愛の劇場『お茶目な秋子さんR誕生日編 当日その四』
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「はぅ」
何度目かの逢瀬が終わり、ぼんやりとその余韻に浸っていると、扉が軽くノックされた。
「お母さん、お父さん、ご飯が出来たよー」
「!」
名雪の声に、全身が硬直する。
「え、あ」
慌てふためいている俺とは対照的に、秋子さんはのんびりと落ち着いた様子で、
「ええ、分かったわ。すぐ行くから。ありがとう、名雪」
「うん」
ぱたぱたと名雪の足音が遠ざかる。
「ふう」
俺が安堵の溜め息をつくと、秋子さんはくすっと可笑しそうに微笑んだ。
「うふふ。…じゃあ、服を着て居間に行きましょうか」
秋子さんはベッドから降りて、下着を付け始めた。
「……」
桜色に火照った秋子さんのお尻に見惚れて、ベッドから動けなくなる俺。
と、ブラジャーとショーツを身に付けた秋子さんが振り返り、
「うふふ。ほらほら、私に見取れていないで、早く服を着て下さい…あ・な・た」
秋子さんはにっこり微笑んで、少しはにかむように身じろぎしながら言った。
「は、はい」
慌ててベッドから降りて、脱ぎ散らかされていた服を着始める。
「あの、秋子さん」
鏡の前で、三つ編みを編み直している秋子さんに呼び掛ける。
「秋子です」
秋子さんが鏡の方を向いたまま答えた。
「…あー、秋子」
「はい、あなた♪」
にっこり微笑んで振り向く秋子さん。
「なんでしょうか。…あ、分かりました」
秋子さんは瞳を輝かせて、うっとり微笑んだ。
「もう一回ですね? うふふ、もう祐一さんたら…♪」
秋子さんは顔を真っ赤に染めて、いやんいやんと身悶えてから、着たばかりの衣服をするすると脱ぎ始めた。
「そ、そうじゃないですよ!」
「あら、違うんですか」
少し残念そうに呟く秋子さん。
「違います」
きっぱりと断る。一瞬、心が惹かれたのは秘密だ。
「ええと…大丈夫なんですか?」
名雪への言い訳とか、色々な意味を込めて訊ねると、秋子さんはにっこり微笑んで、
「大丈夫です」
はっきりと言いきった。
「ふふふん ふん ふ〜ん♪」
秋子さんは三つ編みを編み終え、鼻歌を唄いながら姿見鏡の前で服装を点検している。
「…あ」
ふと、秋子さんは何かに気付いたように自分の腕に鼻を寄せて、うっとりと顔をほころばせた。
「どうかしたんですか?」
俺が訊ねると、秋子さんはとろんとした微笑を浮かべて、ほほを赤らめた。
「うふふ…祐一さんの匂いがします」
「……」
むちゃくちゃ気恥ずかしくなった。
秋子さんと連れ立って、部屋を出る。
「うふふ」
秋子さんがにっこり微笑んで、腕を絡めてきた。今さっき、布団の中で何度も揉みしだいた乳房が、二の腕に押し付けられる。
「う…ちょ、ちょっと、秋子さん」
「……」
拗ねた表情の秋子さんに黙殺される。
「…あー、秋子」
「はい。なんですか、あなた♪」
嬉しそうに微笑んで返事をして、身を乗り出してくる秋子さん。ふにゃっとした温もりが、柔らかく腕を圧迫する。
「うう…あ、あの、もう少し離れて下さいよ」
掠れた声で懇願すると、
「うふふ、いいじゃありませんか」
秋子さんは可笑しそうに微笑んで、さらに強く胸を押し付けてきた。
「うああ」
柔らかな感触に緩みそうになる顔を引き締めて、居間に入る。
「あれっ、早いね」
ソファに腰掛け、テレビを見ながらマグカップを傾けていた名雪が、振り向いて言った。
「そうか? どうしてだ」
俺が訊くと、名雪はさも当たり前という顔をして、
「だって、お父さんとお母さんはもっとえっちしてくると思ってたもん」
あっさり答えた。
「ブハッ」
思わず吹き出す俺。対して、名雪はのほほんと落ち着いたまま、
「まにあっくなお父さんのことだから、下着姿のお母さんを見てえっちな気持ちになって、そのまま襲い掛かったりして、それで遅くなるんだろうなあって」
「ガハッ」
また吹き出す。
名雪にばれていることも驚いたけど、そのことより、的を射た指摘が恐ろしい。名雪が鋭いのか、俺が単純なのか、或いはその両方か理由は分からないけれど。
「うふふ」
秋子さんはふんわり微笑んでいる。
名雪は秋子さんの方に向き直り、
「ねえお母さん、お父さんにひどいことされなかった? 手錠をはめられたり、首輪と鎖で繋がれたりとか」
真面目な顔で訊ねた。
「おーい」
名雪、お前は俺を何だと思っているんだ。
「うふふ。大丈夫よ、名雪」
秋子さんはにっこり微笑んで、首を横に振って答えた。
「名雪、ちょっと来て」
秋子さんは俺から身を離し、名雪を手招きして、自分の側に呼んだ。
「なあに、お母さん」
秋子さんは名雪と一緒に、俺から少し離れた場所に移動する。
「祐一さんは優しい人だから、ひどいことはしないわ。でも、その代わり……ごにょごにょ」
名雪の耳元の唇を寄せて、何事か囁く秋子さん。と、名雪の顔が見る見るうちに赤く染まる。
「えっ、えっ…そ、そんなことするのっ?」
「ええ、そうよ。…それでね…」
何を思い出しているのか、囁いている秋子さんの顔も赤い。
「うん…わ、わっ…うん、うん…えっ、本当?」
名雪が瞳を丸くして、勢い込んで秋子さんに訊ねる。
「ええ…うふふ」
秋子さんはうっとりと顔をほころばせて、こくんとうなずいた。
「うわー…羨ましいよー」
名雪はくねくねと身悶えしながら、何かを期待するような眼差しで俺を見つめている。
「…うっ」
落ち着かないので、取り敢えず目線を逸らす。
「うー」
近付いてきた名雪が、正面に回り込んできた。
「……」
名雪の視線から逃れるように、躰の向きを90度変える。
「うー」
名雪がまた正面に回り込んでくる。
「……」
「うー」
「……」
「うー」
俺を中心にぐるぐると回り続ける名雪。
「…だああっ、いい加減にしろっ」
回り疲れ、堪らず大声を出す。
「うーっ」
名雪は拗ねたような表情で俺を見据えた。
「あらあら名雪、祐一さんが困っているわよ」
見かねた秋子さんが、やんわりと名雪とたしなめた。
「だって、羨ましいんだもん」
名雪はほっぺたを膨らませて拗ねている。
「うふふ。羨ましがっても駄目よ、名雪」
秋子さんはくすっと小さく微笑み、俺に近付いてきた。そのまま寄り添うように躰を押し付けて、
「…祐一さんは、私だけのものなんだから…。…ねえ、あ・な・た♪」
チュッと音を立てて、秋子さんの唇が俺のほほを吸った。
「あーっ」
名雪が瞳を見開き、大きな声を上げる。
「ちょ、ちょっと、秋子さん?」
「……」
黙殺。
「…あー、秋子? あの…」
「…うふふふ…」
秋子さんはうっとりと媚笑を浮かべて、
「…もちろん、私もあなただけのものです。…身も心も……ね?」
凄艶な囁き声を漏らし、手足を絡めるようにして抱き付く秋子さん。
「うっ」
まだ火照った余熱が残っていて、秋子さんの躰は少し熱い。少し高めの体温が、触れ合った部分からじんわりと染み込んできて、思わず息を飲む。
「あーっ。お父さん、すごく幸せそうな顔してるよーっ。うーっ、うーっ、うーっ、うーっ」
またサイレンと化した名雪は、もがもがと手足を振り回して悔しがっている。
「うー、親子の壁がわたしの愛を阻むよー。行き場を失ったわたしの情愛は、どこに行くか分からないよー」
俺はお前の言っていることの方が分からんぞ、名雪。
「うふふ」
と、秋子さんが唐突に離れた。突然温もりを失って、言い様のない寂しさが込み上げてくる。
「名雪」
「うー?」
秋子さんはほほに手を当てて、いつもの柔和な微笑みを浮かべて、
「そんなに悔しがらなくても大丈夫よ。今のは冗談です」
「え」
冗談と言われて、俺の方がショックを受ける。…まあ、当たり前と言えば当たり前なんだけど。
「うー…本当? お母さん」
名雪が上目遣いに秋子さんを見上げて、不安そうに訊ねた。秋子さんはにっこり微笑み、
「ええ、本当よ。だって祐一さんは、私と名雪二人のものだもの」
「へ?」
どうやら、『俺は秋子さんだけのもの』とゆーのが冗談だったようだ。
そうなんですか? と俺が訊く前に、
「わーい」
歓声を上げて、名雪が抱き付いてきた。
「うっ」
秋子さんの温もりが離れて、寂寥感を感じていた俺は、名雪の温もりにあっさり陥落する。
「えへへ、おとーさんっ」
胸板にほほを寄せ、ぐりぐりと頬ずりする名雪。
「あうっ…ちょ、ちょっと待て、名雪」
上擦った声で呼び掛ける。
「いやだよ(一秒)」
名雪はぴったりとしがみついたまま、離れない。
「あううっ」
昨日の夜にも見て思ったけど、名雪の胸も大きくて柔らかいなあ…って、感心してどうする。
「うふふ、祐一さん」
微笑ましげに名雪と俺を見つめていた秋子さんが、しずしずと俺の背後に回り込んできた。
「なんですか…うわ!」
秋子さんは何も答えずに、いきなり俺の背中にしなだれ掛かる。
「あ、秋子さんっ?」
「秋子です」
俺の背中に躰を密着させたまま、拗ねたような囁き声で答える秋子さん。
「…あ、秋子、う…な、何をしているんですかっ?」
「うふふ、祐一さんの温もりを感じているんです」
あっさり答えると、秋子さんは俺の肩に顔を乗せてにっこり微笑み、
「うふふ…私の身も心も、祐一さんのものというのは本当ですよ? …あ・な・た♪」
耳元で囁き、ぎゅっと躰を押し付けてきた。
「ああっ」
前から名雪、後ろから秋子さんに挟まれ、身動きが取れない。
「えへへ、おとーさんっ」
「うふふ…あ・な・た」
名雪と秋子さんはうっとりと囁いて、うずうずと躰を揺すり始めた。
「ううー」
ふわふわ柔らかくて、ぽよぽよ弾む膨らみが、前後から押し付けられる。
「あううあー」
…いかん、頭がくらくらしてきた。
「…はあ…おとーさん…」
「…あふ…あなた…」
名雪と秋子さんが、熱い吐息を吹きかけてきた。
「う、うう」
頭の奥が熱くなり、ぼんやりと痺れたようになる。
「……っ」
このまま一息に、名雪と秋子さんを抱きすくめてしまおうかという考えが俺の脳裏をよぎった瞬間、
ピー ピー
台所の方から、電子音が聞こえた。
「あら…ご飯が炊けたみたいですね」
秋子さんが呟いて、名残惜しそうに躰を離した。
「うー」
名雪も不承不承に躰を離す。
「…はあっ」
間一髪のところだった俺は、ふらふらしながらも何とか踏みとどまって、卒倒することだけは堪えた。
「うー、もっと遅くセットしておけばよかったよ」
ほっぺたを膨らませて、小さく呟く名雪。
「……」
もっと遅かったら大変なことになっていただろうから、俺は助かった。
秋子さんは拗ねている名雪に微笑み掛けて、
「うふふ、大丈夫よ名雪」
「どうして」
秋子さんは何故か俺の顔を見て、うっとりとした微笑みを浮かべて、
「まだ、夜は長いんだから…ね?」
「あ、それもそうだね」
それを聞いた名雪も、にっこり微笑んで、
「えへへ…」
何故か俺に流し目をくれた。
「……」
秋子さんの微笑みと、名雪の流し目に、一体どーいう意味があるのだろーか。…何となく怖いので、訊くのはやめておく。
秋子さんが、俺の右腕を取った。
「うふふ、じゃあ名雪の作ってくれたご飯をいただきましょうか。…ね、あ・な・た♪」
名雪も俺の左腕を取って、
「えへへ…たーっくさん食べてね、おとーさんっ♪」
「……」
そのまま為す術もなく、ずるずると引きずられていく俺。どうやら水瀬家では、旦那の立場はとことん弱いらしい。
・
・
「はい、あーんして下さい、あ・な・た」
秋子さんがにっこり微笑みながら、肉の切り身を摘んだ箸を差し出す。箸の下にきちんと手の平が添えられているのが、いかにも秋子さんらしい。
「さ、あーん」
促すように、自分も『あーん』と口を開ける秋子さん。
「……」
俺が口を開けると、肉が口の中に運び込まれてきた。そのままもぐもぐと咀嚼して、飲み込む。
「うふふ」
秋子さんは嬉しそうに微笑み、次に何を差し出そうか物色し始める。
「お父さん、こっち向いて」
反対側の名雪に呼ばれ、左を振り向く。
「はい、お父さん。あーんして」
名雪がシシトウのベーコン巻きを差し出してきた。
「ほら、あーん、だよ」
秋子さんと同じように、『あーん』と言いながら自分も口を開ける名雪。
「……」
口を開け、名雪の箸からベーコン巻きをもらって、もぐもぐと咀嚼する。
「おいしい?」
俺が飲み込んだのを見計らって、名雪が上目遣いに見上げながら訊ねた。
「ああ、うまいよ」
俺がそう答えると、
「えへへ」
名雪も本当に嬉しそうに顔をほころばせて微笑んだ。
「……」
テーブルの一辺に名雪、俺、秋子さんの順で座り、ずっと交互に食べさせてもらっている。無論、俺の箸は一度も使ってない…って言うか、最初から用意されてない。
食べさせてもらうのはもちろん嬉しいし、気持ちも伝わって来るんだけど、やはり何と言うか落ち着かない。
「はあ」
思わず小さく溜め息を吐くと、
「あら、どうかしたんですか祐一さん」
秋子さんが、心配そうに顔を寄せてきた。
「あっ。もしかして、味がおかしかった?」
左隣の名雪も、心細そうな表情で訊ねてくる。
「え? いや、そんなことはない。うまかったよ」
実際、名雪の料理は充分にうまいし、何より空腹ではあるんだけど。
「そう? よかった」
名雪はにっこり微笑んで、フォークで絡めたパスタサラダを差し出し、
「じゃあ、はい。あーんして、お父さん」
ぐっと身を乗り出してきた名雪の胸が、肩口に押し付けられる。
「うっ…、…い、いただきます」
内心の動揺を押し隠し、口を開けてサラダを受け取る。
俺が咀嚼して飲み込むと、秋子さんが顔を寄せてきた。
「祐一さん、のどは渇いていませんか?」
「え? ええ、はい」
秋子さんはにっこり微笑んで、
「うふふ…分かりました」
水の入ったコップを手に取り、秋子さんは自分の唇に寄せる。
「あ」
止める間もなくコップを傾けて、水を口に含んでしまう秋子さん。
「…ん」
秋子さんは口元を手の平で隠し、もう片方の手を俺のほほに添えて、頭を固定した。
「…あ、秋子さ…むぐっ!」
秋子さんの顔が近付いてきた、と思った瞬間、唇が重ねられていた。
「あーっ!」
いち早く、名雪が大声を上げる。って言うか、今の状況で声を出せるのは名雪しかいない。
「んんー…っ」
秋子さんの口腔内で温められた水が、口の中に注ぎ込まれてくる。
「んぐっ、…ぐっ」
反射的にそれを飲み込むと同時に、頭がジンと痺れたように熱くなった。
「んふ…う…、…んん」
秋子さんは口の中の水を流し込み終えても、顔を寄せたまま唇を重ねている。
「…ん…んんっ」
と、秋子さんは瞳を細めて微笑み、舌を差し入れてきた。
「んぅっ!」
我に返り、慌てて秋子さんの肩を押さえて引き剥がす。
「あんっ…うふふ」
秋子さんは残念そうな吐息を漏らして、うっとりと媚笑した。
「うーっ、お母さんっ」
呆然としていた名雪が、わたわたと手を振って大きな声を上げた。
「ご飯を食べているときは、ちゅーとかしたらいけないんだよっ」
そんな決まりがあったのか? 相変わらず、名雪の突っ込みはどこかずれている。
秋子さんはのほほんと微笑んで、
「うふふ、今のはキスじゃなくて、ただの口移しよ?」
「うー」
あっさり言いくるめられ、名雪が拗ねた声を漏らす。
「……」
名雪は何か考えるように黙り込み、
「あっ…えへへ」
名雪が小さく声を上げて顔を輝かせて、にっこり微笑んだ。…なんだか、嫌な予感がする。
名雪は俺の顔を覗き込むようにして、
「えへへ…お父さん、口の横にマヨネーズが付いてるよ」
「え、どこだ」
「わたしが取ってあげるよ」
ちり紙を取ってくれるのか、と思った瞬間、
「んーんっ」
いきなり顔を寄せてきた名雪に、唇を奪われた。
「ううっ!?」
俺のほほに指を添えた名雪が、口に舌を差し込もうとしてくる。
「んぐっ…、ぷはっ」
秋子さんの時と同じように、名雪の肩を押さえて引き剥がす。
「んあっ…。…うー」
甘えるようにのどを鳴らして、拗ねた表情で俺を見つめる名雪。
「はあ、はあ…何を考えているんだ、名雪っ」
名雪は首をすくめて、上目遣いに俺を見つめて、
「うー…だって、わたしもお母さんみたいに、お父さんとちゅーしたかったんだもん…」
『むー』と唇を尖らせ、寂しげに呟く名雪。…うっ、可愛い…って、そうじゃないだろ。
「…ああ、もう」
名雪の表情を見て、疲労感が込み上げてくるのと同時に、妙に微笑ましい気持ちになる。
「名雪」
呼び掛けながら、名雪の頭に手を置いた。
「うー」
怒られると思ったのか、名雪がびくっと肩をすくめた。俺は名雪の頭を撫でて、
「名雪の気持ちは嬉しいけど、今はご飯時なんだ。大人しくしていないと駄目だろ」
子どもをあやすように、指で名雪の髪の毛を梳きながら言う。
「あ…」
名雪が小さく声を上げ、瞳がとろんと潤んだ。
「せっかく名雪の作ってくれたうまいご飯も、落ち着いて味わわないともったいないじゃないか。だから、はしゃぎすぎないようにして食べような」
「…うん…」
妙にうっとりとした表情で、こくんとうなずく名雪。
「よし」
俺がうなずき返して、手を離すと、
「…ああ」
名雪が寂しげな溜め息を吐き、しょんぼりと肩を落とした。
「?」
まあいいか、と思いながら正面に向き直ると、
「…ひどいです、祐一さん…名雪にばっかり、優しく構ってあげて……グスン」
放っておかれた秋子さんが、肉の切り身に箸を突き刺して拗ねていた。
「へ? あ、あの、そうじゃないんですよ」
秋子さんは恨めしげな上目遣いで俺を見据えて、
「…私みたいな大年増は、放置プレイですか?」
「何を言っているんですかっ」
秋子さんみたいに綺麗な人を放置プレイにするなんて、そんな勿体ないことは出来ない…って、ちょっと違うな。
・
・
秋子さんをどうにかなだめてから、名雪と秋子さんにはいつもの場所の椅子に戻ってもらって、改めてご飯を食べ始める。
「名雪も、随分お料理が上手になったわね」
魚の煮付けを飲み込んだ秋子さんが、名雪に微笑み掛けながら言った。
「えへへ、そうかな。…ありがとう、お母さん」
はにかんでほほを染め、俯く名雪。
「……」
のどかな団らん風景だ。…これだよ、うん。これが当たり前の家族の情景なんだよ…と心の中でそっと涙を拭う俺(←大袈裟)。
ふと名雪が箸を止めて、秋子さんの顔をまじまじと見つめた。
「ねえお母さん、ちょっと痩せた? ほっぺたが細くなってるよ」
「あら、そう?」
秋子さんはほほに手を当てて、撫でるように軽く動かしている。
「……あ」
思案するように黙り込んでいた秋子さんが、何か思い当たったらしく、ぱっと顔を輝かせた。
「…うふふ」
そのまま、やけに色っぽい媚笑を浮かべる秋子さん。
「どうしたの、お母さん」
「うふふ、名雪。これは痩せたんじゃなくて、『幸せやつれ』って言うのよ」
うっとりと瞳を潤ませた秋子さんが、ほほを撫でながら答えた。
「なあに、それ」
名雪が小首を傾げながら訊ねる。秋子さんは瞳を細めて、
「だから…祐一さんにたくさん愛してもらって、それでやつれたのよ」
「ブハッ」
思わず口の中の物を吹き出しそうになった。
「あ、そうなんだ」
あっさり納得する名雪。
「あ、秋子さん?」
不穏な空気を感じ、制止しようと呼び掛ける。
「秋子です」
押しの強い微笑みを浮かべた秋子さんに、ダメ出しをされた。
「…あー、秋子。そういう話しはちょっと…」
「うふふ、いいじゃありませんか。名雪ももう子どもではありませんし」
のほほんと言いきる秋子さん。そーいう問題なのだろーか。
名雪は興味津々という表情で、躰を乗り出して、
「ねえお母さん、さっき部屋に行っていたとき、何回えっちしたの?」
「ガハッ」
また吹き出しそうになる俺。
「うふふ。名雪、そういうことは、大きい声では話せないから…」
うっとりと微笑みを浮かべた秋子さんが、名雪を手招きした。
「あのね………ごにょごにょ」
名雪の耳元に唇を寄せ、何事か呟く秋子さん。
「うん……え、ええっ! そんなに?」
瞳を見開いた名雪が、畏怖と驚愕の入り交じった表情で俺を見つめる。一体、どんなことを話しているんだ?
「それで……」
秋子さんは恥じらうようにほほを赤く染め、また名雪に何か囁く。
「……うん、うん……ええっ!? お母さん、おっぱいだけで…むぐっ」
何か言いかけた名雪の口を、秋子さんの手が塞いだ。
「だ、だめよ、名雪っ」
顔を真っ赤にした秋子さんが、珍しく慌てた様子で名雪を叱った。
「…うー」
口を塞がれたまま、こくこくとうなずく名雪。
「ふう…名雪、驚いても大きな声を出してはだめよ」
「はあい」
名雪の口を離して、秋子さんがまた囁きだした。
「…それでね、祐一さんがね……」
「うん、うん…わ、本当?」
「ええ……うふふ」
うっとりとした媚笑を浮かべ、秋子さんが俺に流し目を送ってきた。
「ううっ」
先刻までの和気あいあいとした雰囲気は既になく、何だか桃色っぽい空気が充満している。
「うふふ、それから祐一さんは……で、…私を…」
「わ、わっ…そ、それから?」
名雪と秋子さんはお互いに顔を真っ赤にして、何やら囁き合っている。
「…祐一さんが……して、私も…で…」
「ええっ、じゃあお母さん、……しちゃったの?」
瞳を丸くして訊ねる名雪に、秋子さんはこくんと恥じらうようにうなずき、
「…ええ…。…それでね……」
「う、うん、うん…、…わー…」
また瞳を丸くして、今度は俺を見つめる名雪。
「……」
名雪と秋子さんの視線から逃れるよーに、飯をかき込む俺。…誰か助けて。
《当日 その五に続きます》
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星牙でございます。
マキ「マネージャーの小原マキです」
ここからしばらくは、まったりとした展開が続きます。言うなれば充電期間。
マキ「これでまったりなのが、そなたの恐ろしいところじゃな」
お読みいただきありがとうございました。
マキ「それでは、ご機嫌よう」
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