愛の劇場『お茶目な秋子さんR誕生日編 当日その十』
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「………………………………………………………………………………………………………」
ソファに深く腰掛け、放心状態で天井を見上げる俺。
「ふふふ〜ん ふふ〜ん♪」
すぐ側で、やけに色艶のいい顔をした秋子さんが、愉しげに鼻歌を唄いながら、ドライヤーで髪の毛を乾かしている。
「るんたった〜 るんららら〜♪」
秋子さんの横では、こっちもほほをつやつやさせた名雪が、同じように鼻歌を唄いながら空色の髪の毛にドライヤーを掛けていた。
秋子さんはピンク色のパジャマの上に見慣れたカーディガンを羽織り、名雪はねこの足跡マークのパジャマの上にねこマークの半纏を着込んでいる。
名雪はほえっと俺の方を向いて、
「あれ、お父さん元気ないね。茹だっちゃったの?」
心配そうに訊ねて、俺の髪の毛を撫でる名雪。名雪の冷たい指が気持ちいいのでそのまま動かないでいる。
「大丈夫ですか、祐一さん」
秋子さんも気遣うように俺の顔を覗き込み、手を握ってくれた。名雪と秋子さんが、この疲労の直接の原因なんだけど。
二人のひんやりとした指から、温もりが伝わってくる。冷たいのに温かさを感じるというのもおかしなものだが。
「平気です。ありがとうございます、秋子さ…秋子。名雪も、ありがとうな」
「うふふ、どういたしまして」
「どういたしましてだよ」
にっこり微笑む二人。
このままほのぼのとした雰囲気が続いてくれればいいんだけど、無論そんな俺のささやかな願いが叶えられるはずはないんだろーな。
俺が名雪と秋子さんの細くしなやかな指で撫でられたまま、ぼけーっとだらけていると、ふと秋子さんが口を開いた。
「あ、そうです。いいものがあるんですよ。ちょっと待っていて下さいね」
立ち上がって、いそいそと台所に向かう秋子さん。
「いいものって、なんだろう。イチゴサンデーかな」
名雪が瞳をきらきら輝かせながら呟いた。
「違うと思うぞ」
「お待たせしました」
戻ってきた秋子さんの腕の中には、一升瓶より大きな瓶が抱えられていた。少し黄色っぽい液体が、瓶の口近くまでをなみなみと満たしている。
「なあに、それ」
ほえっと可愛らしく小首を傾げて訊ねる名雪。
「うふふ、お酒よ」
のほほんと答えながら、秋子さんは重そうな瓶をテーブルの上に置いた。
「ちょっと待って下さい」
秋子さんに突っ込みを入れる。
「はい、なんでしょうか」
「なんでしょうか、じゃないです。まさか飲む気ですか」
秋子さんはほほに手を当てて、いつものようにふんわり微笑んで、
「お酒は飲むものに決まっているじゃありませんか」
何をおっしゃっているんですか、と可笑しそうに言う秋子さん。
「そうじゃなくて、俺も名雪も未成年ですよ」
「大丈夫です」
にっこり微笑んだ秋子さんが、妙に説得力のある気迫を放ちながら言った。
「……」
何が大丈夫なんですか、という言葉がのどの奥で消える。
「へえ、これお酒なんだ」
名雪は興味津々という表情で、テーブルの上に置かれた瓶を見つめている。
「ええ、私が醸造したのよ」
すごいことをあっさりと言う秋子さん。
「うー、わたし飲みたい」
名雪が人差し指をくわえて、おねだりする。
「ええ、もちろんいいわよ(あっさり)」
「わーい」
…おーい。
・
・
数分後、ソファとテーブルを部屋の隅に寄せて、大きく場所を開けた居間の真ん中に、俺と名雪と秋子さんが車座に座っていた。
各自の目の前には秋子さん製のお酒を注がれたコップが置かれ、真ん中にはつまみ代わりの夕食の残り、そしてまだなみなみと中身の残っている酒瓶が鎮座している。
こうなる前に、『俺は眠いから休みます』と逃げようとして、すがり付く名雪と秋子さんに引き留められたり一騒ぎあったけど、それはまあいい。
アルコールは久しぶりだな。こっちに引っ越してきてからは、初めてだ。
「名雪は、酒を飲んだことはないのか?」
「うん」
コップを見つめながら、こっくりうなずく名雪。
「気持ちが悪くなったりしたら、すぐにそう言うのよ」
優しく気遣うように言う秋子さん。
「うん、分かったよ」
考えてみれば、名雪はもちろん、秋子さんも酔っている姿なんて見たことがないな。まあお酒の席が無かったんだから当たり前だけど。
「……」
二人が酔ったら、どうなるんだろうか。ちょっと興味が湧く。
「それじゃあ、いただきましょうか」
コップを手にした秋子さんが、微笑みながら言った。
「はい」
「うん」
俺と名雪もコップを持つ。
「お母さんの誕生日のお祝いだね」
「うふふ、ありがとう名雪」
「それじゃあ、お母さんの誕生日を祝って」
名雪が音頭を取って、コップを持ち上げる。
「かんぱーい」
「「乾杯」」
カチン、と軽くお互いのコップを当てて、ぐっと飲み干した。
「……うっ」
辛く熱い液体が、のどを通り過ぎる。…かなり度数高いぞ、これ。
「…ほぅ」
のどを震わせながら嚥下して、満足げに溜め息を漏らす秋子さん。
「…けほっ」
名雪が咳き込みながら、コップから口を離した。中身はまだ半分ぐらい残っている。
「…ううー…辛いよー、熱いよー」
ちょっと涙目になった名雪が、息苦しそうに胸の辺りをまさぐった。
「あらあら、大丈夫?」
素早く寄り添って、むせる名雪の背中を撫でる秋子さん。
「うー…ありがと、お母さん」
「お湯で割れば、美味しく飲めると思うけど」
「うん、そうするよ」
名雪はひとしきり背中を撫でてもらってから、台所に向かった。
台所から持ってきたポットでお湯を注ぎ、稀釈してから、名雪がもう一度コップに口を付ける。
「んっ…んっ…んっ」
両手でコップを支えるように持ち、ゆっくりと飲む名雪。細いのどがこくんこくんと震え、ちょっと色っぽい。
「んっ……ぷはぁ」
大きく息を吐いて、名雪は肩を落とした。
「どう?」
「…ん…おいしいかも」
目元をほんのり朱に染めながら呟く名雪。
「うふふ。それじゃあ、もう一杯飲んでみる?」
ほほに手を当てて、微笑みながら訊ねる秋子さん。
「うん」
名雪はこくんとうなずいて、コップを突き出した。
「うふふ」
名雪にうなずき返した秋子さんが、酒瓶を傾ける。半分まで注いでから、今度は秋子さんは自分のコップに注いだ。
「……んっ、んっ、んっ」
お湯で薄めてから、またコップを両手で支えながら飲む名雪。
「…はあ…」
休み休み飲み干した名雪は、とろんと目元を赤くしながら、ほにゃっと微笑んだ。
「…んんっ…ふう」
秋子さんもゆったりとした仕草で、コップを干す。
「…おかーさん、お代わり」
とろーんとした瞳で、コップを出す名雪。
「はいはい、うふふ」
可笑しそうに微笑みながら、秋子さんがまた酒瓶を傾ける。
「…うふふ〜」
名雪は幸せそうに微笑み、またお湯で薄めてぐいっとコップをあおった。
「……んっ、んっ、んっ……ふはぁ…おいしいよ〜」
大きく息を吐いて、満足げに溜め息を漏らす名雪。
「…うふふふふ」
手酌で飲んでいる秋子さんも、いつの間にかほほを赤らめている。
「……」
なんだか、雰囲気が怖くなってきた。
にへーっと幸せそーな笑顔を浮かべた名雪は、へろへろと頭を揺すりながらコップを傾けて続けている。
「…うにゅ…お代わり…」
ほにゃほにゃと顔をとろけさせた名雪が、おぼつかない手付きでお代わりをそそぐ。
「まだ呑むのか」
思い止まらせようとやんわりと言うと、名雪は据わった目つきでギロリと俺を見据えた。迫力に気圧されて、思わず躰を竦ませる。
「……う〜? どうしてそんなこと言うの〜」
「い、いや、名雪がもう酔ってるんじゃないかって…」
恐る恐る訊ねると、
「うー!」
ばちんっ。名雪のビンタが炸裂した。痛みはないけど、驚いた。
「酔ってなんかないおーっ、言い掛かりはよすんだおーっ」
酔ってる。絶対酔ってる。
「……うふふ〜…あ・な・た」
突然細い腕が首の後ろに絡み付き、悩ましげな吐息が耳元に吹きかけられた。
「あぅっ」
「はふぅ…」
秋子さんが、全体重を掛けてしなだれかかってきた。
「ああっ…あ、あのっ、ちょっと?」
「んんっ…ぁふぅ…」
秋子さんは瞳をとろんと潤ませて、うりゅうりゅと躰を揺すっている。
「…祐一さんたら、名雪に構ってばかり。…私にも、もっと構って下さい…」
凄艶な声音で囁き、俺の手を取って、自分の胸元に導こうとする秋子さん。
「ああーっ」
・
・
「…う〜…だいたい、お父さんはえっちなんだおー…」
顔を真っ赤に火照らせた名雪が、上目遣いに俺を見据えながら呟いた。
「…はぁ…そうなんですか、あなた…?」
俺の肩にしなだれかかり、体重を預けながら囁く秋子さん。秋子さんの顔も綺麗な桜色に染まっていて、色っぽい。
「…うにゅ…おとーさん、聞いてるのー…?」
いつの間にかにじり寄ってきていた名雪が、俺の顔を覗き込んでいた。健康的な朱色に染まった名雪の顔が、鼻先まで密着する。
「うわっ。き、聞いてる、聞いてる」
名雪はぷくっとほっぺたを膨らませて、
「…う〜…うそばっかり。…だからおとーさんは、えっちなんだおー…」
なんで『だから』なんだ。
「うー…おとーさんのえっちえっちえっち〜」
「えっちえっち言うな」
何が面白いのか、名雪はふにゃあっととろけるような微笑みを浮かべて、
「…だっておとーさん、えっちだもーん……えへへ」
指を伸ばして、俺のほほをぐりぐりしながら呟いた。
「証拠は」
酔った相手に真面目に受け答えするのも疲れるけど、名誉のために訊いておく。
「だっておとーさん、毎朝わたしを起こしてくれるとき、わざわざお布団めくるんだもん」
ギクリと躰が強張る。
「あれって、わたしの寝姿を見るためにしてるんだよね〜…えへへ」
意地悪な媚笑を浮かべた名雪が、俺のほほをぐりぐりする。
「いや、それは、その、ええと」
まさかこんな明確な証拠を突き付けられるとは思わず、慌てふためく俺。
確かに毎朝そうしてるけど、それは名雪をきちんと起こすという責務のためであって、断じて『おお、この膨らみが』とか思うためではありません(←錯乱)。
「フッ…ほんとにおとーさんたら、しょうがないおー…」
勝ち誇ったようにうなずいて、呂律の回らない巻き舌で呟く名雪。
「あらあら。祐一さんたら、そんなことをなさっていたんですか」
俺に寄り添った秋子さんが、くすくす笑いながら呟いた。
「いえ、そうじゃなくてですね。ええと」
と、俺が言い訳を考えていると、
「うふふ…それじゃあ祐一さん、今度からは私も起こして下さいますか?」
「え?」
意味が分からずに訊き返すと、秋子さんはうっとりと微笑み、
「ですから、朝に私の部屋に忍んできて下さい……ぽ」
何故かほほを染めながら囁いた。
「わざわざそんな言い方しないで下さいっ」
「うふふ、いいじゃありませんか」
のほほんと微笑んでいた秋子さんが、スッと瞳を細めて艶めいた表情を作り、
「…もちろん私が寝ている間に、何をなさっても構いませんよ」
「え」
「……」
秋子さんを起こしにいく光景を想像してみる。
…音もなくドアを開け、室内をうかがう俺。カーテン越しに差し込む朝陽を受けて、ベッドの中でまどろむ秋子さん。ドアを閉めた俺は、足音を忍ばせてベッドに近付ていく。
『……』
秋子さんが微かな寝息を立てていることを確認し、掛け布団の縁に手を掛ける。布団をゆっくりとめくり上げていくと、行儀良く寝間着を着込んだ秋子さんの寝姿が現れる。
無防備な寝姿を晒す秋子さんをひとしきり観賞してから、今度は秋子さんのパジャマに手を掛けて、ボタンを一つ一つ外していく。微かに汗ばんで桜色に染まった秋子さんの柔肌が、徐々に露わに……。
「だあああ――っ」
頭を振って、不届きな妄想を追い払う。
秋子さんはふと何か思い付いたように、ぱっと顔を輝かせた。
「あ、そうです。せっかく起こしていただくのに、普通の寝間着というのも芸がありませんし、ネグリジェで休むというのはどうでしょうか」
ぽんと手の平を合わせて、瞳をきらきら輝かせながら言う秋子さん。
「え。……」
また想像してみる。
取り敢えず布団をめくるところまでは一緒なので、端折る。
薄紫色のネグリジェを着込んだ秋子さんが、安らかな寝顔を浮かべている。豊穣な胸元が、紗のような薄衣を透かして眼にうつる。
ノースリーブの肩紐に指を掛けて、そっとずらしていく。やがて、秋子さんの瑞々しい乳房が露わに……。
「ぐあああ―――っ」
頭を振って、不遜な妄想を追い払う。
秋子さんはほほに手を添えてふんわり微笑みながら、まだ考え込んでいる。
「和服の方が趣があっていいかもしれませんね。白無垢はおかしいですけれど、絹の肌着ならありますし」
「……」
三度目の想像をしてみる(←懲りてない)。
布団をめくるところまではまた端折る。
薄暗い部屋の中、白い襦袢を身にまとった秋子さんの肢体が、おぼろげに浮かんでいる。軽く締められた腰帯を引くと、微かな衣擦れの音と共に抵抗無くほどけていく。
『ん…ぅん…』
帯を緩められて眠りが妨げられたのか、秋子さんが身じろぎしながら鼻を鳴らした。
『…ん……すぅ…』
二、三度首を揺すってから、また寝息を立て始める秋子さん。白絹の肌着の襟元がわずかにはだけて、桜色に火照った柔肌が見えている。
寝乱れた襦袢の裾に手を掛け、持ち上げていく。肉付きのいい太ももが徐々に露わになり、やがて秋子さんの淡い陰りが……。
「があああ―――っ」
頭を振って(以下略)。
「……あ」
ふと、秋子さんのほほが鮮やかな朱色に染まる。何を思い付いたのか、秋子さんはうずうずと躰を揺すり、
「…最近は少し肌寒くなってきましたけれど、祐一さんがどうしてもとおっしゃるのでしたら、裸でも………ぽ」
ほほに手を添えたまま、うっとりと媚笑を浮かべる秋子さん。
「……」
四度目の想像に挑む(←バカ)。
布団をめくると、既に眼を覚ましていた秋子さんが、生まれたままの姿でえん然と微笑んでいた。
『祐一さん…』
秋子さんははにかむようにほほを染めながら、俺を迎え入れるように身を引いて、場所を開ける。
『秋子さん』
俺は秋子さんの体温の残るベッドに忍び入り、そのまま秋子さんの細くしなやかな躰をこの腕に……。
「了承」
「はっ!?」
我に返ると、にこにこと満面に笑顔を浮かべた秋子さんと、ほっぺたを膨らませた名雪が俺を見つめていた。
「う〜…やっぱり、おとーさんはえっちだおー…」
「うふふ。分かりました、祐一さん。明日からお願いしますね」
訊かずもがなだけど、一縷の望みを託して訊いてみる。
「俺、声に出してましたか?」
恐る恐る訊ねると、名雪と秋子さんは二人揃ってこっくりとうなずいた。
「うん」
「ええ」
「ぐはっ。…どこらへんを?」
名雪は上目遣いに俺を見据えたまま、
「全部しゃべってたおー」
低い声で答えた。
「ぐあ」
秋子さんは何を想像しているのか、うっとりと瞳を潤ませて悦に入っている。
「うふふ。もっと早くおっしゃってくださっていれば、私はいつでも構わなかったんですけどね」
何が構わないんですか、とは怖くて訊けない。
「うー、なんだか悔しいおー」
名雪はほっぺたを膨らませて、もがもがと躰を揺すっている。
「何がだ」
名雪は据わった目つきで俺を見据えて、
「わたしを起こしてくれるとき、お父さんはなんにもしてくれたことがないおー」
「普通はしないだろ」
だいたい、それは犯罪だ。
「むー、こうなったら、わたしも体操着とぶるまで寝るおー」
恐ろしげなことを言い出す名雪。
「中学校のときの、小さいサイズので寝ておけば、えっちなお父さんは間違いなく飛び掛かってくるおー」
「……」
深い脱力感にさいなまれた。
「決めたおー、明日からそうするおー」
一人でこくこくうなずきながら呟く名雪。
「しなてくていい。って言うか、するな」
「するおー」
「だったら、起こしにいってやらないぞ」
「えっ」
これは効いたのか、名雪の動きが止まる。
「うー、お父さんひどいおー。無慈悲だおー、無情だおー、Les Miserablesだおー」
やけに流暢な発音で不平を漏らす名雪。
「普通に寝てろ」
「うーうーうーうーうーうーうーうーうーうーうーうーうーうーうーうーうーうーうー」
サイレンと化した名雪が、もがもがと蠢きだした。
「おとーさん、おーぼーだおー」
「お前の方が横暴だろうが」
「おーぼーだおーおーぼーだおーおーぼーだおーおーぼーだおーおーぼーだおーおーぼーだおーおーぼーだおーおーぼーだおー」
「何を言っているのか分からーん!」
一人で山彦を起こしている名雪を止める。
「うー」
「うー、ふう、ふう、うー」
蠢き疲れたのか、それとも酔いが回ってきたのか、名雪は肩で息をし始めた。
「ほれ、落ち着け」
名雪の頭に手を乗せて、子どもをあやすように軽く撫でる。まだ湿り気が残って、しっとりとしている髪の毛が、指の間を流れる。
「…ん…」
気持ちいいのか、名雪の顔がふにゃっとほころんだ。
名雪の頭を撫でたまま、秋子さんの方に向き直る。
「あの、秋子さ…秋子、俺の方が起きるのが遅いんですから、起こしにいくのは無理です」
起こしに行ったら、そこで何をして(されて)しまうか分からんという理由もあるけど。
「あら、そうですか? 残念です」
秋子さんはほほに手を当て、心底残念そうに呟いた。
「…はふぅ…」
頭を撫でられ続けていた名雪が、やけに色っぽい溜め息をついた。
「どうした、名雪」
顔を真っ赤にして、ゆらゆらと躰を揺すっている名雪に呼び掛ける。
「…んー…あつい……」
とろーんとした声と表情で、小さく呟く名雪。
「へ?」
「…ん〜」
名雪はのどを鳴らして、羽織っていたねこ半纏を脱ぐと、ふらふらとおぼつかない手付きでパジャマのボタンを外し始めた。
「うおっ。お、おい?」
「…ん…ぅー」
俺の呼び掛けを無視して、そのままぷちぷちとボタンを外していく名雪。
「…んー…えいっ」
ボタンを外し終えた名雪は、ためらいなくパジャマを脱ぎ捨てた。形のいい乳房が、大きく揺れながら露わになる。
「うわーっ」
お風呂場でさんざん見たとはいえ、それでも平静ではいられない。
ふわふわ柔らかそうな絹肌が、鮮やかな桃色に染まっている。まん丸い膨らみの頂点で、紅色の乳首だけが微かに浮き出ていて…って、見ていてどうする。
「な、名雪、せめて上に羽織れっ」
放られたパジャマを拾い上げて、名雪に突き出す。脱ぎたてのパジャマは、名雪の体温が残っていて、ぬくぬく温かくて…ってそれはどうでもいい。
「うー…あついから、やだ」
子どものように、ぷいっと顔を背けて呟く名雪。
「あのな」
「んっんん…あ〜つ〜い〜」
名雪はごろんと絨毯の上で転がると、もそもそとお尻を揺すりながらパジャマの下を脱ぎ始めた。
「ああーっ」
白いパンツが眼に眩しい…って、そうじゃないだろ。
「ふゅゅゅ」
パンツ一枚の姿になった名雪は、満足げに溜め息を吐いた。
「名雪、パジャマを着ろ」
「…ふぃ」
名雪はほえっと小首を傾げ、何か考え込んでいる。
「…んーっ…だおおーっ!」
突然、掛け声を上げた名雪が襲い掛かってきた。
「うわっ」
どんと重い衝撃と共に、豊かな膨らみが密着する。
「あーっ」
「ふに、ふに…ふにゅ〜」
名雪はふにゃっと柔らかく微笑みながら俺に頬ずりして、意味の分からないことを呟いている。
「うう…お、おい、名雪?」
柔らかな温もりにうろたえながら、名雪の顔を覗き込む。
「……ふぃ」
名雪は普段の四割り増しぐらいのほえほえ顔をあげ、
「…まふー…だおー…」
よく分からない返事が返ってきた。
「お、おーい、名雪」
「…へぅー…うりょー…」
名雪は既に人外語をしゃべっていて、会話が通じない。まさかこれが、名雪の酔い症状か?
ふらふら体全体を揺すっていた名雪が、ほわんとした表情で俺の顔を見つめた。
「…んー…ふぃー」
へにゃっと顔をほころばせて、顔を寄せてくる名雪。
「お、おい? …んぅっ」
不意を突かれ、いきなり唇を奪われる。
「うっ、ううっ」
「…んっ、んんっ…、……んゅっ、んっ、んぅんっ、んんーっ」
ぐいぐいと躰を押し付けて、体重を掛けてくる名雪の熱烈なキスに、頭がくらくらしてきた。
「んぐっ、くっ…ぷはっ」
名雪の肩を掴み、振りほどく。
「あんっ。……う〜〜〜〜〜」
キスを振りほどかれた名雪は、不機嫌そうにのどを鳴らし、瞳を爛々と輝かせて俺を見据えている。
「うっ。…あ、あの、名雪さん?」
名雪に気圧され、何故か敬称をつけて呼ぶ俺。
「……うーっ、ふぅっ。…ふぅっ、ぅふぅっ、ぅふぅっ…」
さながら野生動物のよーな荒い呼吸を繰り返す名雪。
「…まぅー…。……んっ!」
名雪はぼそっと小さく呟くのと同時に、いきなり素早いタックルを仕掛けてきて、俺は仰向けに押し倒された。
「うわっ」
そのまま覆い被さってくる名雪。
「うゅ〜…えへへ……ぅんっ」
潤んだ瞳で俺を見据えた名雪は、とろけそうな媚笑を浮かべて、唇を押し付けてきた。
「んぐっ」
「んゅっ、んぅ、んんっ…んふぅ〜」
「…んーっ、ちゅっ、ちゅっ、…んっ…んちゅっ、ちゅっ…んぅっ、んっふ…」
名雪は顔を満面の笑みにほころばせながら、ついばむように唇で吸い付いたり、舌を深く差し込んできたり、鼻の頭を舐めたり、様々なことをしてくる。
「うっ、うう」
媚びと甘え、可憐と妖艶の入り交じった名雪の仕草に、目眩がしてきた。
「…ちゅ…んっ、…ちゅっ、んぅっ…んんっ…、…んちゅ…」
潤んだ瞳をうっすらと開け、顔を真っ赤に火照らせながら、一心不乱に舌と唇を動かす名雪。
「あらあら、名雪は甘えん坊さんね」
コップを片手にした秋子さんが、ほほに手を当て、のほほんと微笑みながら言った。
「んぅ、うっ」
そんなのどかな風景じゃないと思うんですけど、と言い返す余裕はない。
「な、名雪…ちょっと、待てっ」
犬か猫のように、音を立ててほほを舐めている名雪に呼び掛ける。
「んっ、んふっ、んふぅ……、…れぅ…」
鼻を鳴らしながら顔を動かしていた名雪が、舌を出したまま目線を向けた。
「と、取り敢えず、落ち着け、な?」
名雪をこれ以上刺激しないように、穏やかな口調で話し掛ける。なんだか、猛獣を相手にしているよーな気になってきた。
「…うゅ」
名雪は興奮が落ち着いたのか、何か考え込むように俺の言葉を聞いている。
「まずは躰を起こして、離れてくれ」
「…んー……」
名雪はほえっと小首を傾げて、しばらく考え込んでから、
「…やら(やだ)!」
一言呟き、また覆い被さってきた。
「うわっ! …ちょっと…ああーっ」
「んっ、んー、んー…、んちゅ、ちゅー…、ちゅっちゅっ」
また峻烈な勢いでキスをしてくる名雪。
「ああー」
名雪に食べられる〜。
《その十一に続きます》
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星牙でございます。
マキ「マネージャーの小原マキです」
お酒は二十歳になってから。酒に飲まれる人、自分を保てない人は呑んではいけません。
マキ「……後書きのネタがなくなったか」
ご明察の通りでございます(泣)。
お読みいただきありがとうございました。
マキ「それでは、ご機嫌よう」
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