愛の劇場『お茶目な秋子さんR誕生日編 当日その五』
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桃色っぽい空気の漂う晩ご飯が終わり、居間でソファに腰掛けてくつろぐ。
左隣に名雪、右隣に秋子さんがぴったり寄り添って腰掛けていることには、今さら驚かない。
ソファに座る前に、名雪の煎れてくれた食後のお茶を、また秋子さんに口移しで飲まされたり、それを見た名雪が『うー、わたしもするよ』と言って本当にしてきたり、秋子さんにもう一回されたり、名雪にまたされたりと一騒ぎあったけど、それに関しても驚かないことにする。
普段なら、夕ご飯の後は部屋に戻って軽く横になるのが習慣になっているけど、今日はそうしようとした途端に秋子さんと名雪に、
「だめです」
「だめだよ」
とすがり付かれて、俺が少し渋ると、
「祐一さん…私達を捨てるんですか?」
「…うー」
涙目&上目遣いに見つめられてしまい、結局振り切れずに引き留められた。
テレビは消されていて、聞こえてくるのは窓の外の虫の鳴き声と、名雪と秋子さんの微かな息遣いだけだ。
「……」
穏やかな静寂と満腹のせいか、ちょっと眠くなってきた。
「…ふぁ」
思わず漏れ掛けたあくびを噛み殺すと、
「あら祐一さん、眠たくなったんですか?」
耳ざとく聞き付けた秋子さんが、くすくす微笑みながら訊ねてきた。
「ええ、少し」
俺がそう答えると、秋子さんはうっとりと顔をほころばせて、
「うふふ、仕方ありませんよ。…夕方、あんなに私を愛して下さったんですもの……ぽ」
何を思い出しているのか、秋子さんがうずうずと身悶えながら呟いた。
「あの、秋子さん?」
「秋子です」
きっちりダメ出しをした秋子さんは、とろんとした瞳を泳がせながら、何か考え込んでいる。
「…うふふふ」
秋子さんの瞳に、炎が揺らめいた…と思った瞬間、秋子さんは俺の方に向き直って、
「祐一さん、眠たくなってきたんですよね?」
ほほに手を当て、可愛らしく小首を傾げながら訊ねる秋子さん。
「へ? え、ええ」
俺がうなずくと、秋子さんはうっとりと瞳を細めて微笑み、腕を絡めるようにして、俺にしなだれかかってきた。
「うふふ…じゃあ、私の部屋で、横になって下さい」
「え」
秋子さんは熱っぽく潤んだ瞳で俺を見据えて、
「もちろん、私もご一緒させていただきます。……あ・な・た」
俺の胸に指を当て、ぐりぐりと『の』の字を描きながら、うっとりと媚笑を浮かべる。
「え、ええっ?」
これは、その…誘われている…んだろーな、やっぱり。
「ええと…秋子さん?」
秋子さんは拗ねた表情を浮かべて、
「あ・き・こ…です」
ぐっと顔を近付けてきた。
「う…あ、秋子」
「はい、あなた♪」
にっこり微笑み返す秋子さん。
「……」
目の前まで迫った秋子さんの美貌を見つめる。
「…ゴク」
夕方、橙色の陽の光を浴びながら、全身を薔薇色に染めて、嬌声を上げていた秋子さんの媚態を思い出し、つい生唾を飲み込む。
「……」
ふらふらと秋子さんの肩に手を伸ばし掛けたとき、
「…う〜〜〜」
すぐ背後で、普段より長い呻き声が聞こえた。
「うっ」
恐る恐る振り向くと、ほっぺたをぱんぱんに膨らませた名雪が、拗ねた表情で俺を睨んでいた。
「あらあら、どうしたの名雪」
凄艶な雰囲気を素早く消した秋子さんが、のほほんとした口調で訊ねた。
「うー、わたしもお父さんと寝たいよ」
上目遣いになって、おねだりするように呟く名雪。秋子さんはほほに手を当ててにっこり微笑み、
「あら、そう? それじゃあ、二人で祐一さんと添い寝しましょうか」
「うんっ」
あっさりとうなずく名雪。って、ちょっと待て。
「待って下さい、秋子さ…秋子、名雪」
「なんでしょうか、あなた」
「なあに、お父さん」
咲き誇る華のよーな明るい笑顔に、一瞬気圧される。
「うっ。いや、あの…名雪、意味は分かってるのか?」
「うん」
名雪はこっくりうなずいた。
「えっちなことするんでしょ」
「ブハッ!」
思わず吹き出した俺に、名雪はほえっとした表情を向けて、
「どうしてそんなこと訊くの?」
「……いや、もういい」
一縷の望みが絶たれたよーな気がして、重い声で答える。
「うふふ。では、行きましょうか…あ・な・た♪」
秋子さんが、催促するように腕を引っ張る。
「えへへ」
名雪も腕を絡めて、何かを期待するような視線を向けている。
「え!? …ええと…」
駄目だ、ここで誘惑に屈するわけにはいかない。
「いえ、もう眠くなくなったからいいです」
頭蓋骨ごと後ろ髪を引かれるよーな思いをしながら言う。
「あら…そうですか? でも横になった方が消化にもいいですし、少しぐらいはいいじゃありませんか」
秋子さんがひしっと俺の右腕にすがり付き、にっこり微笑みながら言った。
「そうだよ、ねえ行こうよー」
名雪も俺の左腕に絡み付けるように手を回し、おねだりをする。
「うう」
二人のふくよかな柔らかみと、じんわりと染み込んでくる温もりに、ついうなずき掛ける。って、あっさり誘惑に屈しそうになってどうするんだ、俺!
「だああっ、駄目ですっ。俺は行きませんから、二人とも離れて、座って下さいっ」
理性を総動員させ、名雪と秋子さんを強引にソファに腰掛けさせる。
「ああん」
「うー」
切ない表情を浮かべ、拗ねたようなジト眼で俺を見据える二人。
「何か文句があるんですか」
ここは旦那としての権威を示すために、ちょっと居丈高に言う。権威なんてものが有るかどうか分からないけど。
「…ありません」
「ないよ」
肩を竦めるようにして、名雪と秋子さんもしぶしぶ引き下がった。
「…うー、これがお父さんの焦らしのてくにっくなんだね」
瞳を熱っぽく潤ませた名雪が、小さな声で呟いた。
「はあ…祐一さんの意地悪……でも、そういうところも素敵…うふふ」
秋子さんは凄艶な流し目を送り、小さく囁いた。
「……」
どうやら、二人とも諦めたわけじゃないらしい。って言うか、むしろ火に油をそそいだような気がヒシヒシとする。
「お、俺、お茶煎れてきます」
居たたまれなくなり、取り敢えずこの場を離れようとすると、
「あ、お茶でしたら私が煎れてきますから、祐一さんはゆっくりなさっていて下さい」
秋子さんにやんわりと押しとどめられた。
「じゃあ、お願いします」
「はい」
ふんわり微笑んだ秋子さんを見送って、また腰掛けた。
「……」
横合いから、名雪の熱い視線を感じる。
「えへへ…おとーさんっ」
弾んだ調子で呼び掛けながら、名雪が抱き付いてきた。
「うっ」
ふわふわ柔らかな肢体の感触に、つい呻き声を上げる俺。
「えへへ」
名雪は屈託なく微笑んで、匂い付けをするように躰をこすり付けてきた。
「うおっ。…よ、よせ、名雪」
掠れた声を振り絞って言うと、名雪は上目遣いに俺を見つめて、
「えへへ…照れているお父さんって、可愛い♪」
色っぽい媚笑を浮かべて、さらにぐりぐりと躰をすり寄せてきた。
「ああっ」
初めて見る名雪の女っぽい表情と柔らかな温もりに、頭がくらくらしてきた。
「うう…、ぐああっ!」
名雪の肩に手を置き、必死の思いで引き剥がす。
「あん」
切ない呟きを漏らし、寂しげに表情を曇らせる名雪。
「はあ、ふう」
呼吸を整えていると、
「お待たせしました」
「うわあ!」
いきなり背後から声を掛けられ、何か悪いことをしているところを見付かったような感じで、大声を上げる俺。
「あらあら、うふふ。驚かせてしまいましたね」
秋子さんはいつもの柔和な微笑みを浮かべて、湯飲みを載せたお盆をテーブルの上に置いた。
「さ、どうぞ」
「は、はい」
秋子さんから湯飲みを手渡される。
「…ふう」
うまいお茶を飲んで、ようやく一息つけた。
「うふふ」
秋子さんは、湯飲みを傾けている俺を微笑ましげに見つめている。
「うー」
名雪はまだ残念がっているのか、小さく呻き声を上げた。秋子さんが名雪に微笑み掛けて、
「うふふ、惜しかったわね、名雪」
「ゴフッ」
思わずお茶をのどに詰まらし掛け、軽くむせる俺。
「うん」
こっくりうなずいて、名雪は自分の躰を抱き締めるように肩に手を置き、もがもがと身悶えた。
「うー、またお父さんの焦らしのてくにっくに手玉に取られたよー」
言いながら、拗ねたような、媚びるような微妙な視線を送ってくる名雪。
「あらあら」
名雪は秋子さんの方を振り向き、
「お母さんはお父さんとえっちしているときのことを思い出してそれを反芻すればいいけど、わたしはそれも出来ないよー」
「ガフッ」
また軽くむせた。
「うふふ。そうね」
秋子さんはうっとりと微笑みを浮かべてから、可愛く恥じらうように躰を揺すった。
「…でも、そういうのだけじゃあ満足できないものよ? むしろ温もりを知っている分、切ないこともあるぐらいだもの」
言いながら、また凄艶な流し目を送る秋子さん。
「ふーん、そうなんだ」
名雪は感慨深くうなずき返して、おねだりするように上目遣いで俺を見つめてきた。
「……」
また落ち着けない雰囲気に逆戻りして、居たたまれなくなる俺。
ふと、秋子さんが時計を見上げて、
「あら…そろそろ、お風呂が沸く時間ですね。名雪、あなたから入る?」
早寝の習慣がある名雪は、普段は一番風呂に入ることが多い。秋子さんに訊ねられた名雪はうーんと考え込んで、
「ううん。今日はわたし、洗い物をしてから入るよ」
にっこり微笑んで答えた。
「そう? じゃあ祐一さん、お先にどうぞ」
俺に微笑み掛けながら、秋子さんが言った。
「分かりました」
たまには一番風呂も悪くないだろう。何より、この場から離れられるのがありがたい。
「じゃあ私と名雪は、食器の片付けをした後に入りますね」
秋子さんがほほに手を当て、いつものふんわり優しい微笑みを浮かべながら言った。
「はい」
あっさりとうなずいて答える俺。
…この時、取り敢えずこの桃色っぽい雰囲気から逃れられる、ということしか考えていなかった俺は、秋子さんの『片付けをした後に入ります』とゆー言葉の意味に気が付かなかった。
《当日 その六に続きます》
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星牙でございます。
マキ「マネージャーの小原マキです」
仲睦まじい家族の、のどかな情景ですな。
マキ「仲睦まじいかどうかはともかく、断じてのどかではないよーな気がするぞ」
気のせいだヨ。
お読みいただきありがとうございました。
マキ「それでは、ご機嫌よう」
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