愛の劇場『お茶目な秋子さんR誕生日編 前日』
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「9月23日か」
壁に掛けられたカレンダーを見ながら、誰にともなしに呟く。
明日9月23日は、水瀬家の家主秋子さんの誕生日だ。普段お世話になっていることの感謝とお礼の意味を込めて、秋子さんにプレゼントをしたいのだが、何を贈ればいいのか分からん。
「うーむ」
服とか化粧品が一般的なんだろうけど、秋子さんの服のサイズなんて知らないし、秋子さんは化粧っ気もない。
秋子さんの好きそうなものと言えば、やはりジャムになるのだろーか。だからって市販のジャムを買ってきて渡しても、誕生日プレゼントにはならないような気がする。
「仕方ない、名雪に訊くか」
名雪が去年とか一昨年に何をプレゼントしたのか訊いてみれば、参考になるだろう。俺はそう決めて、名雪の部屋に向かった。
名雪の部屋の前に着いた。ドアを軽くノックして、
「名雪、俺だ。入っていいか」
少し間を置いてから、
「…にょ」
よく分からない返事が返ってきた。いつものことなので、気にしないでそのまま部屋に入ることにする。
「開けるぞ」
言いながら、既にドアを開けている俺。
「うお」
下着姿で床に転がっている名雪の予想外の姿に、ちょっと驚く。
「…くー」
名雪は手にブラウスを持ったまま、絨毯の上で躰を丸めて寝ている。どうやら着替えている最中に力尽き、そのまま床に倒れ込んで寝入ってしまったようだ。
「おお」
陸上で鍛えられている、名雪の引き締まって肉付きのいい太ももに見入る。すらりと伸びた脚は、名雪の名前の通りに、新雪のように真っ白で、すべすべと柔らかそうだ。
「おおお」
綺麗な脚線美の根元、水玉模様のパンツが眼に入る。名雪は胸も結構でかいと思っていたけど、お尻も発育がいい。これも運動の賜物か、ふっくらと丸く形の整っている安産型のお尻だ。
「おおおお」
まん丸い乳房が、名雪の寝息に合わせてゆったりと上下している。パンツとお揃いの水玉模様のブラジャーに包まれた大きめの乳房は、ちょうど揉むのに手頃そうな、いい膨らみを持っていて…。
「って、馬鹿か俺は」
名雪の寝姿を観賞しにきた訳じゃないだろ。
取り敢えず、椅子に掛けられていた名雪お気に入りの猫半纏を上に被せて、これ以上名雪の悩ましげな寝姿が眼に入らないようにした。
「名雪、起きろ」
肩を掴んで、軽く揺さぶる。かっくんかっくんと名雪の頭が揺れ、長く綺麗な空色の髪の毛がさらさらと流れる。
「…んん」
あまり深い眠りではなかったらしく、思いの外あっさりと名雪は眼を覚ました。
「うー」
糸目だった名雪のまぶたが微かに痙攣し、澄んだ瑠璃色の瞳がゆっくりと開かれる。
名雪はぱちぱちとまばたきをしてから、ほえっとした表情で俺を見つめて、
「…おはよー、祐一」
にっこりと微笑み、目覚めの挨拶をした。
「おう、おはよう。夜だけどな」
挨拶を返して、名雪の肩から手を離した。
「あれ? どうしてわたし、こんな格好なんだろう」
自分が下着姿であることに気が付き、不思議そうに首をかしげる名雪。
「祐一が脱がしたの?」
と、名雪がいきなり突拍子もない冤罪を叩き付けてきた。
「ちょっと待て。なんでそうなるんだ」
名雪はぽっとほほを染めて、
「だって、祐一も男の子だから」
よく分からん理屈だ。
名雪はもじもじと躰をくねらせ、上目遣いに俺を見つめながら、指で絨毯に『の』の字を描いている。
「うん、そうだよね。祐一も思春期の男の子なんだもん。そういう気持ちになっちゃっても、仕方がないよ」
何故か勝手に納得し、こくこくとうなずく名雪。
「分かったよ、祐一。わたしでよかったら……ぽ」
「何をだぁぁっ!」
瞳を伏せてほほを赤く染めた名雪が可愛くて、つい手が伸びかけたが、自制した。
・
・
やけに積極的な名雪を押しとどめて、この部屋に来た本来の目的である、秋子さんの誕生日プレゼントについて訊く。
「あ、そういえば明日だったね」
ほえっと呟く名雪。
「それで、名雪は今までの秋子さんの誕生日には、何をプレゼントしていたんだ」
俺が訊ねると、名雪はにっこり微笑んで、
「ええとね、お母さんの誕生日の日には、わたしが一日お母さんの代わりに家事をして、お母さんに休んでいてもらうことにしてるよ」
「ほう」
「小学生のときとかは、お母さんのお手伝いだけだったんだけど、中学校に入ってからはわたしが全部お母さんの代わりをしてあげられるようになったんだよ」
誇らしげに胸を張る名雪。
「あ、それと、わたしはカードを書いて毎年贈ってるよ」
「カード?」
「うん。一年分のありがとうっていう気持ちを込めて書いてね、それをお母さんに渡すの」
「なるほど」
確かに、感謝の気持ちを伝えるのなら、物より行動の方が分かりやすいだろう。秋子さんは物欲とかなさそうだし、物にこだわる必要はないのかもしれない。
「参考になったかな」
首を傾げて訊ねる名雪。
「ああ、なった。ありがとう名雪」
名雪はにっこり微笑み、うなずいた。
「どういたしましてだよ。じゃあ祐一、今度百花屋さんでイチゴサンデー食べさせてね」
「ちょっと待て。なんでそうなる」
名雪はほえっと微笑み、
「情報量だよ」
「……」
むう、如才のない奴だ。
でもまあ、名雪がいなかったら、何をどうすればいいのか分からなかったのも事実だし、礼の意味も兼ねて奢るか。
「ああ、分かったよ」
「わーい」
名雪は嬉しそうにイチゴサンデー、イチゴサンデーと唱えながら室内を跳ねる。
時計を見てみると、結構長居していたことに気が付いた。
「じゃあ、俺はもう戻るから」
「うん。お休み、祐一」
ベッドに腰掛けたまま、ひらひらと手を振って俺を見送る名雪。
「お休み」
と、部屋を出ようとして、ふとあることに思い至った。
「なあ、名雪」
「なあに、祐一?」
名雪が可愛らしく小首をかしげた。俺は何気なく、
「秋子さんて、明日で何歳になる…ん……だ…」
最後まで言うより早く、何か得体の知れない力が働き、家全体がぐにゃりと歪んだよーな気がした。
「うっ」
気分が悪くなって、床の上にひざまずく。顔を上げてみると、名雪も青ざめた顔で、唇を震わせている。
「ゆ、祐一っ」
ぱくぱくと唇を動かして、『それ以上、言っちゃダメ』と声に出さずに伝えてくる名雪。
「…、……」
震えるように首をうなずかせて、『分かった』と伝え返す。
やがて、家は何事もなかったかのように静かになった。
「…ふー」
名雪は大きく息を吐いてから、ごそごそと机の上を漁って、ルーズリーフと鉛筆を持ち出した。
「……」
黙ったまま、鉛筆で何か書き出す名雪。
『だめだよ祐一、それは話しちゃいけないことなんだよ』
書かれた文章を読んで、こくりとうなずき返す。俺は名雪から鉛筆を受け取って、
『すまん』
謝罪の言葉を書き、名雪に鉛筆を返した。
「…ふう」
「はあ」
溜め息をつき合って、肩から力を抜く。圧迫感は消えても、魂に刻み込まれた恐怖が薄らぐことはない。
「それじゃあ、俺は行く」
床に手をついて立ち上がり、よろよろとドアに向かう。
「うん。お休み、祐一」
「ああ、お休み」
力の入らない手でドアを開けて、廊下に踏み出した。
「あら、祐一さん」
「うわっぎゃあーっ!」
部屋の前で、いつもの微笑みを浮かべて佇んでいた秋子さんに出くわし、思わず悲鳴を上げる俺。
「どうしたの、祐一…わあっ」
俺の悲鳴を聞き付けて、後ろから顔を出した名雪も、秋子さんを見て驚きの声を上げる。
秋子さんは気を悪くした様子もなく、ほほに手を当てて、いつものように柔らかな微笑みを浮かべた。
「あらあら、こんな夜更けに二人きりで何をしていらしたんですか?」
面白がっているような口調で訊ねる秋子さん。
「いえ、あの」
部屋の中の会話が聞こえていて、わざとこんなことを訊いてるのか、それとも本当に興味本位で訊ねているのか、秋子さんの表情から読み取ることは出来ない。
「ええと、ええと」
名雪も俺の肩に手を置いて、すがり付くような視線で俺を見上げている。
「…うふふ」
秋子さんは下着姿に半纏を羽織っている名雪を見て、
「了承」
にっこり微笑んで、階段を降りていった。
「え? ちょ、ちょっと、秋子さん!? 何か勘違いしてますよ! おーい」
行ってしまった。
「…まあ、いいか」
明日になってから話してもいいし、何より『祐一さん、私の実年齢がお知りになりたいんですか?』とか押しの強い微笑みで訊ねられたら、それこそ万事休すだからな。
「よし、じゃあ名雪、お休…み…?」
歩き出そうとして、躰が引っ張られる。見ると、名雪の指が俺のトレーナーの端を掴んでいた。
「名雪?」
「……」
名雪は濡れた瞳を向け、うっとりと甘えるような表情を浮かべて、
「…祐一、お母さんが了承してくれたんだから、我慢しなくてもいいんだよ」
「な、何のことだ」
俺が訊き返すと、名雪は瞳を細めて微笑み、
「…もう…祐一だって、分かってるんでしょ?」
「う」
名雪の艶めいた囁きに反応し、ぞくぞくとしたモノが背筋を這い上がってくる。
「祐一…来て」
名雪は深みのある微笑みを浮かべたまま、催促するようにトレーナーの端を引っ張った。
改めて名雪を見つめる。
まだあどけなさを残しているけれど、もう数年すれば美女といわれる領域に入るであろう、整った顔立ち。減り張りの利いている、均整の取れた肢体。すべすべさらさらしてそうな、真っ白い肌。
「…ゴク」
ブラジャーの下の肌は、どんな色をしているのだろーか…って、違う。
「だああっ!」
いかん、このままでは名雪の術中(?)にはまってしまう。
「名雪、目をつぶれ」
「え、どうして」
ほえっと小首をかしげて訊ねる名雪。
「いいから」
「うん、分かったよ」
俺に言われるまま、名雪が眼を閉じた。
「こっちに来い」
眼を閉じた名雪の手を引っ張って、ベッドに座らせる。
「あっ、分かった。目隠しするんだね? 祐一って、案外まにあっくだよー」
「違う」
それもいいなあ、と一瞬思ったことは秘密だ。
「名雪、お前は眠くなる」
「え?」
名雪が眼を開けられないように、手の平でまぶたを押さえて、そのまま言葉を続ける。
「眠くな〜る、眠くな〜る、眠くな〜る〜」
十回も言わないうちに、名雪の頭がふらふらと左右に揺れて、
「…くー」
可愛い寝息とともに、名雪の躰から力が抜けて、ぽてんと仰向けに倒れ込んだ。
「ふう」
くーくーと寝息を立てている名雪に掛け布団を被せて、一息つく。何だか、どっと疲れた。
「あら、それで終わりなんですか」
「どわーっ!」
背後から聞こえた声に、思い切り驚く俺。振り向いてみると、いつの間にか秋子さんがドアの陰から半分だけ顔を出して覗き込んでいた。
「あっ、秋子さん!?」
秋子さんはほほに手を当てて、いつもの柔和な微笑みを浮かべている。
「うふふ」
「微笑んで誤魔化そうとしたってダメです」
秋子さんに詰め寄るように、一歩前に踏み出す。
「あらあら」
困ったように眉を寄せる秋子さん。
「……」
「……」
しばらく黙ったまま見つめ合い、
「ではお休みなさい、祐一さん。また明日」
「あ、ちょっと秋子さん」
言い終わる前に、秋子さんの顔が引っ込み、間髪入れずに一階でドアの閉まる音がした。
「……」
どーやってあの一瞬で階段を降りきり、一階の一番奥まった秋子さんの部屋まで移動したのだろーか。
「…むう」
考えても答えの出ない疑問は放っておくことにする。
と、ベッドの方でもそもそと音がして、
「…んん…うー……あっ、だめ…祐一…恥ずかしいよ…」
怪しげな寝言を呟きながら、布団の中で身悶える名雪。
「…あ…そんな、ブルマでなんて…祐一のえっち……………あんっ♪」
「……」
一体、どういう夢を見ているんだ。
「ううん…あ、あ…♪ …んふ…あ…ん♪ …あん、ぅん、あん…♪」
名雪はもにょもにょと布団の中で躰をくねらせながら、うっとりと幸せそうに顔をほころばせている。
「……」
このままここにいたら変な気分になりそうなので(もうなってるけど)、さっさと退散することにする。
「じゃあ、お休み」
取り敢えず小声でそれだけ言って、電気を消してから部屋を出た。
《当日 その壱に続きます》
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星牙でございます。
マキ「マネージャーの小原マキです」
名雪女史が妙にえっちぃ雰囲気を発散していますな。わ、びっくり。
マキ「他人事のよーに言うな」
むぃ。まだ冒頭なのに、既にえっちぃボルテージ(←?)が昂まっているのが、この後の展開を端的に表しているネ。
マキ「ネじゃないっ」
お読みいただきありがとうございました。
マキ「それでは、ご機嫌よう」
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