愛の劇場『お茶目な秋子さんR誕生日編 当日その弐』

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 秋子さんはふんわり微笑んで、居住まいを正した。
「では少し残念ですけれど、初孫は保留ということですね」
「うん、そうだね」
 俺に抱き付いたまま、あっさり言う名雪。名雪の躰はふにふに柔らかくて温かいから、わざわざ振りほどかない。
「…もうそれはいいですから」

「お母さん、他に何かして欲しいこととかないの?」
 名雪は俺の上で丸まった体勢のまま、秋子さんに訊ねた。
「……」
 秋子さんはほほに手を当て、少し黙り込んだ。と、ぱっと顔を輝かせて、
「あ、そうです。これは祐一さんでないとお願いできないことなんですけれど」
「はい、何ですか」
 今度は何なのだろーか。まあ、初孫云々に比べれば、まだ簡単だろう。
「私と結婚して下さい」






































「………………………………………………………………………………………………………」
 また思考が停まる。どーやら、俺の考えはとことん甘いらしい。

 今度も、先に動きだしたのは名雪だった。
「えっ、えっ、えーっ」
 さっきよりも慌てた様子で、わたわた手足を動かす名雪。
「そんなっ、お母さんと祐一が結婚したら、わたし祐一のこと『お父さん』って呼ばないといけなくなるの?」
 名雪はまた突っ込みどころを間違えているよーな気がする。
「あら、別に『お父さん』でなくても、『パパ』とか『お父様』でも構わないのよ」
 のほほんと微笑みながら切り返す秋子さん。
「あ、そうか」
 名雪は今ので納得したのか、あっさり引き下がる。

「って、ちょっと待って下さい!」
「はい、何でしょうか」
 ほえっと顔を上げる秋子さん。
「結婚って…その、無理ですよ!」
「どうしてですか?」
 邪気のない微笑みを浮かべる秋子さんを見て、一瞬言葉に詰まる。
「どうしてって…」

 と、秋子さんの表情が暗くなった。
「…祐一さん、私と結婚するのが嫌なんですか?」
「へ?」
 秋子さんは痛々しい表情で瞳を潤ませ、視線を逸らした。
「…そうなんですね? …私みたいな大年増となんて結婚したくないと…そうおっしゃりたいんですね?」
 顔を俯かせ、肩を震わせる秋子さん。
「え、ええっ? そ、そんなんじゃないですよ!」
「……」
 秋子さんは納得していないらしく、まだ拗ねたような表情を浮かべている。

「…祐一」
 と、名雪が俺のトレーナーの裾を引っ張った。
「なんだよ」
「…祐一は、わたしのお父さんになるのが嫌なの?」
 俺の顔を見上げる名雪の瞳が、うるうると潤んでいる。…って、またかい!
「違う! そういうことじゃないっ」

「…じゃあやっぱり、私と結婚することの方が嫌なんですか?」
 曇った瞳で、哀しげに俺を見つめながら呟く秋子さん。
「違いますっ!」
「あっ、分かった。祐一は、わたしのお父さんになるのも、お母さんと結婚するのも、両方が嫌なんだね」
 名雪がハラハラと涙をこぼしながら呟いた。
「それも違うっ!」

 二人とも、潤みきった瞳で俺を見据えている。
「…うるうる」
「…うるうるうるうる」
 なんだか、俺一人が悪人のよーな気がしてきた。
「だから、嫌とかそういうんじゃないですよ! そうじゃなくて、俺と秋子さんは三親等ですから法的に結婚できないって言ってるんです!」
 秋子さんは物憂げな表情で顔を上げて、
「それぐらい知っています」
「え?」

 秋子さんはソファから降りると、絨毯の上に直接しゃがみこんで、床に『の』の字を描き始めた。
「…グスン…祐一さん、私がほんの冗談で言っただけなのに、あんなに力いっぱい嫌がらなくてもいいじゃありませんか…」
 可愛らしく小鼻をすすりながら、拗ねた口調で囁く秋子さん。
「じょ、冗談?」
 秋子さんは顔を俯かせたまま、こっくりとうなずいた。
「…それなのにあんなに…本気で嫌がるなんて…」
 秋子さんは細い肩を哀しげに震わせている。
「うっ。…あの、嫌がってたわけじゃないですよ。ただ、驚いていたんです。だいたい、冗談だったら初めからそう言って下さい」
 秋子さんは少し据わった目つきで俺を見上げて、
「最初から言ってしまっては、冗談にならないじゃありませんか」
 そりゃそうだ。
「私だって、常識レベルの法律ぐらい知っています。祐一さんと法的に結婚できないことぐらい分かってますよ」
 秋子さんとか名雪の場合、知識として持っていても、それを理解はしていないんじゃなかろーか、と思うことが多々あるんですけど。

「……」
 でもまあ、そう言われて考えてみれば、さっきの『結婚して下さい』発言は、秋子さんなりの冗談というか、誕生日プレゼント代わりの我が侭だったんだろう。
「…グスン」
 秋子さんはまだ指先で床に『の』の字を描き続けている。
「……」
 そうだな、今日の残りと明日ぐらいは秋子さんのお願いをきいてもいいか。秋子さんの旦那役っていうのも面白いかもしれないし。

 俺は秋子さんの側に屈み込んで、目線を合わせて、
「分かりました、秋子さん。俺でよければ、結婚して下さい」
「……」
 秋子さんは、怖ず怖ずと顔を上げて、俺の眼を覗き込んだ。
「…本当ですか?」
「ええ」
 秋子さんの顔が、ぱっと華やいだ。
「まあ、ありがとうございますっ」
 秋子さんは微笑みながら、全体重を掛けて抱き付いてきた。
「うおっ」
 不意を突かれ、押し倒される俺。ああ、成熟した大人の肢体特有の柔らかみが…って、感心している場合か。

 秋子さんは仰向けになった俺に覆い被さり、俺の顔を覗き込むように見つめた。
「…うふふ」
 秋子さんはにっこり微笑んで、顔を近付けてきたかと思うと、

 チュッ

「…う?」
 少し湿った、温かくて柔らかい感触が唇に重ねられた。
「……、…ふぅ」
 にっこり微笑んだ秋子さんの顔が離れる。
「……」
 ちょっと待て。今のは…。

「ああーっ、お母さんが、祐一とちゅーしたーっ」
 俺が結論を出す前に、名雪が大声を上げた。
「あら、だって私と祐一さんはアツアツラブラブの夫婦なんだから、キスぐらいしてもおかしくないわよ」
 ほほに手を当てて微笑みながら、のほほんと答える秋子さん。って言うか、俺と秋子さんはアツアツラブラブなのか。
「うー。いいなあ、いいなあ」
 羨ましがって、唸る名雪。
「うふふ、いいでしょう」
 秋子さんは名雪に微笑み掛けてから、また俺に顔を近付けて、
「…ん」
 再度、唇が重ねられる。
「う」
 しっとりと湿った柔らかな感触と共に、さっき食べたケーキの甘味がじんわりと伝わってくる。
「…ん…ちゅ、…んふ…」
 唇を重ねたまま、瞳を細めて微笑む秋子さん。
「ああーっ、またちゅーしたーっ。うー、うー」
 じたばたと身悶えて羨ましがる名雪。

「…ふう」
 たっぷりキスを堪能し、満足げな吐息を漏らしながら、秋子さんが唇を離した。
「ぷはっ、…はあ、はあ」
 ようやく大きく呼吸をする俺。
「うーうーうーうーうーうーうーうーうーうーうーうーうーうーうーうーうーうーうーうー」
 名雪は既にサイレンと化している。
「うふふ、そんなに羨ましい?」
 秋子さんが、少し火照って赤くなったほほに手を当てて微笑みながら、名雪に訊ねた。
「羨ましいよー」
 名雪はもがもがと身じろぎをして、全身で『羨ましい』とゆー気持ちを表現している。
「じゃあ、名雪もしてもいいわよ」
 あっさりと言い放つ秋子さん。
「え」
 驚きの声を上げたのは俺だった。
「祐一さんと名雪は親子なんだから、キスぐらいしても問題はないわ」
「あっ、そうか。わーい」
 あっさりと納得して、喜々として顔を寄せてくる名雪。
「ちょっと待て、名ゆ…むぐ」
 頭の上の方から名雪の顔が近付き、ためらいなく唇が押し付けられた。
「んぅ…ぅ」
 名雪の唇は、秋子さんの唇よりもほんの少しだけ弾力があるような感じがして、ぷくぷく柔らかい。
「んん、ん…」
 瞳を伏せ、うっとりとキスを愉しむ名雪。

「…ん…はぁ」
 やけに色っぽい溜め息を漏らして、名雪が唇を離した。
「…ふう」
 瞳を潤ませて、唇に指を当てる名雪。
「うふふ、じゃあ次は私の番ね」
 と、また秋子さんが顔を寄せてきた。
「ま、待った! 待って下さい!」
 声を振り絞り、秋子さんを押しとどめる。

「はい、なんでしょうか」
 俺の上にまたがったまま、のほほんと訊き返す秋子さん。
「な、なんでしょうかって…、い、今のは…」
 どもりながら訊ねると、秋子さんは恥じ入るようにほほを朱色に染めて、
「もちろん、愛する夫へのキスですよ」
「ぶはっ」
 真っ向から切り返され、思わず吹き出す。

 秋子さんは瞳を細めて、うっとりとした微笑みを浮かべた。
「…うふふ…あ・な・た」
「ガハッ」
 完璧に不意を突かれ、また吹き出した。
「ごほ、ごほっ…ちょっと、秋子さん」
 秋子さんは少し拗ねたような表情をして、
「祐一さん、私は祐一さんの妻なんですから、敬称は要りませんよ」
「へ? じゃあ、何て呼べばいいんですか」
 秋子さんは待ってましたと言わんばかりに瞳を輝かせて、
「秋子と呼んで下さい」
「ええっ!?」

「ちょっと待って下さい、秋子さん」
「……」
 秋子さんは拗ねた表情で、何も答えない。
「…秋子さん?」
「……」
 黙殺する秋子さん。
「…あの…もしかして、呼び捨てじゃないと返事しないつもりですか?」
 秋子さんは微笑んで、こくこくとうなずいた。

 とは言え、敬称なしで秋子さんに話し掛けるのは抵抗がある。
「うう……あ、秋子」
「はいっ」
 秋子さんは嬉しそうに微笑んで、返事をした。
「ええと…どうして『あなた』なんですか」
「妻から夫への呼称は『あなた』に決まっているじゃありませんか」
 あっさりと答える秋子さん。

 と、秋子さんはほほに手を当てて、
「あ、祐一さんは『あなた』より『旦那様』のほうがお好みなんですか?」
「ガフッ。…そうじゃないです」
「違うんですか? じゃあ…」
 秋子さんはまたほほに手を当てて考え込み、
「『ご主人様』ですか?」
 邪気のない笑顔で、恐ろしげなことをのたまった。
「ゲフッ。…それはもう夫への呼称じゃないでしょうが!」
「それもそうですね」
 何故か残念そうに答える秋子さん。

 秋子さんはまた少し考え込んで、
「では、『ダーリン♪』はいかがですか?」
「ゴフッ。…すいません、それだけはやめて下さい」
 泣きそうになって答える俺。
「では、どうすればいいんですか」
「もういいですから、『あなた』にしておいて下さい」
「分かりました」

 と、名雪がまた俺の頭の上から顔を出した。
「お母さん、わたしは祐一のことなんて呼べばいいの?」
 秋子さんはお馴染みのほほに手を当てるポーズになって、
「うふふ、祐一さんに直接訊いてみれば?」
「うん」
 名雪は俺の顔を覗き込み、
「ねえ、祐一はわたしになんて呼んで欲しい?」
 屈託のない微笑みを浮かべて訊ねてきた。
「なんでもいいから、好きに呼べ」
 俺が投げやりに答えると、名雪はうーんと考え込んで、
「…お父様♪」
「ガフッ。…すまん、俺が悪かった名雪。それはやめてくれ」
 あどけない表情で、『お父様』と呼ばれるのはキツイ。
「うーん、じゃあ…パパ♪」
「ゴフッ…駄目だ、それも」
 名雪はぷくっとほっぺたを膨らませて、
「うー。祐一、我が侭だよ」
 って言うか、どうして語尾に音符を付けるんだ。
「普通に呼んでくれ、普通に」
「うん、じゃあ、やっぱりお父さんにするよ」
 名雪が手の平をぽんと合わせて言った。

「…えへへ、おとーさんっ」
 名雪はにこにこと嬉しそうに微笑みながら顔を寄せて、
「んーんっ」
 ぐっと唇を押し付けてきた。
「うう!」
 名雪の柔らかい唇が、また俺の口を塞ぐ。
「…ん、…ぅちゅ…ふぅ♪」
 名雪が唇を離して、俺の顔を覗き込んだままにっこり微笑んだ。
「ぷはっ…な、名雪!?」
 唇を離して、大きく息を吐きながら、名雪の顔を見上げる。
「大丈夫だよお父さん。今のは、親子の親愛のキスだよ」
 あっさりと答える名雪。いや、親愛がどうのの問題じゃないよーな気がするんだが。

「あらあら、私も負けていられませんね」
 秋子さんが柔和な微笑みを浮かべて、顔を近付けてきた。
「あ、秋子さん!? ちょっと待って…むぐ」
 制止の声も虚しく、唇が重ねられる。
「んんっ…ふ…」
 瞳を伏せた秋子さんの綺麗な顔が、目の前にある。
「…んぅ…ん」
 と、突然秋子さんの舌が伸びてきて、歯の隙間から口の中に滑り込んできた。
「うう!」
 思わずのどの奥で呻く俺。秋子さんは薄く瞳を開けて、俺を気遣うように優しく頭を撫でた。

「…んん…ふ…ぅ」
 秋子さんの舌が俺の口をゆっくりと動き、かき混ぜられた唾液が注ぎ込まれてくる。
「んんっ…ふ…、…んちゅ…んぅぅ」
 秋子さんの舌先が、俺の舌を絡め取るように巻き付き、そのままぐるぐると口の中で踊る。
「んっ、んぐ」
 寄り添うように覆いかぶさった秋子さんの肢体から、体温が染み入るように伝わってきて、頭の奥が痺れたように熱くなり、考えがまとまらなくなってきた。
「…ん…う…ふうう」
 俺は知らず知らずのうちに秋子さんに応えるように、自分から舌を動かしていた。

「んふっ、う…んん」
 潤んだ瞳を薄く開きながら、うっとりとのどを鳴らす秋子さん。秋子さんの鼻息がほほに掛かり、少しくすぐったい。
「んん…は…、…ふぁ…」
 やがて、淡い溜め息を漏らしながら、秋子さんの唇が離れた。
「ふぅ…。……うふふ」
 唇の端に残っていた唾液の糸を舌で舐め取り、秋子さんはうっとりと微笑んだ。
「うー…すごい、大人のちゅーだよー」
 呆然と見入っていたらしい名雪が、感嘆の声を上げる。
「うふふ、名雪もしてみたい?」
 秋子さんが火照ったほほに手を当てて、微笑みながら訊ねた。
「うん」
 あっさりうなずく名雪。
「じゃあ、私が教えて上げるわね」
 うなずき返す秋子さん。って、ちょっと待て。

「待って下さい、秋子さん」
「……」
 秋子さんはじっと俺を見据えて、黙殺している。
「…あー、秋子」
「はい♪」
 言い直した途端、にっこり微笑んで返事をする秋子さん。
「なあに、あ・な・た?」
「ハグッ」
 華の咲くような可愛らしい笑顔と共に、凄まじい破壊力のある呼び掛けをされる。

「いえ、あの、秋子さ…秋子はともかく、娘の名雪とキスをするのはどうかと思うんですけど」
 何故か普段より卑屈な感じで訊ねる俺。秋子さんはふんわり微笑み、
「いいじゃありませんか。家族同士のコミュニケーションですよ」
「それは欧米の感覚でしょう」
 と、名雪が拗ねた表情をして、
「…うー…お父さんは、わたしとちゅーしたくないの?」
「へ?」
 名雪はほっぺたを膨らまして、拗ねきった表情を浮かべると、床に大の字に転がった。
「うー…フンだ、分かったよ。お父さんは、お母さんの方が大事なんだね」
「なんでそうなる」
 駄々っ子のよーにゴロゴロと絨毯の上を転がる名雪。
「いんもん、いいもん。お父さんとお母さんは、二人っきりで好きなだけいちゃいちゃいちゃいちゃしていればいいんだよ。それで、お父さんとお母さんに放っておかれている間に、わたしは冷え切った晩ご飯を一人でかき込むんだよ」
「おーい」
「放任主義の名を借りた無責任な両親に放っておかれたわたしは、寂しさにつけ込む下司男に騙されて、汚辱と恥辱と陵辱の極みの果てにぼろクズのよーになって、場末の風俗店の前で捨てられるんだよ」
「勝手に不幸な人生を決めるなっ」

 秋子さんは咎めるように俺を見据えて、
「祐一さん、娘を悲しませるなんて、父親失格ですよ」
「はあ」
 そもそも名雪の父親じゃないんですけど、などという理屈は通用しないんだろうな。
「すまん、名雪。俺が悪かった」
 仰向けに寝転がったまま、素直に謝る。
「…うー」
 名雪はずりずりとにじり寄るように近寄ってきて、
「お父さん、わたしのこと大切?」
「ああ、大切だよ。さっきも言っただろ、好きだって」
 名雪の顔が、ぱっと華やいだ。
「わーい、嬉しいよっ」
 歓声と共に、ぎゅっと首筋に抱き付いてくる名雪。
「うっ」
 ぽよんとした感触が、頭の上に押し付けられる。

「えへへ」
 名雪は少し顔を離してにっこり微笑み、
「…んー」
 瞳を閉じて、唇を近付けてきた。
「ま、待てーい! ちょっ……むぐ」
 制止の声も虚しく、また唇を奪われる。
「んんっ…う〜」
 のどを鳴らし、幸せそうに顔をほころばせながら、キスを堪能する名雪。

 それまで微笑ましげに見つめていた秋子さんが、口を開いた。
「名雪、もっと深くキスしたいのなら、もう少しあごを上げた方がいいわよ」
「…うー」
 秋子さんのレクチャーを受け、名雪のあごが上がる。同時に、名雪の唾液の味が口の中に広がった。
「んぐっ」
 反射的にそれを飲み込むと、のどの奥に甘味のある液体が流れ込んできた。
「それじゃあ、名雪はまだ舌使いに慣れていないでしょうから、最初は簡単なことから始めましょうか」
「…うー」
 唇を離さないまま、こっくりうなずく名雪。どーでもいいけど、俺の意見が求められることはないのだろーか。

 ふんわり微笑んだまま、優しく手ほどきを始める秋子さん。
「まずは舌の先で、前歯をなぞってみて」
「…うー」
 うなずいて、舌先を動かし出す名雪。名雪の短い舌が、ちろちろとくすぐるように歯列をなぞっていく。
「…ぐっ、く」
 むず痒いような感覚が口内を疾り、首筋が自然に震える。
「歯が当たらないように気を付けながら、口腔壁を舐めて」
「…うー」
 首を傾げるようにして、唇を強く押し付けてから、名雪は秋子さんの教えるとおりに、舌をほほの内側に這わせ始めてきた。
「うくっ」
 電流のような快感が生じ、思わず呻く。秋子さんの教え方が上手なのか、名雪に才能があるのか、名雪のキスは加速度的にうまくなっていく。
「んん、んっ…ふぅ」
 たどたどしい動きで、舌先を絡め取る名雪。いつの間にかまた頭の奥が熱くなり、ぼやけるように痺れている。

 意識が霞んできた俺は、舌先に巻き付いていた名雪の舌を逆に絡め取り、ぐっと引っ張った。
「んきゅっ」
 瞳を見開き、変な鳴き声を上げて、肩を震わせる名雪。そのまま俺は、引っ張り込んだ舌を奪い返されないように、舌先をすぼめて挟み込む。
「んんっ、んー」
 名雪は慌てたようにぶるぶると肩を震わせて、もがもがと身じろぎをした。
「んくっ、うぅ、うー」
 不慣れな名雪をいじめるのも可哀相なので、舌先を緩めて自由にしてやる。
「んふ…ぁ」
 大きく息を吐いて、名雪が拗ねたように俺を見据えた。何となく、もう一度舌をすぼめて引っ張ってやる。
「んぅぅーっ」
 名雪はまぶたを震わせ、わたわたと手を振って、降参の意を表した。俺が舌先を緩めると、名雪は慌てたように舌を引っ込めてしまった。

 それから、おっかなびっくりな様子で出してきた名雪の舌を押し返したり、逆に名雪の口腔を舐めていったりしているうちに、名雪も徐々に慣れてきたのか、同じように舌を使って攻めてき始めた。
「んっ…く、うう」
 それでもまだ、一日の長があり、舌の長さで勝っている俺に分がある。舌先を丸めて口の中で転がしたり、逆に動きを止めて焦らしたりすると、名雪はすぐにもがもがと身悶えて、あっさりと降参した。
「んっ、ん〜…うう」
 いつの間にか、名雪は酔ったように瞳を泳がせながら、ぼんやりとキスをするだけになっていた。
「ん、んん…ぅんん」
 のどを鳴らし、舌を動かしている名雪のあどけない顔が、目の前で赤く紅潮していく。
「はぅっ…んっ…、…ぷはっ」
 やがて、先に息苦しくなった名雪が唇を離した。
「…んふ…うー」
 大きく息を吐きながら、うっとりと潤んだ瞳で俺を見つめる名雪。
「…うー…すごかったぁ…」
 とろーんととろけそうな顔で、名雪がふらふら頭を揺すりながら言った。

 何とはなしに名雪の火照った顔に見とれていると、
「あ・な・た」
 秋子さんが顔を寄せてきた。いつもの笑顔なんだけど、気のせいか迫力があるよーな。
「…もう…私を放っておいて、名雪とばかりキスするなんて」
 拗ねたように上目遣いに俺を見据えて、秋子さんが呟いた。…う、むちゃくちゃ可愛い…って、そうじゃないだろ。
「…うふふ…えいっ」
 可愛い掛け声を上げ、秋子さんが唇を重ねてきた。
「んむっ」
 秋子さんの舌が口の中でまたぐるぐる踊る。
「ううー」
 俺が呻き声を上げると、秋子さんはすぐに唇を離した。
「ふう…うふふ」
 唇を舌で舐め、うっとりと微笑む秋子さん。

「えへへ…。もう一回して、おとーさん」
 名雪が顔を寄せてきて、
「待て…むぐ」
 名雪の唇が押し付けられ、舌が歯列をなぞる。
「…ふう」
 名雪が息をついて口を離すと、
「うふふ。じゃあ、私ももう一回」
「え!? …んぐっ」
 秋子さんが覆い被さってきて、また唇を塞がれる。
「うう、うー」
 仰向けの体勢から逃れようにも、秋子さんが上手に下腹部に体重を掛けて乗っかっているから、はねのけられない。
「うふふ…あ・な・た」
「えへへ…おとーさんっ」
 にっこり微笑んで、顔を寄せてくる秋子さんと名雪。
「…うあー」
 誰か助けてくれー。


                                        《当日 その参に続きます》

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 星牙でございます。
マキ「マネージャーの小原マキです」

 ちゅーしてばっかりです。言うなればちゅーの嵐。
マキ「よー分からん」
 これでもまだまだ序の口です。グフフ。
マキ「グフフじゃない」

 お読みいただきありがとうございました。
マキ「それでは、ご機嫌よう」

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