
 いつもの心が温かくなるような優しい笑顔とは真反対の、身の毛がよだつような寒々しい微笑み…唇を歪めているだけの笑いを浮かべ、秋子さんが呟く。
「あ、あの、秋子さん」
 俺が呼び掛けると、秋子さんは怜悧な視線を投げ掛け、フッと唇を歪めた。
「ふっ…なんです、また言い訳ですか。言っておきますけれど、どんなに言い繕ったところで、あなたが私にしようとしていることが正当化されることはありませんよ?」
 秋子さんの一言一言に、鋭利な刃と猛毒が含まれている。
「ふっふふ…どうぞ、おっしゃりたいことがお有りでしたら、存分におっしゃって下さい。全て聞き流させていただきますから」
 ギラリと瞳を禍々しくきらめかせ、秋子さんが射抜くように俺を見据える。
「さあ、どうぞ。なんなりと言い訳を並べ立てて下さい」

「あ、あの、ええと」
 秋子さんに気圧されて、俺が口ごもっていると、
「どうなさったんです。遠慮なさらずに、言い訳をなさい! さあ、早く!」
 秋子さんが、吐き出すように言い放った。
「どうして黙っていらっしゃるんですか!? 捨てる女に掛ける言葉はないと、そういうことなんですか!?」
「い、いえ、違います」
 秋子さんはニッと酷薄な微笑みを浮かべ、
「そうですか。では、どうして黙っているんです? 言い訳の言葉を探していらっしゃるんですか? 人の話しの腰を折っておいて、ずいぶんと悠長な態度ですね」
 一欠片の温もりもない言葉を続ける秋子さん。
「いえ、責めているわけではありませんよ? ただ、あなたは詭弁を弄することはおろか、言い訳の語彙すらまともに身に付けていないのに、他人の発言を邪魔することがご趣味なのかと呆れ果てていただけです。…あら、失礼しました。違いましたね、他にも女を辱めて、飽きたらお捨てになるのがお得意なんでしたね? うふふ」

「あの、秋子さん。話しを聞いて下さい」
 勇気を振り絞って、掠れた声でそう言うと、秋子さんはにっこり微笑み、
「お断りします。時間の無駄ですから」
 冷たさしか含まない声でそう答えた。
「あぅ、あぅ」
 名雪にすがり付いて、がたがた震える。秋子さんはまた唇を歪めて、フッ…と溜め息を漏らした。
「…あなたはまたそうやって、自分の都合が悪くなったら女の背中に隠れるんですね。いい加減、乳離れしたらいかがですか? まあこんなことをいくら言って聞かせても、日本語を理解する知能もないあなたには無意味なことかも知れませんけれど」

「あ、祐一が泣いてる」
 名雪が俺の顔を見上げて、ほえっと言った。泣くほど怯えていたのか、俺は。
「ほら、泣かないで…ちゅっ」
 名雪は可笑しそうに微笑みながら、俺の目元に軽く唇を当てる。
「うう」
 気恥ずかしさにうつむくと、名雪はくすくす笑って、
「大丈夫だよ。お姉ちゃんが守ってあげる」
 ぎゅっと俺の頭を抱き締めた。
「むぐ」
 ふっくらした温もりと、いい匂いに、頭がぼーっとしてくる。
「いい子、いい子」
 名雪の指が、優しく俺の頭を撫でる。
「……」
 ぼんやりと名雪の温もりに浸っていると、
「はぅぅ…ひどいわ名雪、フォローしてれないなんて…。…これじゃあ私、ただのヒステリー女じゃありませんか…えぅ、えぅ」
 壁を向いた秋子さんが、弱々しく肩を震わせながら、指で『の』の字を描いていた。

 俺は慌てて、名雪の胸から顔をあげた。
「名雪、ありがとな。もう大丈夫だから」
 名雪に礼を言ってから、秋子さんの側に寄る。
「あ、あの、秋子さん」
 ついさっきの秋子さんの、魂を削り取るような強圧的な迫力の恐怖が、まだ躰に染み込んでいて、自然と腰が引けてしまうのが情けない。

「…ひぐ…なんですか…」
 すすり泣いて肩を震わせている今の秋子さんには、か細く儚げな雰囲気しかなく、庇護本能がかき立てられる。
「秋子さん、俺は秋子さんに飽きたりしませんよ。その…秋子さんのこと、好きですから」
 俺がそう言うと、秋子さんは肩越しに振り向いて、沈鬱な視線を向けた。
「…すんっ…本当ですか?」
 手の平で口元を覆いながら、秋子さんが訊ねる。
「本当です」
「…名雪の瑞々しい肢体にかまけて、私を蔑ろにしたりしませんか?」
「俺は秋子さんと名雪を比較したりしませんよ」

 秋子さんの強張っていた躰が、ほっと柔らかくなったように見えた。
「…そうですか…分かりました」
 秋子さんはひざを揃えて向き直り、弱々しい視線で俺をじっと見つめた。
「…でも、やっぱり不安です…祐一さん、私を安心させて下さい」
「へ?」
 ドン! と、か弱い仕草とは裏腹な力強さで、秋子さんが俺を押し倒した。
「うわっ」
 秋子さんは俺にまたがると、素早くカーディガンとブラウスを脱ぎ始める。
「ちょっ、ちょっとっ、秋子さんっ!?」
 見慣れた肢体が露わになっていく。
「あ、いいなぁ。わたしも〜」
 それを見ていた名雪までが、いそいそとスカートを降ろし始めた。
「おーい」

 半裸状態の二人に、声を振り絞って呼び掛ける。
「あ、あのっ、二人ともっ。買い物に出掛けるんじゃなかったんですかっ?」
 名雪と秋子さんはにっこり微笑んで、
「ええ、行きますよ。夕方になってからでいいでしょう。ですから、それまでは……うふふ」
「お出掛けするときに着替えるし、ちょうどいいよね」
「よくないっ。……あ―――」

 ・
 ・

「…はふぅ…」
「…うぅ…ん……」
 物憂げな仕草で躰を起こし、髪の毛をかき上げる名雪と秋子さん。しばらく憂鬱そうな表情でぼんやりしていた秋子さんが、ふと時計を見上げた。
「あら、もうこんな時間…そろそろお買い物に出掛けましょうか」
「え〜」
 名雪がほにゃーっとした顔で、甘えた声を上げた。
「う〜…わたし、もっと祐一と一緒にいたい〜」
 剥き出しの乳房を俺の顔に押し付けながら、張りのない声で言う名雪。
「あらあら名雪、我が侭を言わないの」
 名雪の頭を撫でながら、優しく諫める秋子さん。
「三人でお買い物に行きましょう? でないと、晩ご飯に食べる物がないわよ」
「う〜」
 名雪はしばらく考え込んでから、こっくりうなずいた。
「……」
 疲れすぎている俺は、声も出せずに、絨毯の上に寝そべっていた。

                                         《後日その参に続きます》

 @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 星牙でございます。
マキ「マネージャーの小原マキです」

 作中で栞嬢が口走っている呼称をインターネットで調べている最中、自分の進んでいる道の行く末を憂えてみたりしました。
マキ「いきなりぼやくな」
 うぃ。

 恣意的意見としては、妹はもう古いですな。新時代は娘、『ドータープリンセス』! 呼称はお父さん、お父様、父君、パパ、ダディ、親父、ちゃん…他に何かあるかな。
マキ「わらわに訊くな」
 それとも年齢を上げて、お姉さんがわんさか出てくる『アダルトシスタープリンセス』とか、修道女と尼僧のお姉さんがいっぱい出てくる『ホーリーシスタープリンセス』とかはどうかな。
マキ「だからわらわに訊くなぁーっ!」

 お読みいただきありがとうございました。
マキ「それでは、ご機嫌よう」

戻る