愛の劇場『お茶目な秋子さんR誕生日編 後日その壱』

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 チュンチュン、チチチ。スズメのさえずりが窓の外から聞こえ、カーテン越しに柔らかな朝陽が射し込んできている。
「……」
 ああ、いい朝だ。一睡もしてないけど。
 目線を降ろすと、左隣りに空色の髪の毛が、右隣りに紫色の髪の毛があるのが見えた。
「…く〜…く〜…」
「…すぅ…すぅ…」
 可愛らしく躰を丸めた名雪と秋子さんが、一糸まとわぬ姿で寝息を立てている。パジャマと下着は多分、このキングサイズのベッドのどこかに埋没していると思われる。
 二人ともついさっきまで起きていたと思っていたけど、いつの間にか寝入ってしまっていた。
「よいしょ」
 脚で掛け布団を手繰り寄せて(腕はそれぞれ名雪と秋子さんの下敷きになっている)、二人の躰に掛けた。

「はあ」
 名雪と秋子さんの体温を感じながら、ぼんやりと天井を見上げる。
 俺が真ん中になって三人で寝た場合、『川』ではなく『小』になるのではなかろーか、と無意味なことを考えていると、
「……う〜〜」
 名雪が呻いて、うずうずと肩を揺すった。
「ん? 名雪、起きたのか」
「…くー」
 名雪は瞳を閉じたまま、また寝息を立て始めた。寝相を正しただけらしい。

 またしばらくして、
「…う〜〜〜〜〜」
 さっきより長く名雪が呻いて、もがもが大きく躰を揺すった。
「なんだなんだ」
「…うー」
 気のせいか、名雪は瞳を閉じたまま不機嫌そうな顔をしている。

「名雪、起きてるのか?」
「…くー。寝てるよ」
 ずいぶんはっきりと返事が返ってきた。
「起きてるんだろ」
「くー。寝てるんだよ」
「あのな」

 名雪の下敷きになっている左腕を軽く動かした。
「ほら、起きろ」
「きゃわっ! …うー、寝てるんだよー」
 名雪の躰が、くすぐったそうに大きく跳ねあがった。名雪は頭をぶるぶる振りながら、頑(ガン)とした態度で瞳を閉じている。
「あらあら祐一さん、寝てる人にはもっと優しくしないといけませんよ。…すぅ、すぅ」
 首を振り向かせて見てみると、秋子さんも瞳を閉じたまま微笑んでいた。

「名雪も秋子さんも、なんで寝たふりをしているんですか」
「あらあら、寝たふりなんてしていませんよ…すぅすぅ」
 秋子さんが瞳を閉じたまま、のほほんと答えた。
「しているでしょうが」
 秋子さんの下敷きになっている右腕を軽く動かす。
「ああっ、あんっ! …もう、祐一さんたら…すぅすぅ」
 ぶるぶると躰を震わせて身悶えて、恥じらって顔を染めながらも、瞳を閉じたままの秋子さん。手強い。

「うー…祐一、朝になったら愛を囁いて起こしてくれるって約束したのに。……くー」
 名雪がむーっと唇を尖らせてぼやいた。そう言えば、そんな約束をしていたな。
「…言わないと駄目なのか」
「だめだよ」
「だめです」
 間髪入れずに返答する二人。

「でも、態度で示してくれてもいいよ」
 瞳を閉じたまま、にへーっとほほを緩ませた名雪が、うずうずと躰を揺すった。
「態度って?」
「もう、祐一のえっち。女の子にそんなこと言わせるの?」
 名雪は照れ隠しなのか、ボスンと俺の腹に重い一撃を叩き込んだ。
「ゴフ」

「祐一さん」
 背後から細い腕が伸びてきて、俺の胸に巻き付いた。はっと思った瞬間、背中に柔らかく弾む温もりが押し付けられる。
「ああああっ」
「…もう、祐一さんたら、名雪のことばっかり…」
 俺の耳のすぐ後ろで、拗ねた口調で囁き、しがみついた腕にぎゅっと力を込める秋子さん。どうやら、俺が名雪と話し込んでいたのがお気に召さなかったらしい。
「あの、ちょっと…うう」
 すべすべした柔らかいモノが、ぽゆんと背中に押し当てられて…ああ。

 糸目のままの名雪が、むーっと唇を尖らせる。
「うー。祐一、すっごく幸せそうな顔してる」
「いや、だってしょうがないじゃないか」
 この状況で涼しい顔をしていられるほど、俺は老衰してない。
「うふふ」
 秋子さんが可笑しそうに笑って、太ももを絡めてきた。
「ああー」
 すべすべが、ふわふわがー。

「うー、悔しいよ」
 名雪は躰を起こして四つん這いになると、
「えーい」
 飛び掛かるようにして、俺の頭を抱き込んだ。
「むぐっ」
 顔が名雪の乳房に埋まり、鼻先が谷間に挟まれる。
「うぐっ…お、おいっ」
 乳脂のふっくらとした温もりに耐えながら、くぐもった声を上げる。
「あっ、祐一の息が…あんっ♪」
 うっとりと顔をほころばせ、悩ましげに喘ぐ名雪。
「…むー」
 秋子さんも、負けじと腕と脚に力を込めて、しがみつく。
「ああーっ。ふ、二人とも、待ってくれー」
 美女二人のサンド&プレス攻撃に、悲鳴を上げる俺。

「うー、なあに祐一。これからがいいところなのに〜」
「よくないから、躰を離せ。秋子さ…秋子も、お願いします」
「分かりました」
 秋子さんは大人の余裕で、あっさりと躰を離した。
「ほれ、名雪も」
「う〜」
 しぶしぶ躰を浮かせて、寝転がる名雪。

「じゃあ祐一、早く愛を囁くか、態度で愛を示して」
 寝転がった名雪が、うずうず肩を揺すりながら言った。
「やっぱりそこに話しが戻るのか」
「うん」
「はい」
 もはや寝ているという言い逃れは絶対に出来ない状況になっても、きっちり瞳は閉じている二人。

「分かったよ。じゃあ、名雪からな」
「わーい。お母さん、お先に〜」
 名雪がにぱーっと嬉しそうに微笑んだ。
「…むー」
 拗ねたふりをしているのか、ホントに拗ねているのか、秋子さんが唇を尖らせた。

「名雪」
 呼び掛けて、名雪を抱き寄せる。
「…あ…」
 名雪のほほがさぁっと朱に染まり、顔も期待できらきらと輝き始めた。
「……」
 『あいしてるよぉ〜』とかふざけた調子で言いたい衝動に駆られ、その甘美な誘惑に耐える。どんな報復が返ってくるか分かったもんじゃないし。

「…うー」
 名雪は耳たぶまで赤くして、もじもじしている。名雪の髪の毛を軽く撫でてから、顔をあげさせて、唇を吸った。
「んっ…ぅん」
 ぴくっと肩を震わせ、すぐにうっとりと顔をほころばせる名雪。
「…ん…ふ、…うぅん」
 少し間を置いてから、舌を差し入れる。名雪はまた微かに肩を震わせてから、舌を出して応えてきた。
「…ぅんっ…ん…、…ぅん」
 寝起きで水分が足らないせいか、唾液の分泌が悪く、滑らかに舌が絡まない。自然に荒っぽいキスになり、それが余計に気持ちを昂ぶらせる。

 キスが激しくなるにつれて、名雪の顔が真っ赤に火照っていく。
「…んっふ、んぅっ…んちゅ…ん…ちゅっ、…ふぁっ」
 名雪はふるふると躰を震わながら、舌と唇に神経を集中させて、一心不乱にキスを堪能している。
「…んっ、ぅちゅっ…んちゅっ、んっ…ふ、…んぅ、ん…う」
 名雪が怖ず怖ずと腕を伸ばして、俺の頭を掴んだ。俺も名雪を抱き締める腕に力を込めて応える。
「ぅん、んっ…んはっ、あっ…ふぅっ、ぅちゅっ…ちゅっ、んちゅっ…んぅ〜」
 名雪は顔を真っ赤に染め上げながら、全身をわななかせている。柔らかな振動が染み入るように伝わってきて、気持ちがいい。

「んぅっ、んっ、ふっ…ぅん、ん…」
 全身を押し付けるようにしてキスを堪能している名雪から、唇を離した。ちゅばっという吸盤が離れるような音がして、唇が剥がれる。
「ぷぁっ…ああー!」
 気持ちを昂ぶらせている途中でやめさせられた名雪が、瞳を見開き、怒ったような声を上げて俺を見据えた。
「よし、眼を覚ましたな」
「あっ。………う〜〜〜〜〜」
 名雪が本気で悔しそうに唸る。

「ねー、もう一回〜」
 甘えた声でおねだりをする名雪。
「起きたから駄目だ」
「うー、じゃあ明日」
「これは休みの日限定だ」
「うーうーうーうーうーうーうーうーうーうーうーうーうー」
 サイレンと化した名雪を、頭を撫でて大人しくさせてから、大物に取り掛かることにする。
「あら、大物って私のことですか? そんなに評価していただいて、光栄です」
 振り向いて見てみると、秋子さんは瞳を閉じたまま、えん然と微笑んでいた。また声に出していたのか、俺は。

 躰を転がして、秋子さんの方に向き直る。
「うふふ」
 ゆったりと微笑んで大人の余裕を見せながらも、微かにあごを引いて恥じらっているのが秋子さんらしい。
 秋子さんの躰の下に腕を差し込む。
「んっ…」
 秋子さんがはにかむように躰を震わせた。

 抱きかかえるように秋子さんの躰に腕を回し、顔を近付ける。
「秋子さん」
「…はい……」
 秋子さんがぶるっと肩をわななかせて、甘い吐息のような返事をした。
「うー、ムードを作ってるよー。わたしのときはもっと手を抜いていたのに」
 背後で名雪がうーうー呻いているけど、無視する。

 伏せられた秋子さんのまぶたが、緊張でぴくぴくと痙攣しているのが見えた。
「…ん」
 顔を寄せ、唇に触れる。ぶるっと秋子さんの躰が震えた。
「…んっ…ふ、…うぅん」
 秋子さんは色っぽく鼻を鳴らして、うっとりと顔をほころばせた。抱き締める腕に少し力を込めて、舌を差し入れると、すぐに秋子さんの舌が応えるように動きだす。
「んぅっ…ふ、…んっ…は、…んちゅっ…ぅ…ん」
 自然な動作で秋子さんの脚が俺の躰に絡み、肢体が押し付けられる。豊熟な乳房が、柔らかく形を変えながら胸板を圧迫してきた。
「ちゅ…んっ、…ぁふ…ぅん…、…んちゅ…ちゅ…っ」
 秋子さんと俺の唇から、艶めいた音が漏れ出る。互いの口の中で舌がとろとろと動き、鼻息がほほをくすぐる。
「…んんっ…ふっ、…ぅちゅっ…んっ、んちゅっ…んっ…んちゅ…んん」
 徐々に息づかいが荒くなるにつれて、秋子さんの顔が鮮やかな桜色に紅潮する。秋子さんの躰がくねくねと動き、温もりと共に柔らかい感触が波のように伝わってきた。
「んっ…ちゅっ、…ん、んっ…はぁっ…、…ちゅっ…んはぁっ」
 深く舌を絡ませながら、激しく唇を押し付ける秋子さん。呼吸が追い付かないのか、唇を浮かしたり離したりを繰り返している。

「はぁ、はぁっ…んん」
 タイミングを見計らって、秋子さんが唇を離すのと同時に顔を背けた。
「ああっ!?」
 秋子さんがはっと瞳を見開き、寂しげな声を上げる。
「起きましたね」
「あっ……む〜〜〜」
 小さく声を上げてから、唇を尖らせて俺を見据える秋子さん。

「う〜、祐一ずるいよ〜」
「何がだ」
「名雪の言うとおりです」
 俺のやり方が気に入らなかったのか、それとも気持ちを昂ぶらされたせいか、名雪と秋子さんは野獣のよーな瞳で俺を見据えている。
「…む〜」
「…う〜」
 ちょっと(かなり)コワイ。
「さてと、そろそろ顔でも洗おーかな」
 そそくさと起き上がって、逃げようとするのと同時に、
「え〜い」
 気合いの入っていない掛け声をあげた名雪が、その掛け声の呑気さとは裏腹な鋭さで覆い被さってきた。
「うわっ」
「それっ」
 仰向けに押し倒されるやいなや、秋子さんが素早く手足を絡めてきて、捕まえられた。二人の熟れた肢体が惜しげもなく俺の躰に押し付けられる。
「ああーっ」

 名雪と秋子さんは、きらめく瞳で俺を見据えている。
「ふぅ、ふぅ…ゆ〜う〜い〜ち〜」
 うずうずと躰を揺すりながら、爛々と輝く瞳で俺を見下ろす名雪。
「…うふふ…祐一さん」
 凄艶な媚笑を浮かべ、色っぽい仕草で俺のほほを撫でる秋子さん。
「あ、あの、二人とも?」
 名雪と秋子さんは親子揃ってに〜っこり微笑み、
「えいっ♪」
「それーっ♪」
 がばっと覆い被さってきた。
「あー」

 ・
 ・

「はぁ、はぁ…祐一さんが、祐一さんがいけないんです…私に、女を思い出させたあなたが…っ、あ…!」
「…うぅ〜…祐一がいけないんだよ…祐一が、わたしをこんなえっちな女の子にしちゃったんだもん…、……んくぅっ!」
「二人とも、俺のせいにするなーっ」

 ・
 ・

「…ぅ〜」
 仰向けに寝転がったまま、窓の向こうを見上げる。太陽が黄色いなあ。
「えへへ〜」
「うふふ」
 俺に寄り添った名雪と秋子さんが、汗ばんだ背中に髪の毛を張り付かせながら、晴れやかに微笑んでいる。

 秋子さんがねぎらうように俺の頭を撫でた。
「…ありがとうございます、祐一さん、名雪。今年は、とってもいい誕生日でした」
 柔らかく微笑み、俺と名雪に向かって頭をさげる秋子さん。
「どういたしましてだよ、お母さん」
 にっこり微笑んで返事を返す名雪。
「どういたしまして」
 名雪に倣い、俺も秋子さんに笑い掛ける。

 秋子さんの誕生日が終われば、俺と秋子さんと名雪の親子関係も終わってしまうんだな。そう考えて、俺が名残惜しさを感じていると、
「祐一さん、これからも末永く宜しくお願いしますね」
 秋子さんが、のほほんと微笑んで言った。
「へ?」
「でも、お母さんと祐一は三親等だから、戸籍には入れられないね」
 名雪が寝そべりながら呟く。
「そうね。残念だわ」
 心底残念そうに呟く秋子さん。
「やっぱり世間体のことを考えて、名雪が祐一さんと籍を入れるのが一番だと思うけど」
「ごめんね、お母さん」
「いいのよ。名雪のせいじゃないもの」
 俺越しに、何やら話しが進んでいる。

「あのー、秋子さ…秋子」
「はい。なんですか、あなた♪」
 秋子さんが微笑みながら振り向いた。
「ええと…俺と秋子さんの結婚話って、昨日限りのことですよね?」
 恐る恐る訊ねると、秋子さんと名雪はぱちくりと瞳をまたたかせた。
「……」
 二人とも、呆然と俺の顔を見つめている。

 やがて、秋子さんが掠れた声で呟いた。
「…祐一さん、今までのことをなかったことにするおつもりなんですか?」
 わなわなと唇を震わせ、抑揚のない声で呟く秋子さん。
「え」
「私と結婚して下さるって、おっしゃったじゃありませんか。あれは、嘘だったんですか?」
 切羽詰まったような迫力の秋子さんに、半ば気圧されながら、
「え、ええと、言いましたけど、それって昨日限定じゃ…」
 そう言いながら、昨日のことを思い出してみる。…なんか、ものすごく前のことのよーな気がするな。

 秋子さんが『結婚して下さい』って言って、俺が三親等だから無理ですって言って、秋子さんもそれぐらい分かっていますって返して、その後俺が『秋子さん、俺でよければ結婚して下さい』って…。
「昨日限りだなんて言っていないでしょう?」
 秋子さんが俺の顔を見つめながら囁いた。
「言ってないですけど、三親等だから結婚できないって言ったすぐ後だったでしょうが」
「それは祐一が勝手に勘違いしただけだよ」
「むう」
 その通りだ。
「私と祐一さんは法的に結婚は出来ませんけど、もともと結婚という行事は婚姻関係を結ぶという意味ですよ」
 そう言われてみれば確かに、結婚の定義は『籍を入れる(=役所に婚姻届を出す)』じゃない。本来の意味は夫婦関係になることだし…って、納得しかけてるぞ。

「でも、それは」
 そのとき、心の中で俺の煩悩が騒ぎ出した。
『何をためらっている、相沢祐一?』
 煩悩(徹夜明けのよーな悪人面をした俺)が、囁きかけてきた。

『こんな機会は二度と無いぞ。話しに乗れ』
 なんの機会だ。
『親子どんぶり』
 おい。
『美人親子が慕ってくれているのに、何を迷うことがある。ってゆーか、迷うな。食え』
 食えじゃないっ。もう食べてるし…いや、そーじゃない、俺は秋子さんと名雪を大切にしたいんだ。

『よくおっしゃいました、祐一さん』
 と、柔らかな光が背後から射し込んできた。
 振り向いて見てみると、薄紫色の羽衣の様なものを身にまとっただけの格好の秋子さんが、ゆらゆらと宙に浮いていた。
「秋子さん?」
『違います。私は祐一さんの良心です』
 にっこり微笑む秋子さん似の俺の良心。
「はあ」
 どう見ても秋子さんにしか見えない。

 秋子さん似の俺の良心(以後秋子さんと呼称する)は舞うように近付くと、俺の顔を覗き込んだ。
「うっ」
 紗(うすぎぬ)のような羽衣が透けて、秋子さんの躰の線が浮いて見える…って言うか、ほとんど全部見えてる(←何が?)。
『うふふ、祐一さん。私…じゃなくて、秋子さんを大切にしたいとおっしゃいましたけれど、祐一さんのお気持ちはどうなんですか?』
 柔和な微笑みをたたえながら、秋子さんが囁くように訊ねた。
「え?」
『祐一さんは私…じゃなくて、秋子さんのことをどう思っていらっしゃるんですか』

 秋子さんの艶姿を直視しないように眼を逸らして、考え込む。
「うーん」
 悩んでいる俺を見かねて、秋子さんはにっこり柔らかく微笑み、
『私は秋子さんじゃありませんから、面と向かっては言いにくいことでも構いませんよ』
 そう言われて、少し気が楽になった。

「ええと…普段は、優しくて気立てのいい叔母さんですね」
 叔母さん、の単語のところで秋子さんのほほが微かに痙攣したよーな気がした。
「いつもは明るくて落ち着いている大人の人なんですけど、時々変なことをするお姉さんみたいになって、そんなときは可愛いと思います」
 秋子さんは嬉しそうに微笑み、こくこくとうなずいた。
「秘密がたくさんっていうか謎だらけな人ですけど、やっぱり掛け替えのない、大切な人です」
 気が付くと、告白みたいなことを口走っていた。
『うふふ、そうですか。ありがとうございます、祐一さん』
 秋子さんはにこにこと満足そうに微笑んでいる。

『祐一ぃ〜』
 間延びした呼び声が聞こえた。振り向くと、秋子さんと色違いの、水色の羽衣を見にまとった名雪が立っていた。
「うわっ」
『うー、どうして驚くの』
 ほっぺたを膨らませて、ぶいぶい文句を言う名雪。
「なんで名雪まで出てくるんだ」
『わたし、名雪じゃないよ。祐一の良心の片割れだよ』
 ほえっと言い放つ、名雪似の俺の良心。

『…えへへ』
 ほっぺたを膨らませていた名雪似の良心(以後名雪)が、急におねだりするような甘えた表情になった。
『ねえ、祐一。わたしのこと…じゃなくて、名雪のこと、どう思ってるの?』
「え」
 名雪は軽やかな仕草で、身を寄せてきた。…ああ、見えてしまっているー(←だから何が)。
『お母さんみたいに、ちゃんと言ってよ。聞きたいよー。ねー、ねー、ねーったら』
 俺の肩に手を置いて、子どものようにがくがく揺さぶる名雪。
「あ、ああっ、分かったから、揺するなっ」
『うん』
 腕を止めた名雪は、にっこり微笑んで俺の顔を見つめた。

 名雪は瞳をきらきらさせながら、俺の言葉を待っている。
「お前は、名雪じゃないんだよな」
『え? ………あっ、う、うん。そうだよ』
 瞳をぱちくりとまたたかせてから、あたふたとうなずく名雪。ほんまかいな。
「まあ、いいや。じゃあ言わせてもらうぞ」
『うん』

「そうだな。普段は『うにゅ』とか『うにょ』とか言う、変な従姉妹だ」
『…うー』
 名雪が、ほっぺたを膨らませて俺を睨む。
「子どもっぽいし、寝坊するし、よく百花屋でおごらされるし」
『うー、うー、うー』
 拗ねた表情を浮かべて、もがもが身悶える名雪。
「甘えん坊な、可愛い妹みたいな感じだな」
 可愛い、の部分で、名雪の顔がぱっと明るくなる。
「朗らかで明け透けで、ちょっと間の抜けた部分もあるけど、そういうのも含めて、俺は名雪のことを大切に思ってる」
『……う〜。祐一ぃ〜』
 ふにゃふにゃと顔をほころばせて、ほっぺたに両手を添えて身悶える名雪。

 微笑ましげに俺と名雪のやり取りを見つめていた秋子さんが、にっこり微笑んだ。
『では祐一さん、それなら問題はありませんね?』
「へ?」
『私と…じゃなくて、秋子さんと名雪を、もらってあげて下さい』
「ええ!? それは論理の飛躍じゃないんですかっ?」
『わたしとお母さんのことを、大事に思ってくれているんだったら、一緒にいる理由はそれで充分だよ』
 また身を寄り添わせながら囁く名雪。

「そ、そう言われても…っていうか二人とも、本当に俺の良心なんですか」
『もちろん、そうですよ』
 のほほんと微笑んで答える秋子さん(似の俺の良心)。
『ちなみに祐一さんの煩悩は、私が来た途端に塵になって消えてしまいました』
 俺の煩悩、弱っ。声も立てずに消されたのか。まあ秋子さんと俺の実力差なら、そんなものかも知れない。

『では、祐一さん。改めてお訊ねしますけれど、祐一さんは秋子さんと名雪のことをどう思っていらっしゃるんですか』
「え」
『法律とか倫理のこととかは考えなくてもいいから、素直な気持ちを言ってよ』
 秋子さんと名雪が、俺の顔を覗き込んでいる。
「うう…」
 悩んだ末に、気持ちを素直に口にしてみる。
「……俺は」
『はい』
『うん』
「…名雪のことも、秋子さんのことも好きだ。愛してる」

「うふふ。ありがとうございます、祐一さん。私も、祐一さんのことが好きですよ」
「わたしも、祐一のこと大好き」
 二人の肉声に、我に返った。
「はっ」
 生まれたままの姿の名雪と秋子さんが、にこやかに微笑んで俺の顔を覗き込んでいた。

 名雪は嬉しくてたまらない、という表情で、俺にしがみついてきた。
「えへへ〜、祐一♪ …んー」
 名雪が音を立ててキスをする。秋子さんも淑やかな仕草で俺に寄り添い、
「うふふ…祐一さん、そういうこともきちんと言えるんでしたら、もっと早くおっしゃって下さればよかったのに…」
 うっとりと微笑み、俺の胸板を撫で始めた。
「え? あ? …あの、今のって、どこからが本当なんですか」
 秋子さんはのほほんと微笑んで、
「よく分かりませんけれど、祐一さんが私のことをお姉さんみたいに思ってるというのは聞きました」
「……」
 どこからどこまでを話していたのかが分からなく、深追いするのが恐ろしい。

                                         《後日その弐に続きます》

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 星牙でございます。
マキ「マネージャーの小原マキです」

 読み返してみると分かるけど、秋子さん脱いでばっかりだネ。服を着ているときの方が少ないんじゃなかろーか。
マキ「そなたが描いておるんじゃろーが」
 そうだけど。やっぱり映像化は無理ですな(←しつこい)。

 お読みいただきありがとうございました。
マキ「それでは、ご機嫌よう」

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